映画のメモ帳+α

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五線譜のラブレター DE-LOVELY

五線譜のラブレター DE-LOVELY(2004 アメリカ)

五線譜のラブレター DE-LOVELY原題   DE-LOVELY
監督   アーウィン・ウィンクラー
脚本   ジェイ・コックス
撮影   トニー・ピアース=ロバーツ
作詞作曲 コール・ポーター
出演   ケヴィン・クライン アシュレイ・ジャッド
      ジョナサン・プライス ケヴィン・マクナリー
      サンドラ・ネルソン アラン・コーデュナー
      ピーター・ポリカープー キース・アレン
      ジェームズ・ウィルビー ケヴィン・マクキッド

五線譜のラブレター DE-LOVELY』は人気作曲家コール・ポーターの半生を妻リンダとの関係を軸に描いた伝記映画である。コールの伝記映画といえば既にケーリー・グラント主演『夜も昼も』(1946)があるが、当時、コールが同性愛者であることをまだ描くことができなかったため、リンダとの関係を含め事実関係ガタガタ、ほぼフィクションと言える仕上がりであったが、本作ではコールの同性愛ぶりをきっちり描いている。また、コールのヒット曲をロビー・ウィリアムズ、エルヴィス・コステロ、シュリル・クロウ、ナタリー・コール、ダイアナ・クラークらの人気歌手が登場して歌うことでも話題を集めた。



物語
1920年代、パリ。作曲家コール・ポーター(ケビン・クライン)は"パリで一番美しい離婚女性"と言われていたリンダ(アシュレイ・ジャッド)と出会う。交際をはじめてまもなくポーターは自分が同性愛者であることを告白する。リンダはコールの才能を信じていたのでそれを承知で彼と結婚。2人はヴェネチアで新婚生活をスタートするが、コールは作曲家としてのスランプをバレエ・ダンサーとの情事で埋め合わせていた。そこでリンダはコールを人気作曲家アーヴィング・バーリン(キース・アレン)に紹介。ポーターの才能に驚いたバーリンは彼にブロードウェイ・ミュージカルの仕事を紹介。ミュージカルは大成功をおさめ、コールは一躍、売れっ子の作曲家になった。だがそれと同時にコールはリンダのことを顧みなくなり...

 以下の記事はネタバレしています。未見の方はご注意ください。 また記事執筆に関しては、本作DVDに収録されているコメンタリーを大いに参照しています。

冒頭、自分の人生を芝居にした舞台をながめるコール。
コールの人生を彩った人物が次々と登場し、anything goesが流れる。
何でもアリ、これがコールの人生。そこに妻リンダが登場する。
「この曲はコールの独立宣言なんだ」
「何からの独立なの?」
たてつくリンダ。
この冒頭シーンは映画を一通り観終わったあと、もう一度観ると見え方が変わってくるだろう。

あらゆる種類の愛を求めていた。ひとつの人間、ひとつの性では足りない」というコールの独白。
これは"Love For Sale"の"I know every type of love"の歌詞がモチーフだろう。

私は男に懲りたの。でも夢を追うのは悪くないわ
「夢をかなえましょう。独立した2人として」
コールが同性愛者であると知りながら、彼と結婚をきめるリンダ。

ゲイの男と、"普通では物足りない"女とのラブストーリー。
ただし、"独立した2人"のあいだに芽生えたものはまぎれもなく"男女の友情"ではなく"愛情"であった。
最近では『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(傑作!)
が同様のテーマで描かれているがこういうシチュエーションは"実話"だからこそ説得力をもつ。

"Night and Day"がジャックなんて男に唄わせたことになっている。
「ジャックには無理だ。アステアにやらせろ」
えっ、これもともと、アステアのために作った歌じゃなかった?
ここでアステアを登場させると、アステアがゲイになってしまう。だから別の歌手に唄わせた、ということらしいです。コールは音域のせまいアステアに合わせて"夜も昼"を作ったということですが、それでもアステア様は"歌いづらい"と苦情を申したとか。うーん、この曲って難しいよね。

リンダとマーフィー家の娘が"True Love"を歌う場面がある。
"True Love"は映画『上流社会』(1956)でグレイス・ケリーとビング・クロスビーにより歌われた。
コール本人はこの曲を傑作だと思っていなかったようだ。
マーフィー妻は「あなた(コール・ポーター)らしくない曲ね」という
それに対しコールは「リンダはあなたらしい曲だという」
うーん、これは"らしくない曲"と思うほうが普通でしょうね。
コールにしてはひねりのない、ストレートな歌詞とメロディ。
でも、これを"らしくない"としてしまうとラブ・ストーリー映画上都合が悪い(笑)。

