映画のメモ帳+α

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引き裂かれたカーテン

引き裂かれたカーテン(1966 アメリカ)

引き裂かれたカーテン原題   TORN CURTAIN
監督   アルフレッド・ヒッチコック
脚本   ブライアン・ムーア
撮影   ジョン・F・ウォーレン
音楽   ジョン・アディソン
出演   ポール・ニューマン ジュリー・アンドリュース
      リラ・ケドロヴァ デヴィッド・オパトッシュ アンナ・リー
      ルドウィッグ・ドナス ハンスイェルク・フェルミー

ハリウッドは厳しい。30年以上のキャリアを誇り、数多くのヒット作を放ったアルフレッド・ヒッチコックですら最新作がこけると容赦ない。前作『マーニー』が興行的に不発だったため、次作『引き裂かれたカーテン』ではポール・ニューマンジュリー・アンドリュースという当時のトップスターを、ヒッチコックの意に沿わないにもかかわらず押しつけられた。そのかいあって『引き裂かれたカーテン』は興行的には成功。だが、作品評価は芳しくなく、"平凡すぎる"、"ヒッチコックは終わった"と酷評された。


 ここ数作はヒッチコック本人が予告編に登場するのがならわしだったが、ヒッチ本人が作品の出来に満足していなかったため、本作では出演なし

物語
アメリカの物理学者マイケル(ポール・ニューマン)は学術会議に出席するため、秘書かつ婚約者のサラ(ジュリー・アンドリュース)を伴ってコペンハーゲンに向かっていた。だが、コペンハーゲンに到着する直前、秘密の文書が届いたことをきっかけにマイケルは会議出席をとりやめ東ベルリンに向かうことにする。マイケルの任務は、アメリカで開発中の核兵器、ガンマ5研究に必要な、東ドイツのリント博士(ルドウィヒ・ドナート)の知識を盗みだすためのスパイ活動だった。不安を感じたサラはマイケルの制止にもかかわらず彼に同行する。

 以下の記事はネタバレしています。未見の方はご注意ください。

ヒッチコック ポール・ニューマン ジュリー・アンドリュースヒッチコックはマイケル役にはケーリー・グラント、アンソニー・パーキンス、サラ役にはエヴァ・マリー・セイントを希望していたが、映画スタジオ(ユニバーサル)は当時のトップスター、ポール・ニューマン、ジュリー・アンドリュースを押しつけてきた。ヒッチコックはギャラの高い2人の起用に難色を示したが、結局押し切られた。ユニバーサルとしては『引き裂かれたカーテン』がヒッチコック長編50本目にあたる記念作だったため、2大スターの起用で派手に盛り上げたかったのだろう。

 『引き裂かれたカーテン』の製作費は約300万ドル(当時)といわれていますが、ポール・ニューマンとジュリー・アンドリュースのギャラはそれぞれ約75万ドル!2人のギャラだけで製作費の半分に及んだため、ヒッチコックは後々までご立腹だった模様。

案の定、ヒッチコックとポール・ニューマンは現場での衝突が伝えられた。ポール・ニューマンいわく"監督との意思の疎通に問題があったわけではない。単に脚本が悪かっただけ"だそうだが、ヒッチコックはポール・ニューマンの(アクターズ・スタジオ仕込みの)メソッド演技に辟易していたといわれている。俳優を「甘やかされた子供」「牛」呼ばわりし、自分の言った通り演じればいいんだとしか考えないヒッチコックと、メソッド演技に没頭するギラギラ俳優がうまくいくはずないじゃん(爆)。

この映画で目についたのは、ポール・ニューマンの裸。
ヒッチコック映画では女優はおろか、男優ですら裸シーンはほとんど出てこない。ところが、本作のポールニューマン、冒頭のラブシーン、そして....全裸を想像させるシャワー場面。女優ならまだしもオトコで...(もちろん本人じゃないでしょうけど)

