映画のメモ帳+α

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ターナー、光に愛を求めて

ターナー、光に愛を求めて(2014 イギリス)

ターナー、光に愛を求めて原題   MR. TURNER
監督   マイク・リー
脚本   マイク・リー
撮影   ディック・ポープ
衣装デザイン ジャクリーン・デュラン
編集   ジョン・グレゴリー
音楽   ゲイリー・ヤーション
出演   ティモシー・スポール ドロシー・アトキンソン マリオン・ベイリー
      ポール・ジェッソン レスリー・マンヴィル マーティン・サヴェッジ
      
第87回(2014年)アカデミー賞撮影、作曲、美術、衣装デザインノミネート。カンヌ国際映画祭男優賞(ティモシー・スポール)受賞。

マイク・リーが現存する最高の映画監督のひとりであることに異論のある人は少ないだろう。ほとんど脚本を使わず、即興的演出が醸し出す演技のリアリティは他の追随を許さない。『秘密と嘘』(1996)、『ヴェラ・ドレイク』(2004)など、新作を発表するたびに高い評価を受け映画賞をにぎわせている。

マイク・リー作品において前半部分は淡々とした描写が続き、物語半ばから"事件"がおきて盛り上がっていくというのがパターンだったが最近、その作風に微妙な変化がおきていた。近作『ハッピー・ゴー・ラッキー』(2008)、『家族の庭』(2010)は、その"事件"ですらたいしたことではなく日常だけをひたすら描き続けている。雑な言い方をすれば、以前よりいっそう"伝わる人には伝わるが、アート系映画を見慣れていない人には退屈なだけ"の映画になってしまっていた。そんなマイク・リーの新作がイギリスの巨匠画科ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーの伝記映画と聞いて驚いた。これまでオリジナルの物語を即興的演出で作ってきたマイク・リー、伝記映画なんてもっとも遠いジャンルだと思っていたが...。てっきり雇われ監督だろう、と思っていたが10年以上の構想を経たものだという。その映画が『ターナー、光に愛を求めて』である。主演は『人生は、時々晴れ』(2002)で心、常に心あらずといった感のタクシー運転手を好演したティモシー・スポール。本作での演技は絶賛され、カンヌ国際映画祭男優賞をはじめいくつかの主演男優賞を受賞している。

 実はギルバード&サリバンがオペレッタ『ミカド』をつくりあげるまでを描いた『トプシー・ターヴィー』(1999)があるのだが、日本では劇場未公開。NHKBSで放送されたことがあるだけでDVD化もされていない。



 以下の記事はネタバレしています。物語を追うタイプの作品ではありませんが未見の方はご注意ください。

ターナー 吹雪伝記映画らしく、ターナーの主要エピソードが存分に盛り込まれている。母親が精神病だったことが影響し、生涯結婚しなかった。子供はいたが認知していない。その分、父親との関係は強固で死ぬまで同居していた。ソフィア(マリオン・ブース)という女性と旅行先で知り合い死ぬまで付き合いを続けていたなど。2時間半の長尺のため比較的ゆったりと語られる。だが、駆け足な部分が全くないわけではない。例えば、『吹雪-港の沖合の蒸気船』を描くため船のマストに4時間縛りつけられ、嵐を観察したという逸話はほんの一瞬。マストに縛り付けられてまで嵐を書いたにもかかわらず、『吹雪-港の沖合の蒸気船』は"石鹸の泡とのろ(鉱滓)の塊"と酷評され、ターナーは憤慨したという。

ターナーがマストに縛り付けられる場面、『戦艦バウンティ号の叛乱』(1935)でチャールス・ロートン演じるブライ船長が反抗した船員に懲罰としてこんなことしていたのを思い出した。ところでチャールス・ロートンとティモシー・スポールって雰囲気似てません?その一方、ティモシー・スポールとターナーってあまり似てないような気がする。ターナーの風貌について、ターナー本人が書いた自画像は相当美化されていると言われているのでチャールズ・ターナー(ロイヤル・アカデミーの学友。名前は一緒だが血縁関係はない)の描いたターナー像をご紹介。かわいいものを選びました(笑)。

Charles Turner Portrait of J.M.W. Turner 1852


細かいエピソードの描写は多々ある。気になった点をいくつかあげてみる。

まず、展覧会でターナーの「嵐の近づく海景」とコンスタブルの「ウォータールーの開通式」が並べて展示されている場面。
華やかなコンスタンブルに対し、ターナーはほぼ灰色一色。

