映画のメモ帳+α

音楽映画、アカデミー賞関連の記事に力を入れています。
ゾンビ、スタートレック、ヒッチコック監督作、ドキュメンタリー映画のカテゴリーもあり。
映画300字レビュー、はじめました。
※コメントは承認制とさせていただいております

<< 善き人のためのソナタ | TOP | ドリームガールズ >>

パラダイス・ナウ

パラダイス・ナウ (2005 フランス/ドイツ/オランダ/パレスチナ)

「パラダイス・ナウ」公式サイトにリンク原題   PARADISE NOW      
監督   ハニ・アブ・アサド         
脚本   ハニ・アブ・アサド
      ベロ・ベイアー
撮影   アントワーヌ・エベルレ            
音楽   Jina Sumedi  
出演   カイス・ナシフ アリ・スリマン ルブナ・アザバル

第78回(2005年)アカデミー賞外国語映画賞ノミネート

イスラエル軍が空爆してくるなら、われわれは自爆するしかないじゃないか
今回、ご紹介する映画『パラダイス・ナウ』に出てくるセリフです。今まであまり語られる事のなかったパレスチナ人の自爆攻撃者の葛藤と選択を描いたことで注目を集めている作品です。物議を醸すこと必須の題材にもかかわらず、パレスチナの自爆攻撃を肯定的にも否定的にも描くことをせず、あくまで人間の内面を重視した内容は概ね好評。アメリカの映画評論家たちも「この作品を見れば、パレスチナの青年がなぜあのような絶望的行為に走るのかがよくわかる」と絶賛しており、世界中の映画祭を賑わし続けた話題作です。

☆  2005年アカデミー賞で大騒動!

これまでアカデミー賞においては、パレスチナは国家でないという理由で、パレスチナ映画にはエントリー資格がありませんでした。当作はヨーロッパ各国との合作と言う事ではじめて資格を得て、見事2005年度外国語映画賞にノミネート。ゴールデングローブ賞外国語映画賞を受賞したことから、アカデミー賞でも受賞が期待されていました。
ところが授賞式の直前、イスラエル人自爆攻撃犠牲者の遺族らが「パラダイス・ナウ」のノミネート取り消しを求める嘆願書と3万3000人の署名をアカデミーに送るという騒ぎを起こしました。
「映画は自爆テロを正当化し、テロリストをも被害者のように描いている」
「作品はテロを賛美しており、権威ある映画賞が与えられればテロを誘発する」
筆者注:おそらく内容を耳にしただけでこう決め付け、映画を見ていない状態でのコメントではないか、と思います)

アカデミー賞事務局では「候補作が変更されることはありえない」と要求を却下。
ハニ・アブ・アサド
監督は授賞式直前の3月3日、ハリウッドで会見し、「互いに双方の心の痛みを理解しない限り、パレスチナ問題は解決しない」、「誰にでも表現の自由はある」「アメリカではいつもは容疑者扱いだが、今日は逆に警護されている」とコメント。この騒ぎのため、FBIは授賞式がテロの標的になる可能性が高いとみて、会場周辺で例年にない厳戒態勢を敷くはめになりました。結局、受賞は逃してしまいましたが。ハリウッドはユダヤ人多いですからね...。


この映画の内容に入る前に、パレスチナ人の自爆攻撃について一般的に言われていることを主に書き記します。この映画を理解する上で参考になるとよいのですが...。


パレスチナ人はいつごろから自爆攻撃をするようになったのか?

1994年2月、オスロ合意(パレスチナ暫定自治協定)に不満をもつイスラエルの青年が礼拝中のパレスチナ人に向けて銃を乱射し、約30人を殺した「ヘブロン乱射事件」が起こりました。その2ヶ月後、パレスチナ人過激派組織「ハマス」が自爆攻撃(自爆テロ)を開始したのがきっかけと言われています。


パレスチナ人はなぜ自爆攻撃を行うのか?

パレスチナ人の若者が自爆攻撃を行う、その根底にはパレスチナ人を襲う社会的抑圧があると言われています。
イスラムの教えを基盤としたアラブ社会には、宗教の戒律が守られていますが、その厳しさゆえに社会や経済の発展を停滞させる状況になっています。
 また、国民が政治に参加する機会がなく、女性は社会参加すら許されない。つまり民衆は自分の意見を主張する手段がほとんどないため、極端な行動に出てしまう。
パレスチナ人や他のアラブ人の多くは、同胞による自爆攻撃を、イスラエルによる抑圧によるゲリラ的抵抗と考えており「テロ」と呼ばれることを嫌います
アメリカから資金援助を得て、最新兵器を使って空爆してくるイスラエルに対する究極の報復手段と言えるでしょう。