引き裂かれたカーテン シャワー

そして中盤、治療を受ける場面で、このポーズ!かなり笑った。
引き裂かれたカーテン ポール・ニューマン

映画雑誌のピンナップに使えそうですね。人気スター男優となると、契約書の段階で"最低2シーンで上半身裸になる"という内容が盛り込まれていることがあるそうですが、このときのポール・ニューマンもそうだったのかな?ヒッチコックで主演男優が裸を誇らしげにみせる場面がほとんどないだけに少し奇妙な印象を受けました。

一方のジュリー・アンドリュース。当時、『メリー・ポピンズ』、『サウンド・オブ・ミュージック』の連続ヒットで超のつく売れっ子だった彼女のスケジュール調整は困難を極めたため、ヒッチコックがまだ脚本に満足していない段階で、すでに彼女の登場場面は撮影が行われていた。やけにアンドリュースのソロショットが多いと思ったらそういう事情だったんですね。

引き裂かれたカーテン ジュリー・アンドリュース1引き裂かれたカーテン ジュリー・アンドリュース2

ところで...本作でジュリー・アンドリュースは歌を披露していない。いくら人気者とはいえ、歌わない彼女にそれほど需要ある!?案の定、映画会社は彼女に歌わせたいと考えていた。そのため、ユニバーサルはヒット曲が作れないバーナード・ハーマンの起用に難色を示し、"ムーン・リバー"で知られるヘンリー・マンシーニを使うように圧力をかけていたという。そういう事情を考慮してか、ヒッチコックはハーマンにポップな楽曲を要求、ハーマンはいつものようにダークな曲を作ってきたため、ヒッチコックはハーマンを解雇。『ハリーの災難』(1955)から前作『マーニー』まで8作続いていた蜜月関係はここで終わり。ヒッチコック×バーナード・ハーマンは、映画監督と作曲家のコラボとしてフェデリコ・フェリーニ×ニーノ・ロータに匹敵する、映画史に残る名コンビだったのに。結局、ジュリー・アンドリュースの歌もヘンリー・マンシーニの起用も実現せず、代わりに音楽を担当したジョン・アディソンのスコアの出来は芳しくなく、ヒッチコックとバーナード・ハーマンの決別は功を奏さなかった。『引き裂かれたカーテン』用にバーナード・ハーマンがつけた音源は『引き裂かれたカーテン』のDVD特典映像に収録されている。

さて、ようやく本題に入ります。
ストーリーを語ってもしょうがないので、いつものように見どころなどをちらほら。

ヒッチコックといえば、過去作品のネタ焼き直しを平然とする人で前作『マーニー』はほとんどそればっかりでしたが、本作では過去、あまり見受けられなかったパターンもありました。

まずはこれ。舞台はヒッチコックが大好きな美術館です。マイケルの素性を見破った秘密諜報員グロメク(ウォルフガング・キーリング)の足音だけがひびきわたり、主人公は美術館を逃げ回る。今となっては結構ありふれた演出方法で、最近ではウェス・アンダーソン監督『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)にもこの手の場面がありましたがヒッチコックとはどこか違う。ヒッチコックは舞台の広さ、奥行きを十分に感じさせてくれる見せ方なので、怖さ、不気味さがさらに引き立っているんですね。あと、時間がそれなりに長い。この手の場面ってあんまり短いと全然印象に残らない。

引き裂かれたカーテン 美術館 足音1引き裂かれたカーテン 美術館 足音2引き裂かれたカーテン 美術館 足音3

マイケルと現地組織の女性が力を合わせてグロメクを殺害する場面。ヒッチコックは"スパイ映画では人がいとも簡単に殺されすぎる"という不磨何を抱いていた。そのため、人殺しに四苦八苦する姿をじっくり描き出す。当初、バーナード・ハーマンもジョン・アディソンもこの場面用に音楽を用意していましたが採用せず、結局は音楽なし。グロい殺害場面をじっくり描くのなら音楽はないほうがいい。

