映画のメモ帳+α

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レッツ・ゲット・ロスト

レッツ・ゲット・ロスト(1988 アメリカ)

レッツ・ゲット・ロスト(1988)原題   LET'S GET LOST
監督   ブルース・ウェーバー
撮影   ジェフ・プライス
編集   アンジェロ・コラオ
出演   チェット・ベイカー ルース・ヤング
      ウィリアム・クラストン リサ・マリー

第61回(1988年)アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞ノミネート


「男なのになんて気だるい歌い方をするんだろう」チェット・ベイカーの歌う"My Funny Valentine"は強烈だった。ジェームズ・ディーンをほうふつさえるビジュアルにもひかれ、かの有名な"Chet Baker Sings"を衝動買いしたのを覚えている。言うまでもなくチェット・ベイカーはトランペッターであり、歌はあくまで余技なのだがジャズに関心のない人にとっては歌手チェット・ベイカーのほうがなじみが深いかもしれない。そんなチェットの晩年の姿を描いたドキュメンタリー映画が『レッツ・ゲット・ロスト』。監督は男性ヌード写真で有名となった写真家のブルース・ウェーバー。作品は高い評価を受け、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされている。

某ジャズ入門書に「チェット・ベイカーは同じようなアルバムを100枚以上出している」と称されていました。確かに...チェットのアルバムは前述の"Chet Baker Sings"を含めて4枚持っておりますが(といっても残り3枚は購入したjazz albumのセットに含まれていたので、自分の意志で買ったのは"Chet Baker Sings"のみ。)確かに少し単調さを感じます。よく言えば自分の世界を持っている、というか。ジャズの歴史の類の本をひもとくと、チェットの名前はウエストコースト・ジャズの代表選手みたいな記述がある程度。チェットの名前は有名ですが、ジャズの歴史を彩る"ジャズ・ジャイアンツ"という扱いではない。映画のなかで「彼はビ・バップには興味がなかった。美しい曲を演奏したかっただけ」という関係者のコメントが紹介されている。チェット・ベイカーのアルバムはどれも同じという印象を与えるのはここに原因があるのかもしれない。

チェットのトランペット(以下TP)の音色はマイルス・デイヴィスを真似たと揶揄されることもあります。マイルスよりは少しまろやかかなと思いますが、これといった特徴がない。それゆえ聞きやすい。チェット・ベイカーはジャズ初心者(私もそうですが...)には非常に耳馴染みがよいのではないでしょうか。"チェット・ベイカーは一時期、マイルスを超える人気があった。演奏的にもマイルスを超えた演奏があった"という評をどこかでみましたがチェットの演奏能力は、あのチャーリー・パーカーが認めるほど。好みの問題もあるでしょうがチェットのほうがマイルスより聴きやすい。歌は今風の言い方をすれば"ヘタウマ"。でも歌うだけで"チェット・ベイカーの世界"に染めてしまう。これは専業歌手ですらなかなかできることではない。



チェット・ベイカーといえば、ジェームス・ディーンをほうふつさせるルックス、どこか弱々しげな表情とボーカル、こりゃもてるだろうな、と。前半、彼がいかにフォットジェニックだったかが語られる。職人気質のジャズミュージシャンでこんな写真とっている人はあんまりいません。上半身裸、窓辺でスカしたかと思えば、あまえんぼ?

chet baker1chet baker2chet baker3

映画を観る前、チェット・ベイカーについてちょっと下調べした。ジャンキーで自叙伝にもドラッグのことだらけ、トランペット吹かなければただのロクデナシete。うーむ....この映画を観ればその真偽はわかるのか?