「私は殺人に反対だし、それをやめてほしいと思うが、自爆攻撃を糾弾することはしない。それは極限の状況に対する人間としての反応なのだ。」
ハニ・アブ・アサド監督はこう語ったそうです。
 まして、解決の道が全く見えてこないパレスチナ問題。占領という屈辱が続く中、若者は将来に対する希望を見失い、その絶望感が自爆攻撃に走らせる...。まさにこの部分を人間的側面から描いたのがこの映画だといえるでしょう。
「占領は死に等しい」
「尊厳のない人生...侮辱され無力感を感じながら生きていく。この抑圧の中で生きているのなら...不正を終わらせる道を見つけるべきだ」
「平等に生きられなくても平等に死ぬことはできる」
この映画に出てくるセリフがそのことを物語ります。


 自爆攻撃は「テロ」なのか?

彼らは自分たちの行動をテロだとは考えていません。
アラーの教えでは殉教は「死」ではなく、栄光が待っているとされています
若者が心を静めようとしてもモスクへ行くと、過激派組織「ハマス」のメンバーが話しかけてきます。

「この世は仮だ。天国に召されてはじめて本当の生に出会える。自爆テロを行って『シャヒード(殉教者)になれば、お前は天国に召されて、永遠の生が約束され、アラーにお目通りも許される。72人の処女もお前をあたたかく迎えてくれるのだ。家族には1万ドルの一時金が出るし、毎月の生活費もわれわれが面倒を見る」

このように説得されて、自爆攻撃を志願する若者は後を絶たないのだという...。

「イスラエルの奴らは死を怖がっている。あいつらの死は無駄死だ。俺たちは違う」
こんなセリフも出てきます。
パレスチナの若者たちは、政治的な意思によって自爆攻撃を実行しているわけではない
天国へ通じる道になるのであれば、たとえ自爆攻撃でも単なる犠牲ではなく自ら望むものとなる...。
この映画のタイトルは「パラダイス・ナウ」です。
パラダイスとは何を意味するのか、ナウとはどの瞬間のことを指すのかは、映画を御覧いただければおわかりになるでしょう。


 敵への憎悪は家族の歴史として刻み込まれる

映画の中の話にうつります。
幼馴染の2人、ハーレド(アリ・スリマン)とサイード(カイス・ネシフ)は念願かなって自爆攻撃実行犯に選ばれます。
「自爆テロ」を実行することの個人的な意味はやはり少々違うようです。
ハーレドは「これで俺も英雄になれる」と少し浮かれたような様子を見せます。
パレスチナの現状と現在の自分の生活を照らし合わせた台詞が多いハーレド。
一方、黙り込むサイード。事前に家族に伝えることは禁止されています。
遺言をビデオ撮影して、爆弾をつけたベルトを体に装着されます。
このベルトは自分で外すことはできない。はずせば爆発すると伝えられています。
この時点で、自分が死に近づいていることをいやでも自覚します。

いよいよ実行。イスラエルとの境となっているフェンスを切断する。くぐったところで、軍用ジープの姿が見える。ハーレドはあわててフェンスをくぐり戻る。サイードはそのまま突っ走って敵地に入ってしまいます。

物語、中盤にきてサイードの父親はかつてイスラエルへの密告者であり、その罪により処刑されていた事実がわかります。
「父は善良な人間だったけれど、弱かった」
「イスラエルはその弱さを利用した。悪いのはイスラエルだ」
サイードが密告者の家族の汚名を着せられ、苦しみ続けたことは容易に想像できます。
彼が自爆攻撃を実行するのはあくまで家族の汚名をはらすためなのです

一方、第3者の声を代表しているのは2人の友人の女性スーハ(ルブナ・アザバル)でしょう。
普通の人たちを傷つけてはいけない、他にも抵抗の手段がある、これでは絶対に占領からの解放は達成できない、と解き、自爆を思いとどまらせようとします。
ちょっと話はそれますが、遺言ビデオが販売またはレンタルされている場面が映画に登場します。「殉教者」ものと「密告者」ものがあり、何と「密告者」もののほうが値段が高い。
「どうして殉教者より密告者のほうが高いの!」スーハは抗議します。
「密告者もののほうが人気があるんだ。もっと高くしても十分売れるんだけど…」

民族間の闘争は、歴史的な背景がある。
パレスチナ問題は根源をたどれば紀元前までさかのぼります。
争いの期間が長ければ長いほど、ひとつの家族でさえ歴史の流れに無関係ではいられない。
家族を殺された過去を背負えば、敵への憎しみは世代を超える。
このことは、アイルランド独立運動を描いた「麦の穂をゆらす風」でも描かれていましたね。
パレスチナ問題が容易に解決できることではないことは家族の歴史におきかえてみてもはっきりわかります。


