映画のメモ帳+α

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ララバイsinger 〜人は自ら歌びとになる〜

途に倒れて だれかの名を
呼び続けたことが ありますか

言わずと知れた中島みゆきの1977年のヒット曲「わかれうた」の歌詞である。
まだ子供だった僕に、もちろん意味などわかるはずもない。
だが、偶然耳にしたこのフレーズは強烈であった。
それ以来、中島みゆきの曲を追いかけ続けている。

ララバイSinger」は中島みゆき通算34枚目のオリジナルアルバム。
「原点に立ち返り、自分自身の中にある、そしてファンが求める“中島みゆきの王道”を素直に表現したアルバム」と紹介されていた。
一聴してのは感じたのは“中島みゆきの王道”というよりは"これぞ現在の中島みゆき"であるということだ。


現在と過去は常に合わせ鏡の関係にある。
このアルバムの1曲目「桜らららら」は何とデビュー当時の曲。ワンコーラスしかない短い曲だったので、ファーストアルバムへの収録を見送った。TV番組で一度披露したことがあるだけで中島みゆき本人ですらすっかり忘れていた曲。ある人からその出演TV番組のビデオが送られてきて、今すごく納得できる曲だからとこのアルバムへの収録が決まったという。
そしてラストのタイトル曲『ララバイSinger』
中島みゆきのデビュー曲『アザミ嬢のララバイ』のAnswerソングのような作品。
中島みゆきの言葉を借りると「『アザミ嬢のララバイ』のサビを使って作ったのが『ララバイsinger』。デビュー曲と最新曲が違和感なくひとつになったということ。それで自分の軸みたいなものを表したかったというか」
30年の期間を経て、発表する曲と曲との間に軸があるってすごいですね。

2曲目から5曲目までは、岩崎宏美TOKIO華原朋美工藤静香に提供した曲が並ぶ。
中島みゆきが他人に曲を提供する場合、その歌手に合わせた曲つくりをする場合と
自分が歌うつもりで書いた曲を渡す場合があるという。今回の4曲はいずれも後者だそうだ。「宙船 (そらふね)」や「あのさよならにさよならを」などはてっきり書き下ろしだと思っていたが...。

9曲めの「とろ
ラジオ「オールナイト・ニッポン」での声で歌っているというか、いわゆるアニメ声で歌われている。NHKの「みんなのうた」に採用されそうなタッチの曲。アルバムに挿入されている英語詞のタイトルは「Too Slow!」とろいってことでしょうね。

とろ、何とかならないか  考え考え日が暮れる

もう自分のことを歌われているようでどきっとしました。
テーマソングにしたいような曲です。
中島みゆきに言わせると
「(モデルは)私です。幼稚園から中学までずっと呼ばれていたあだ名」だそうです。
「子供の頃から、みんなが遊んでいるとき、どのタイミングでその輪に加わればいいのか、摘めなかったのね。ようやく加わったと思ったら、みんなは次の遊びに移っているような、その繰り返しの人生です」
...ハイ、僕もそうなんです。本当に。ただ、子供のころはともかく、今の中島みゆきがこうだとは傍目から見るととても思えないのだが...。みゆきさんって自分にひたすら厳しいんですね。

6曲めの「水」は包み込むような歌い方が魅力的な曲。
水は人間が生きる上で欠かせないものの象徴だろう。「愛」と読み替えることもできるかもしれない。

10曲めの「お月さまほしい」は絶え間なく続く「いじめ」や「自殺」の問題に対して語りかけるような曲。君のために何も力になれない。ならあのお月さまをとってきて君にあげたい、という何とも大胆な歌である。人の心の痛みとは、これくらい大胆なことをしないと癒すことができないものかもしれない。

一番驚いたのは11曲めの「重き荷を負いて」である。

がんばってから死にたいな

以前の中島みゆきなら絶対に使わなかったような、このストレートな表現に戸惑いを覚える。これについて中島みゆきは「あまりにストレートなので、ある種の恥じらいはありましたね」と前置きした後、「ストレートかつシンプルゆえに、言葉の裏側に抽象的なものが張りつくこともあるのだと思いました。カラーテレビよりモノクロテレビを見るときのほうが想像力を必要とするだけに、もしかしたら深い色彩を感じているのかもしれないのと似ています。わかりやすい言葉はわかりにくいものを連れてくるものだと、改めて言葉というものの奥深さを知りました」とコメントしている。