監督のブルース・ウェーバーは1955年、16歳のとき"Chet Baker Sings and Plays with Bud Shank, Russ Freeman and Strings"のLPジャケットをみてアルバムを購入したのをきっかけにチェットに関心を持った。映画のタイトル"Let's get lost"はこのアルバムに含まれている曲である。



前半30分はミュージシャン、チェット・ベイカー、その後は人間チェット・ベイカーを主に語っている。
そして、映画は昔のチェットの映像や写真と今のチェットを交互に映し出す。いや〜、ジェームズ・ディーンに似たちょっとひ弱そうな青年がこんな強面のオサンに...。顔はしわだらけで年甲斐もなくリーゼントにしてるから余計老けてみえる。(笑)。

父親はミュージシャン 大恐慌で仕事なし。自分にトロンボーンを与えたが、大きすぎてトランペットに変更、11歳でトランペットをもった。最初の仕事はチャーリ・パーカー、次はスタン・ゲッツ、その次はジェリー・マリガン...1954年に歌手カテゴリーでナット・キング・コールと並ぶ人気になったことに驚いた、等淡々と語るチェット。

酒場でジャズファンの若者らと語る場面が興味深い。

chet baker 4「チェット・ベイカーはふらついているという人がいる("people always told me that Chet Baker liked to float around")」
チェット
「確かに地に足は離れているね("as high as I can get off the ground")」

「よくチェット・ベイカーはマイルス・デイヴィスのように吹くといわれたけど傷ついた?」
それに対してチェットは
「自分とマイルスの違いがわからないなんて音楽を聴く耳がないんだ。彼らはマイルスとクリフォード・ブラウン、マイルスとディジー・ガレスピー、あるいはリー・モーガンとの違いもわからないだろうね。」
言ってくれます。自分以外の比較対象がみんなマイルスだったところがひっかかる。
やはりマイルスをかなり意識していたのか?それともマイルス狂信者のたわごとと思っていたのか。
酒の席を終え、車で帰宅するチェット。この映画の中で数少ない穏やかな表情だ。

チェットは1970年にドラッグがらみでケンカして前歯を折られた。トランペッターにとって歯はまぎれもない商売道具。活動休止を余儀なくされ"朝の7時から夜の11時まで”ガソリンスタンドで働いていたという。

「気付かれた?」
「いいや、歯がなかったから。いやあったか、総入れ歯だ」と語るチェット。

ディジー・ガレスピーに声をかけられてようやく復帰。
「再び演奏をしようと決意するまで半年かかった」
「たった一本の歯で25年演奏した」
「ニューヨークの観客の前で演奏するまで3年かかった」

チェットの元妻、子供たち、愛人も登場。
チャットが誠実だったときを知らない、とか人に憐れみをこうのがうまいとか
もうボロボロ、誰もいいことを言いません(笑)。
2番目の妻とは1977年に離婚。

そして愛人。歌手のルース・ヤング。
いかにもビッチ。
「出あったとき、22だったわ。」
「彼は私の音楽活動に援助などしてくれなかった。」
デュエットはしているんですけどね。Autumn Leaves - Chet Baker & Ruth Young



「歯のエピソードなんて嘘。彼はmanipulator(自分に都合がいいように他人の行動を操る人)
同情を誘うのが大好きなの
といい放つ。

彼の3番目の妻キャロルも登場。
チェットにはじめて会ったのは1960年。彼女は当時、チェットのことを知らなかったという。
息子が事故にあってもチェットは電話一本してこなかったとその非情さをなじり、
また愛人ルースのことを
「あのビッチが彼を堕落させたのよ。ドラッグをはじめたのも彼女がきっかけ」
穏やかな表情ですが、けんもほろろ。
チェットの娘がルースにささいなる"復讐"をしたエピソードも語られる。
結構楽しそうに話していました(笑)。
チェットの歌う"blame it on my youth"(若気の至り)をバックにチャットの家族の顔を次々映し出す。

チェットが子供たちに贈る言葉として「人生をより良く生きるには心から楽めることを見つけろ。そして他人より上手になるんだ」と語っている。そのあと、2番目の妻ハリマとのあいだにできた息子を思って作った歌のことを語る。(非常に良い声をしていたらしい)その曲は"Chetty's Lullaby" "Chet Is Back!"というアルバムのボーナストラック!!!として収録。指揮はあのエンニオ・モリコーネ。これいい曲なんだよな。これが流れる直前まで妻、愛人によるチェットの悪口合戦だったのに、それを全部洗い流してしまうような美しい曲。

chet baker 5ビル・エヴァンス、アート・ペッパー、ポール・デスモンドなどここ10年間で亡くなった音楽仲間の名前をあげるチェット...。チェットがカンヌ映画祭に出かけたとき、「ここは演奏するには最悪の場所。皆音楽に興味を示していない。」と戸惑う場面、そしてそのカンヌのパーティで「次の曲は静かに聞いてほしい。そんな感じの曲だ」と前置きしてエルヴィス・コステロの"almost blue"を歌う。目尻にしわを寄せながら、声をはりあげる曲でもないのに、やけに苦しそうだ。"トラブルと戯れていると自分のようになるよ。自分はなりたくてなった愚か者なんだ"という歌詞は、チェットの家族らにたいする弁明のように響く。この場面をラストにもってきたのは、アーティスト・チェット・ベイカーに対するブルース・ウェバーの敬意の証だろう。