コール・ポーターがアーヴィング・バーリンに会って
「アメリカで一番偉大な作曲家だ」
バーリン、一呼吸おいて「売れてはいる」この感覚、好きだな。アーヴィング・バーリンという人は、常にまわりからおだてられないと仕事ができなかった、という話をどこかで読んだ。コールはそれを知っていたのだろうか?(笑)
「アーヴィング・バーリンの曲は皆好きさ。知的すぎないラブソング君にかける?」とハリウッドのプロデューサーメイヤーがいう。そのあとメイヤーの俗物性を笑い飛ばすかのように"be a clown"を歌うという演出。"be a clown"はジーン・ケリ−主演『踊る海賊』のために作った歌。『雨に唄えば』でドナルド・オコナーが歌った"Make 'Em Laugh "はこれのパクリ。バーリンがこの曲を聞いて、アーサー・フリードがコールの曲を盗んだと激怒。だがコールは友人であるアーサー・フリードを訴えなかった。金持ちケンカせずというか、紳士というか。うーん、確かにそっくり。『雨に唄えば』は好きな映画だけにこれは残念。

Be A Clown - Gene Kelly (The Pirate)
Make 'Em Laugh

ケビン・クラインがDVDコメンタリーで語ったところによると
"コールは公私をはっきりわけていた。インタビューにも応じていない。シェークスピア同様、インタビューが残っていない。作られたイメージを表に出していた。"そうだ。コールのプライベートは概略的なことしか伝わっていない。

それゆえ、リンダの流産の場面には驚いた。この2人、一度もヤってないという話じゃないの?
脚色だろー、と思っていたがそうではないらしい。
DVDのコメンタリーでアーウィン・ウィンクラー監督は「コールの伝記には出てこないが、弁護士のR・モンゴリー、ポーター研究家であるR.キンボール、ジーン・ハワード(晩年のコールと交流があった女性)の3人が事実だと公言している。」と語っている。

ここで流れるのは"Begin the Beguine"。
リンダの流産の場面に合わせ、曲を短調にして、テンポを落とした。
長調の曲なのに、マイナー調。
個人的にはフリオ・イグレシアスのイメージが強すぎるのでこれはかなり新鮮。
でも、歌詞の内容を考えるとこの曲調でも別におかしくない。

アーウィン・ウィンクラー監督は「コールの自伝はあてにならない。知られたくないことを隠し、いいことだけを強調するからね」と語っている。ケビン・クラインも「コールの伝記は4〜5冊出ているが、細かい点で異なる。どの伝記での一致しているのはコールが"派手なパーティ好き"ということ。コールの自伝(口述筆記)があるが、内容はかなり脚色してある。自伝を読むことで、彼がどのように自分を見せたかったかがわかる。」と語っている。

コールが"自分をどのように見せたかったか"について、非常にわかりやすいエピソードがある。
映画の中で、コールがまだ存命中に制作された『夜も昼も』の映画を観て「最悪だ」とつぶやく場面がある。
そうでしょうね。コールが同性愛者だというエピソードがふせられているし、リンダは看護婦(笑)。ほぼフィクションと言い切ったほうがよい仕上がり。でもその後コールは「自分の姿がケーリー・グラントとして記録されるのも悪くないな」と語る。これは実際のエピソードを反映している。

『夜も昼も』の製作が発表された際、彼の友人が「君の役をケーリー・グラントが演じる!?似ても似つかないよ。今からでもフレッド・アステアに変更してもらったほうがよい」と助言したという。それに対してコールは「もし君の人生が映画になるとして、君の役をケーリー・グラントが演じることになったら嫌というかね」と答えたという。将来記録されるにあたって、"事実"よりも"外見のイメージ"を重視するコール...うーん、ネット社会を予知していた?それにしても落馬事故以降も、ケーリー・グラントの顔色はツヤツヤ。事故以前よりも顔色がよくなっているようにすら見える。

よく見ると、似て...ないか(笑)。
cole porter   cary grant

『夜も昼も』について、DVDのコメンタリーでアーウィン・ウィンクラー監督は「ラスト、妻を抱きながら目をふせている。コールが同性愛であることへの目いっぱいの示唆」、ケヴィン・クラインは、「冒頭、エール大学を去る時、若い男をはべらかせている。これが精一杯」2人とも同業者ゆえか映画への批判は避け、コールが同性愛者であることをふせたまま映画を製作しなければならなかった事情に理解を示している。



落馬事故のあと、足を切断しようという話があったがリンダが「自尊心を失って2度と作曲ができなくなるから」とやめさせた。コールは激痛に耐えながら作曲を続けた。事故のあと、彼は常にしかめ面をしていたという。
『夜も昼も』のツヤツヤ顔と違って、本作ではしっかりコールのしかめ面を表現しています。
リンダの死後、コールは足を切断。リンダのいったとおりになってしまった。

それにしてもコールとリンダのラブストーリーは心をうつ。
リンダが先に亡くなるなんて、運命は何とも残酷だ。
リンダは自分が死んだ後のコールを心配し、男を家に招いていた。
映画ではビルという男ひとりに集約されているが、実際には何人もの男がいて、ビルは彼らを集約した役柄である。

落馬事故以降、キャリア的にさえなかったコール・ポーターにとって『キス・ミー・ケイト』は復活作といえるものだった。その時、リンダは病状が悪化しており、舞台初日にも顔を出すことができなかった。リンダなしでは人気作曲家コール・ポーターは生まれなかったかもしれない。彼女が気に入らなければその曲はボツになったという。リンダは1954年5月20日に亡くなった。リンダの死後コールの作曲ペースは落ち、やがて曲を作らなくなった。コールが亡くなったのはリンダの死から10年後、1964年10月15日である。