こんな感じだったわけですね。
ターナー「嵐の近づく海景」   コンスタブル 「ウォータールーの開通式」

そこでターナーはコンスタンブルがいないすきに自分の絵に赤い斑点をひとつ書き加えた。ほぼ灰色一色だった絵だけにその赤い斑点はいやおうにも目をひき、隣のコンスタンブルの絵の華やかさすらかすませてしまった。戻ってきたコンスタンブルは「自分に対する当てつけだ」と憤慨。その後、ターナーはまた戻ってきて赤い斑点を波に浮いているブイに変え、周りから称賛をえる。

コンスタンブルはターナーの1歳下、同世代に生きた風景画家だが、そのスタンスは全く異なっていた。ターナーはインスピレーションを得るためよく旅行をしたが、コンスタンブルはほとんど生まれ故郷を離れず、その周辺のものを書き続けた。同じ風景画家でもターナーの自然は"荒れ狂う"ものだったのに対し、コンスタンブルは"平和な世界"で印象派のそれに近い。印象派の先駆け的存在として、一般的にはターナーがよく引き合いに出されるが実際はコンスタンブルの影響のほうが大きいという。ターナーは自分でつくりあげた独自の色彩理論を作り上げた。印象派のように科学的な光学理論に基づいたものではない。(高階秀爾氏の著書を参照しています)

ティモシー・スポールはマイク・リー様のご命令により、絵の描写場面にリアリティをもたせるため2年間にわたってレッスンを受けていた。そこで気づくことはターナーは形から入っていないこと。まずキャンバスに色を書き連ね、徐々に形にしていく。ターナーにとって大事なことは対象物の描写ではなく、自分が思い描く色の世界を表現することだったことがよくわかる。

また、美術評論家ジョン・ラスキンクロード・ロランを「面白みがない」と酷評した際、周りの雰囲気が一斉に凍り、ターナーは「ロランは素晴らしい画家だ」と穏やかに反論する場面がある。実作家と批評家の距離感が出ていて面白い。ターナーは自身の作品をナショナル・ギャラリーに寄贈する際、自身の「霧のなかを昇る太陽」(1807)「カルタゴを建設するディド」という2点の絵をそれぞれクロード・ロランの「水車、イサクとリベカの結婚」「海港、シバの女王の乗船」の隣に置くことが条件とした。ターナーはロランの「海港、シバの女王の乗船」を観たとき、"自分にはこんな絵は描けない"と泣いたと言われている。ターナーがロランの横に作品を置きたがったのは、ロランへの"挑戦"だったのだろう。尊敬する画家をあんな青二才にこきおろされたら、そりゃターナーさん怒りますよ。

ロンドンのナショナル・ギャラリーに並べて展示されているクロード・ロランの「海港、シバの女王の乗船」(1648)とターナーの「カルタゴを建設するディド」(1815)

クロード・ロラン「海港、シバの女王の乗船(1648)   ターナー「カルタゴを建設するディド」1815)

高名な批評家であったラスキンを嫌味な若者のように描いたことについては一部批判もあったようだ。マイク・リーは「リサーチに基づいたこと。ラスキンは大事に育てられた一人っ子で、同年代の友達はいなかった。大学進学のときも母親が彼の隣に部屋をとって世話をしていた。何事にも意見する若者だった」と語っている。ただし、ターナーは、自分の死後の作品評価についてラスキンの批評はきわめて影響力をもつであろうことはきちんと認識していたという。