 最後に

映画には政治的主張や善悪、正否等の価値判断は提示されていません。
自爆テロという言葉の裏側に潜む、爆弾にされてしまった魂を人間に戻す物語です。

パレスチナ問題はあまりにも背景が複雑で、遠い国の出来事だとつい無関心になりがちです。
ある外交官の言葉を紹介しておきます。
「日本がアメリカに払った巨額の軍資金は、アメリカからイスラエルへの軍事援助につなかり、パレスチナ人の苦しみが増える」
また、田中 宇氏はここの記事の結びで次のように述べています。
「アメリカの世界支配は、中東を皮切りに崩壊していきそうな感じが、しだいに強まっている。アメリカの覇権の崩壊は、日本にとっても国家的な死活問題である。...この問題はいずれ日本の国体や日本人の生活に影響を与えることになるかもしれない...」
ハニ・アブ・アサド監督はこの作品について「この物語を観てくれる人たちが、どう行動するかに関心がある」と述べています。
われわれ日本人もパレスチナ問題に無関心ではいられなくなる日がそのうちやってくるはずです。
パレスチナの自爆攻撃者の心の葛藤がニュースで報道されることはまずないでしょう。
映画としての完成度も高く、心理サスペンスとして見ても十分に堪能できます。
ひとりでも多くの人に見てほしい作品です。
人気blogランキングこの記事が参考になりましたら左のバナーにクリックお願いします!

※ 2/11 アップリンクファクトリ−で行われたブロガー試写会にて、いち早く鑑賞させていただきました。来日中のハニ・アブ・アサド監督(物腰の柔らかい、穏やかな印象の方でした)を交えてのQ&Aもあり記事を書くうえで一部参考にさせていただきました。ラストシーンで頭が真っ白になってしまい、質問しそこねたのが残念。


 この記事を書くにいたって参考にさせていただいた書籍です



2007.02.13 Tuesday | 00:45 | 映画 | comments(4) | trackbacks(14) |

スポンサーサイト


2019.09.05 Thursday | 00:45 | - | - | - |

コメント

こんにちは。
ブロガー試写会には監督のQ&Aもあったんですね。
それは意義深い試写会でしたねー。
観てから読んだかっこうですが、"パレスチナ人の自爆攻撃"についてはとても参考になりました。
命がけでこういう映画を作り上げたアサド監督に敬服です。
2007/03/29 6:31 PM by かえる
かえるさん、こんばんわ!

監督は温和な印象の方でした。
僕は質問できなかったのですが、出た質問はこの映画の監督にわざわざしなくてもいいんじゃなっか?と思うようなフツーの内容が多くてやや残念でした。

次回作はアメリカで!パレスチナをテーマに撮影する予定だそうです。
パレスチナ問題を映画にすることができる数少ない監督として存在感を増しそうですね
2007/03/29 11:36 PM by moviepad
はじめまして。
いつも読ませていただいております。丁寧な作品説明と情報収集に感心するばかりです。

監督さんのインタビューで「自分はユダヤ人の良心を信じている」と言っていたのが印象的でした。
おっしゃる通り批判的意見は 映画を観ないで 設定だけ読んで言っているのかな?と感じました。
これからも楽しみによらせていただきますね。
2007/04/09 9:41 PM by プリシラ
プリシラさん、こんばんわ

おやおや、はじめまして、じゃないはずですよ!「ドリームガールズ」でコメントいただいたはずです。ジェニファー・ハドソンアレルギーは治りましたか?僕はハドソン嫌いじゃないですけど、サントラを聞けば聞くほど彼女の歌唱力(というか、表現力)に疑問を感じます。ハドソン、歌より演技のほうがうまい!

話がすっかりそれました。
この映画で描かれている内容は、ユダヤ人、パレスチナ人以外の第3者にとっては、理解しているふりすらできない。
パレスチナ人の自爆攻撃者の内面を映画という形で表現したことに意義があると思います。ハニ・アブ・アサド監督の作品には、今後も大いに期待しています。
2007/04/09 11:06 PM by moviepad