リンダ役には当初30〜40人あまりの女優が候補にあがっていた。アシュレイ・ジャッドもそのひとりだったが、製作サイドがギャラが高すぎるため断念していたという。(当時、彼女はサスペンス映画によく出ていたせいか、日本の映画ファンのあいだでは"アメリカの片平なぎさ"と呼ばれていた(笑))ところがアシュレイ側から"ギャラは削っていいので出演したい"と売り込みがあったため彼女に決まったという経緯がある。アシュレイ・ジャッドの演技は圧巻。リンダの気高さ、強さ、そして時折みせる脆さを絶妙なバランス感覚で見事に表現。本作の実質的主役はリンダだと思わせる存在感だ。

さて、本作の売りは現代の人気歌手が本人出演によりコールの歌を劇中で歌っていること。映画の中で歌ってみたい、という願望は歌手ならだれでも持っているらしく、ほとんどのミュージシャンは依頼に対し2つ返事でOKだったとか。

さて、そのラインナップです。wikipedia参照。

It's De-Lovely ロビー・ウィリアムズ
Let's Do It, Let's Fall In Love アラニス・モリセット
Begin the Beguine シェリル・クロウ
Let's Misbehave エルヴィス・コステロ
Be a Clown ケヴィン・クライン & ピーター・ポリカーポー
Night and Day ジョン・バロウマン & ケヴィン・クライン
Easy to Love ケヴィン・クライン
True Love アシュレイ・ジャッド & テイラー・ハミルトン
What Is This Thing Called Love? レマー・オビカ
I Love You ミック・ハックネル
Just One of Those Things ダイアナ・クラール
Anything Goes キャロライン・オコナー
Experiment ケヴィン・クライン
Love For Sale ヴィヴィアン・グリーン
So In Love ララ・ファビアン & マリオ・フラングーリス
Ev'ry Time You Say Goodbye ナタリー・コール
Blow, Gabriel, Blow ジョナサン・プライス & ケヴィン・クライン
In the Still of the Night ケヴィン・クライン & アシュレイ・ジャッド
You're The Top コール・ポーター


実力派歌手をそろえただけあって、皆そつなく歌いあげる。ロビー・ウィリアムズの下世話な雰囲気や、熱唱するシェリル・クロウはそれなりによかったが、全体的にどーも物足りない。理由は単純明快。ゲスト感が半端なく、それぞれが登場するたびにMVが挿入されたような錯覚を覚える。また、コールの楽曲は多くのジャズ歌手に録音されているので、どうしてもそれらと比較してしまう。エラ・フィッツジェラルドやアニタ・オデイをはじめ、ジャズボーカルのアルバムを手にとればコール・ポーターの楽曲はだいたい1曲は含まれている。本作の各歌唱は、往年のジャズ歌手たちのヴァージョンに比べると歌い方に工夫が乏しく、聞き劣りするのは否めない。はっきりいって歌手が本職でないケヴィン・クラインが一番よかったりする。特にラストの"So In Love"。ここでのケヴィンは情感をたっぷりこめて、やや下手に唄うというかなり高度なテクニックを使用しております(笑)。"ケヴィンは"コールはあまり歌がうまくないので、それっぽく歌った"と語っている。うーん、確かにコール、上手いとはいいがたいですねえ。



もっともコール・ポーター本人はジャズ歌手が得意としている"勝手に歌詞や曲を変更して歌う"のを極度に嫌い、フランク・シナトラが特に苦手だったそうだ。じゃあ、アニタ・オデイとかもっと苦手だったのかな?個人的にはコール・ポーター曲の歌い手としてはアニタが一番フィットしていると思うけど。




伝記映画はアカデミー賞が狙いやすいジャンルなので、毎年多く製作される。だが、残念ながら傑作は少ない。映画にしたくなるような人物の激動の人生を2時間たらずで描くのは極めて困難、という根本的な問題があるからだ。まして音楽物になると、随所に音楽を混ぜる必要があるため構成が散漫になりやすい。映画ではある程度の脚色は避けられないが、少しでも事実と違うとそこを突いてくる評論家が一定数存在する。

ゆえに伝記物においては映画の出来不出来というよりは、製作サイドが対象にどれだけ敬意を払い、誠実に描いているかを個人的には重視する。『RAY/レイ』のように製作サイドが対象に敬意を払っているとは思えない作品もあるからね。観客はその人を嫌いになるためにわざわざ伝記映画はみない。

『五線譜のラブレター DE-LOVELY』は都合の悪い部分もしっかり見せつつ、製作サイドのコール・ポーターに対する敬意があふれ出ている作品。主演のヴィン・クライン、アシュレイ・ジャッドをはじめ役者も皆好演。脚本も演出も考え抜かれている。にもかかわらず、傑作とまではいいがたいのは歌のパートがやや浮いているから。といってもコール・ポーターの楽曲は好きなので、時々見直してみたい映画です。
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2015.03.27 Friday | 19:41 | Jazz映画 | comments(0) | trackbacks(0) |

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