ヘイドン 自画像伝記映画という制約の中でもマイク・リーらしさは生きている。
まず、歴史画家ベンジャミン・ロバート・ヘイドンの登場場面。(演じたのはマーティン・サヴェッジ。よく似てます!)「人から借金しなければ手に入らないような楽しみなど、絶対に求めてはならない」という名言を残している人ですが、この映画では金に困り、ターナーに借金をせがむ。また、アカデミーにたてつき、入会させてもらえない。いかにもマイク・リー映画に出てきそうなキャラクターだが、ターナーの伝記映画という観点からするとヘイドン登場場面はカットできる気がする。だが、『ハッピー・ゴー・ラッキー』で楽天的に生きる者としかめ面で人生計画をしっかり立てる者、『家族の庭』で幸せな家族と孤独にさいなまれる者の深い溝をしっかり描きだしたマイク・リーである。-成功者ターナーと成功したとはいいがたいヘイドン。結婚しなかったターナーと家庭は持っているヘイドン-ひとつの事象を描くためにはその合わせ鏡のような存在を登場させる必要があるとマイク・リーは考えているのだろうか。そもそもターナーは27歳でアカデミー正会員になった"超エリート"。マイク・リー映画の登場人物っぽくないんです。一方、ヘイドンは未だアカデミー会員になれず、ひとり立ち去る。その後ろ姿を尻目に陰口をたたく人たち。そんな姿をあえて描くことで"単なる大画家の伝記映画にはしない"というマイク・リーのこだわりを感じた。


そして何といってもラスト場面。前作『家族の庭』のラストを連想させるような、ささやかでせつない一瞬。ドロシー・アトキンソン演じるハンナ・ダンビーは40年にわたってターナーのメイドをつとめた。乾癬を患っている。ターナーにとっては性欲のはけ口でしかなかったかもしれない彼女が実は...。ターナーは旅行がちで家をあけることが多い。「いつお帰りになるの」「わからない」その時のハンナのさみしげな表情はここの伏線だったのか。ターナーはプライベートに関しては極端な秘密主義で、ソフィアとの関係ですら周囲に知らせていなかった。ハンナが何週間もかえってこないターナーを心配し、上着のポケットのメモ書きから行方を探りだし、ターナーとソフィアの姿を見かけたというのは史実どおり。ハンナの気持ちは推測でしかないかもしれないが、何の感情もなしには40年も仕え続けてることはできない。恋愛感情があったかどうかは定かでないが(映画ではわからないが、ハンナは既婚者)大画家ターナーにつかえていたことが彼女にとって生きる意味だったのだろう。

ラスト場面の直前、ソフィアは窓辺でターナーの幻をみて微笑む。その後、ハンナがひとり泣く。人生の諸問題に向き合う姿勢が対照的。いかにもマイク・リーらしいコンストラストに満ちたラスト場面だ。主役である有名画家の死で終わらず、市井の人々の悲しみで締める。これもマイク・リーらしい。

『ターナー、光に愛を求めて』は2時間半の長尺。正直言って上映途中、時計を何回かみました。
じゃあ、つまらなかったかといえばそんなことはない!!!
観終わった後の余韻がすごいんです。物語というよりは映像の余韻。
ターナーの絵が紹介されるだけでなく、映像全体がターナーの絵をほうふつさせるのです。
撮影は『ライフ・イズ・スイート』 (1991)以降のマイク・リー全作品でカメラを担当しているディック・ポープ

光が美しい!
 Mr. Turner Sony Pictures Classics 2  Mr. Turner Sony Pictures Classics 1


実際のターナーの絵をモチーフにしている映像もある。
例えば、そんなに有名な絵じゃないと思わますが、the artist and his admirers(1827)から。
the artist and his admirers(1827)- Mr. Turner Sony Pictures Classics 4

こっちは有名!
「雨,蒸気,速力−グレイト・ウェスタン鉄道」 (Rain, Steam and Speed – The Great Western Railway)(1844)より。
rain steam speed great western railway Mr. Turner Sony Pictures Classics 5

そしてクロード・ロランのところで述べた「霧のなかを昇る太陽」(1807)をモチーフにしたと思われるのはこれ。
ターナーには似たような絵がたくさんあるのでコレとは限りませんが。

ターナー 霧のなかを昇る太陽 Mr. Turner Sony Pictures Classics 3

『ターナー、光に愛を求めて』はこれまで濃密な人間ドラマがメインだったマイク・リー監督が映像作家としての力量を知らしめた作品。伝記映画という制限のなかで、マイク・リーらしい着眼点もきちんとまぶしてある。長尺はややつらいけど、観終わってしばらくするともう一度観たくなる。何しろ、映画全体がターナーにあふれているんだから!
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この映画観賞後、ターナーの絵が観たくなった人はこちら。
J.M.W. Turner at the National Gallery of Art
.Turner's Gallery at the Tate Britain

2015.06.25 Thursday | 00:15 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0) |

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2017.09.24 Sunday | 00:15 | - | - | - |

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