確かに最近の中島みゆきの歌詞には、以前見られた独自の比喩表現が減ってきている。
それが中島みゆきの大きな魅力のひとつであり、昔からのファンにとってはちょっと物足りなくもある。ただ、人は年を重ねるごとに、まわりくどい表現よりシンプルでストレートな表現のほうが心に直接突き刺さるようになるものだ。

歌ってもらえるあてがなければ   人は自ら歌びとになる

ララバイ ララバイ 眠れ心   ララバイ ララバイ すぐ明日にある

ラスト12曲目の『ララバイSinger』はこう歌う。

「多様な音楽がある中で、私の仕事は何かと考えると、子守唄うたいなのかな、と」
「いろいろ考えなきゃいけない世の中。考えることにお手伝いはとてもできませんから、ちょっと一服して、明日また元気に考えていただければ」
中島みゆきはこう語る。

ここでの子守唄とは、単なる癒しや慰め目的のソレではない。
"元気になっていただければ"ではなく"元気に考えていただければ"となっているところがポイントである。

「とろ」の主人公のように一日考えているだけで日が暮れてしまってもそれは時間の無駄ではない。
人間は自分の力で考えなければ前には進めないのである。
自分の人生の歌は自分で歌うものだ。癒しどころか、突き放している。かなり手ごわい子守唄である。

「おまえが消えて喜ぶ者」に自分の運命を委ねたあげく、流されてはいけない。
自分の人生のオールは自分で漕げ。誰にでも明日は平等に訪れる。

考えているだけで一年がすぎてしまい、何も形あるものとして成し得なかったとする。
でも人生とはそんなことの繰り返しである。
その積み重ねこそが自分の手でオールを漕ぎ、自分の道を切り開くということなのだ。

藤岡大祐氏によると、ここ数年のヒット曲は「根拠なき自己肯定」が特徴だという。
努力や経験を重ねることなしに誇りを得たいという、現代の青年の欲求があると指摘している。ただし、それは容易なことではないため、一方で「癒しソング」が流行した。その「癒しソング」に続いて、物資的には豊かでなくても、自分らしく夢を追うことを基調とした「等身大ソング」がはやりはじめているという。

中島みゆきの歌は上記のどれにも該当しない。

浮ついた気分が満喫していた80年代バブル全盛期。中島みゆきは「ネクラの代名詞」のようなレッテルを張られていた。「地上の星」のヒットで今や"人生の応援歌"を歌う歌手だ。
めぐるめぐるよ 時代はめぐる。

ふと「オールナイト・ニッポン」最終回での中島みゆきの言葉を思い出した
「幸せという字は辛いという字の上に付いてるちょっぴりの点を十という字に変えると幸せになるんです。十分辛くて初めて人は幸せになるんです。」

どんなにサウンドや歌詞の表現形態が変化しても、中島みゆきがデビューから一貫して歌い続けているのは"暗闇の中のひと筋の光"。
そういう意味ではこのアルバムもまた「中島みゆきの王道」だ。

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※ 参考 「ダ・ヴィンチ」 (2007年1月号/中島みゆきインタビュー)
「朝日新聞・夕刊」 (11月29日付/)中島みゆきインタビュー



中島みゆき - ララバイSINGER

2006.12.31 Sunday | 03:46 | 音楽 | comments(0) | trackbacks(1) |

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2017.06.24 Saturday | 03:46 | - | - | - |

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ララバイSINGER
今年の紅白歌合戦で最も聞きたいのはTOKIOの「 宙船(そらふね) 」だ。 この曲は今年の俺的ベスト10に入っている。 しかしTOKIOは、作詞作曲した中島みゆき本人が歌うのを聞いたことがなかったという。(中島さんがあえてデモテープを他人に委ねた為) Mステのアルバ
(MASログ 2006/12/31 4:58 AM)

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