コメントする









この記事のトラックバックURL

http://moviepad.jugem.jp/trackback/76

トラックバック

パラダイス・ナウ
監督:ハニ・アブ・アサド原題:Paradise Nowキャスト:カイス・ネシフ、
(見なきゃ死ねるか!聴かなきゃ死ねるか! 2007/02/13 8:08 AM)
パラダイス・ナウ(2005仏/独/オランダ/パレスチナ)--監督舞台挨拶付
(2月11日@UPLINK) 2005-6年の賞レースに多く挙がっていながら、アカデミー賞では大きな問題となっていたこの作品。日本での公開も決まって、密かに楽しみにしていました。というのも、予告で出てきた女性がとてもエキゾチック(死語?)でキレイだったんで
(WAKOの日常 2007/02/14 8:36 AM)
パラダイス・ナウ
満 足 度:★★★★★★★★        (★×10=満点)  監  督:ハニ・アブ・アサド キャスト:ルブナ・アザバル       カイス・ナシフ       アリ・スリマン 、他 ■ストーリー■  イスラエル占領地、ヨルダン川西岸地
(★試写会中毒★ 2007/02/14 10:18 AM)
パラダイス・ナウ
ブロガー試写会に行ってきました。 自爆テロの任を受けたパレスチナ人の二人の若者の48時間を描いた映画。 監督のハニ・アブ・アサド氏はパレスチナ人だけれど スタッフにはイスラエル人もいるという。 また、第78回アカデミー賞外国語映画部門にノミネートされたも
(映画、言いたい放題! 2007/02/20 12:35 PM)
「パラダイス・ナウ」映画感想
パレスチナゲリラの自爆テロを実行する青年達の物語、「パラダイス・ナウ」(原題Pa
(Wilderlandwandar 2007/03/14 12:59 AM)
パラダイス・ナウ
【映画的カリスマ指数】★★★★☆  これが彼らの『在り方』  
(カリスマ映画論 2007/03/17 3:45 PM)
パラダイス・ナウ
ヨルダン川西岸地区のイスラエル占領下にある町、ナブルスに住む青年、サイードとハーレド。自爆攻撃の任務を与えられた二人が自爆攻撃に向うまでの48時間を描いた作品です。 例えば、多くのユダヤ人をガス室に送り込むことに力を貸した人々、隣人同士で残虐な殺し合
(日っ歩〜美味しいもの、映画、子育て...の日々〜 2007/03/19 12:11 AM)
『パラダイス・ナウ』
抑制された演出で真摯に訴えかけてくる、シンプルながら力強い。 イスラエル占領下のナブルスに住むザイードとハレードが、自爆攻撃を遂行することになった48時間を描く。この『パラダイス・ナウ』という映画のタイトルを認識したのは去年のアカデミー賞ノミネート
(かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY 2007/03/29 6:14 PM)
パラダイス・ナウ
シェアブログ1571に投稿 ↑ シェアブログに投稿するために必要な表示です 去年のアカデミーで話題になり ゴールデングローブ外国語映画賞までとったとかいう作品。 オーストラリアでは全く話題にもならず ひっそり公開
(Lost in Australia 2007/04/09 9:42 PM)
『パラダイス・ナウ』
 パレスチナ人監督がイスラエル人プロデューサーと手を組むという、(政治的には)思いっきり異色(画期的)な取り合わせで作られた作品(ヨーロッパ各国との共同製作)。 2006年度ゴールデン・グローブ賞を受賞、2006年の第78回アカデミー賞外国語映画部門にもノミネ
(分太郎の映画日記 2007/04/27 2:30 PM)
パラダイス・ナウ☆サイードとハーレドの48時間
イスラエル占領地ナブルス。               自爆攻撃へ向かう二人の若者の48時間   「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」鑑賞後、京都シネマへ・・・・・。「パラダイス・ナウ」を鑑賞。気になっていた作品のひとつだ。   2005年、
(銅版画制作の日々 2007/08/14 1:08 PM)
福知山シネマ鑑賞第一弾「パラダイス・ナウ」 想像と180度異なった自爆攻撃へ向かう若者像
タイトル:パラダイス・ナウ 、製作国:仏独蘭パレスチナ ジャンル:問題作と呼ばれる/2005年/90分 映画館:福知山シネマ2(135席) 鑑賞日時:2007年8月26日(日),19:20〜 4人 私の満足度:75%  オススメ度:75%   福知山に映画館復活後最初の鑑賞。自宅から自転
(もっきぃの映画館でみよう(もっきぃの映画館で見よう) 2007/09/02 11:09 PM)
パレスチナ映画「パラダイスナウ」
 アングル21で「中国少数民族・古の祈りと装い」「ティモール島・手紡ぎ木綿の絣布」を、たばこと塩の博物館で「和の布遊び ちりめん細工の世界」をみたよ。素朴ながら複雑なうつくしい手芸品のかずかずに感動。そこには独自の宇宙がきらめいていた。
(聖なるブログ 闘いうどんを啜れ 2007/10/20 6:50 AM)
『パラダイス・ナウ』'05・パレスチナ・仏・独・蘭
あらすじロケット弾が時々飛んでくるイスラエル占領下の町ナブルスで、自動車修理工として働く幼なじみのサイード(カイス・ナシフ)とハーレド(アリ・スリマン)。何の展望も見出せない日々を過ごしていたある日二人は自爆攻撃の実行者に選ばれる・・・。感想一昨年の
(虎党 団塊ジュニア の 日常 グルメ 映画 ブログ 2008/03/14 9:12 PM)

▲top