引き裂かれたカーテン グロメク殺害

ついに隠し通せなくなり、マイケルがサラに東ベルリン滞在の目的を告白する場面。
例によって台詞はなく、遠巻きに映像で語る。
注目すべきはこの空の色。リアリティが欠片もない!
引き裂かれたカーテン 真相告白

ヒッチコック映画において、リアリティがどーのこーのと語るのは野暮の極み
ヒッチコックは"映画は虚構"と割り切っており、彼ほどリアリティにこだわらない監督もそうそう珍しい。

続いてはバスの追跡場面。
現地集団πが準備した敵をあざむくためのバス。本物のバスは10分後に遅れてくる。
追いつかれたら素性がばれる。
引き裂かれたカーテン バス
途中、敵のはずの憲兵が護衛してくれるというアイデアがポイント。
サスペンスは途中でユーモアをはさまないとだめ、というヒッチコックの信条が見事に活かされている。

では続いて"本来なら見せどころになるはずの場面が..."のご紹介です。
まずは、マイケルとリント博士が黒板に方程式を書きあう場面。
マイケルがリント博士の研究を盗みとる"サスペンスシーン"なんですが...
このシチュエーション自体、舞台的というか、映画としてみると退屈な場面です。
それにテンポが早すぎる!もう少しじっくり描かないとドキドキしません。

引き裂かれたカーテン 黒板

一番のドッチラケはバレエ公演の場面。
客席に紛れ込んだ主人公。だが、周囲には敵が見張りをかけていて...
客席を混乱に陥れ、人混みにまぎれて逃げ出そうとする。
ヒッチコック映画ではおなじみのシチュエーションなんですが
これはないでしょ。
舞台上の"火"をみて、「火事だ!」と叫ぶ主人公。
客席はパニックとなり、観客は我も我もと出口に急ぐ。
引き裂かれたカーテン バレエ公演 火

こんな、リボンのピラピラをみて火事だと思う人はこの世にいません(爆)。

『引き裂かれたカーテン』をはじめてみたのは20年以上前。ポール・ニューマンが出ていたことと、あんまり面白くなかったことしか覚えていなかったのですが、ラストのかご場面で"あ、これ観たことある!"と急きょ思いだした。でも何でこれを覚えていたのかな。かごを間違えて運びそうになる場面でもうオチが想像つく。うーん、鈍い顛末だなと感じたものですが、その鈍さゆえ記憶に残っていたのかもしれません。

ヒッチコック カメオ出演場面「引き裂かれたカーテン」でのヒッチコック・カメオ出演場面!

0:08 ホテルのロビーにて、赤ちゃんを膝にのせてるオッサン。
ブレインデッド』みたいに赤ちゃんを投げ飛ばしたりしたら面白かったんだけど...。



『引き裂かれたカーテン』のDVDに収録されているドキュメンタリーを観ると、"決して失敗作ではない"とやたら力説しています。まあ、DVD特典映像で"この作品は失敗作です"とは言わないでしょうけど。まあ、これが普通の監督の作品だったら凡作ですむんですよ。ただ、"サスペンス映画の巨匠、アルフレッド・ヒッチコック監督作"としては...つまらないとはいいませんが、全体的に演出が鈍くかなり物足りない。皮肉なことにポール・ニューマン、ジュリー・アンドリュースという2大スターの存在感でかろうじて持っている印象。まあ、もしかするとこの2人だったから演出上の制約が多く、鈍い仕上がりになってしまったのかもしれません。『引き裂かれたカーテン』は長編50作めにしてヒッチコック最後のスター映画。でもケイリー・グラントやグレース・ケリーが出ていたころとはかなり雰囲気が異なる。その違いを確認する意味で、ヒッチコックファンなら観ておいてもよいかもしれません。
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1000 Frames of Torn Curtain (1966)

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2017.04.26 Wednesday | 00:18 | - | - | - |

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