ちなみにオリジナルはエルヴィス・コステロの"Imperial Bedroom"というアルバム中の曲だが、コステロはチェットの歌う"The Thrill Is Gone"にインスパイアされてこの曲を作ったという。Elvis Costello - Almost Blue。それをチェットが歌う。因縁的で面白いですね。コステロにもインタビューすればよかったのに。

ラスト、ブルース・ウェーバーはチェットに問いかける。
「数年たってこの映画を見返したら幸せなときだったと思う?」
チェットは"How the hell else could I see?"と驚いたように2回繰り返したあと、サンタモニカやホテルなどこの映画の撮影場所を羅列し「この映画はすべてが美しい。これは夢だったんだ。現実にはほとんど起こり得ないことだ。」といい放つ。チェットはどこか芝居がかっているというコメントが映画の中にもあったが、このラスト場面でのチェットはアカデミー賞級の名演である。

歌あるいは演技などで、"年をとり、人生経験を重ねたことにより出せる枯れた味わい"という、きまりきった表現がある。そういう表現が適切な場合もあるし、単なる"劣化・老化"を耳触りのよい言葉に置き換えただけのケースもある。チェット・ベイカーの外見は年齢以上に老けこみ、半端ないジャンキーぶりなどイメージはガタガタ。それでも声、そして"美しい曲を演奏したかっただけ"の音楽世界は昔のまま。外見は枯れても音楽にそれが出ない。本人の実人生と作品は全くの別人格。そういうアーティストは意外と多い。チェットは音楽の中だけに"自分の夢、理想"を注ぎこみ続けた。そこだけはブレなかった。ところでチェット・ベイカー、歌唱法に関しては他のジャズ歌手のようにフェイクしたりスキャットしたり、いわゆる"崩して"歌わないんですね。もしかするとこれが彼の音楽性を探る鍵かもしれない、とふと思ったりした。

最初のほう、チェットがささやくような声で"imagination"を歌うのをバックにパシフィック・ジャズレコード創始者dick bockがチェット・ベイカーとの出会いについて語る。「チェットとの出会いは自分のjazz人生を変えた。自分が出あったjazzミュージシャンの中でチェットは最もユニークなひとり。一番いいときに出会った。除隊したばかりで彼は22〜23歳、まだジャンキーじゃなかった。15〜20年ぶりに彼にあったとき、外見の変化にショックを受けた。だが、いったん話しをし、トランペットを吹き、歌うと昔のままだった」チェットの外見の変化と変わらぬ音楽性、これを映像で体感するのがこの映画のテーマ。映画『レッツ・ゲット・ロスト』はドキュメンタリーというよりアート映画に近い仕上がりチェット・ベイカーという人の不可思議な魅力とモノクロのスタイリッシュな映像はまさに"imagination"をかきたててくれる。観終わったあと、無性にチェット・ベイカーが聴きたくなる。

監督ブルース・ウェーバーが本作の編集作業を終えた頃、チェット・ベイカーはアムステルダムのホテルの窓から謎の転落死。当時58歳だったのにもかかわらず当初、"死体は30歳くらいのトランペットを持った男性"とみなされた。(34歳だったにもかかわらず、60歳くらいとみなされたチャーリー・パーカーとよく対比して語られる。) 映画のタイトルにもなった"Let's get lost"(ここから逃げ出そうよ)。チェットはこの世から逃げ出したい気分だったのかもしれない。
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2015.03.27 Friday | 19:38 | Jazz映画 | comments(0) | trackbacks(0) |

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2017.06.24 Saturday | 19:38 | - | - | - |

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