映画のメモ帳+α

音楽映画、アカデミー賞関連の記事に力を入れています。
ゾンビ、スタートレック、ヒッチコック監督作、ドキュメンタリー映画のカテゴリーもあり。
映画300字レビュー、はじめました。
※TB、コメントともに承認制とさせていただいております

<< 間諜最後の日 | TOP | 第3逃亡者 >>

サボタージュ

サボタージュ(1936 イギリス)

サボタージュ原題   SABOTAGE
米題   A WOMAN ALONE
監督   アルフレッド・ヒッチコック
原作   ジョセフ・コンラッド
脚本   チャールズ・ベネット イアン・ヘイ
撮影   バーナード・ノールズ
音楽   ルイス・レヴィ
出演   シルヴィア・シドニー オスカー・ホモルカ
      ジョン・ローダー デズモンド・テスター ジョイス・バーバー

(日本劇場未公開)

アルフレッド・ヒッチコック監督『サボタージュ』は、ジョゼフ・コンラッドの『密偵』を原作としている。この原作の原題は"The Secret Agent"。そう、前作『間諜最後の日』の原題と同じ題名である。そのせいか?物語の作り方において、前作の悪い部分を踏襲した感がある作品だ。



物語
ヴァーロック(オスカー・ホモルカ)は映画館主。だが、生活苦のため、サボタージュ(破壊活動、妨害工作。ある集団に警告を与えるため、もしくは(戦争中の敵など)人々に不安をさせるため、工場などの建築物や施設などを故意に破壊すること。)の手伝いをして、報酬をえていた。刑事テッド・スペンサー(ジョン・ローダー)は、ヴァーロック家の向かい側にある八百屋の御用聞きをよそって、ヴァーロックを監視していた。ある日、ヴァーロックは土曜に行われる市長パレードの日、ピカデリー・サーカスの地下鉄駅に爆弾をしかけることを命じられる。予定当日、荷物がヴァーロックのもとに届けられた。13時45分に爆発するようセットされた爆弾だ。ヴァーロックは自分で地下鉄駅まで出向こうとするが、家の表ではテッドが妻シルヴィア(シルヴィア・シドニー)と話し込んでいた。テッドが刑事であることは、仲間を通して既に知っていた。このまま自分が"荷物"を持って通り抜けたら確実に怪しまれる。困り果てたヴァーロックは妻の弟、スティーヴ少年(デズモンド・テスター)に"荷物"を置きにいくよう頼む。

 以下の記事はネタバレしています。未見の方はご注意ください。

ヒッチコックはトーキーになっても冒頭、サイレント的な表現で始まることが多い。それが巧い。この『サボタージュ』でも健在です。まず、最初、辞書の「sabotage」の箇所が映し出され、それをバックにクレジット。辞書をバックにクレジットが入るってあんまりないんじゃない?その後、電球のクローズアップ、夜の街が映し出され、そして停電。そして怪しげな男が「サボタージュだ!」「誰がやったんだ」と語ったあと、音楽がジャ〜ン!こいつがやりました!と言わんばかりにヴァーロックのクローズアップ。うーん、ちょっとベタすぎ。マッチ売りのジジイのあと、シルヴィア・シドニーのセーラー服コスプレ(爆)。この時代のイギリスってあんなファッションが流行っていたの?それとも映画館の制服?

シルヴィア・シドニー

ところで、シルヴィア・シドニーといえば、フリッツ・ラング監督作品によく出ていた女優。ピーター・ローレといいシルヴィア・シドニーといい...ヒッチコックはラングを相当意識していたんでしょうね。ヒッチコックはシルヴィア・シドニーについて"抑制された演技ができるいい女優だけど、顔の表情にもう少しニュアンスが出てもよかった”と軽く不満をのべています。でもこのコメントってヒッチコックとフリッツ・ラングの作風の違いが感じられて面白い。同じサスペンスでもヒッチコックのほうが、フリッツ・ラングより少しベタついた感じがしますからね。

ヒッチコックは『暗殺者の家』以降、自分の好きな題材で映画を撮れるようになりました。『暗殺者の家』、『三十九夜』まではそれまでさんざん気の向かない舞台の映画化を押し付けられた鬱憤をはらすように生き生きとして絶好調だったのですが、人間ある程度満たされると別の意味で迷いが出るのかもしれません。まず、主役が殺しが嫌いでうじうじ悩む。スパイと破壊部員の差はあれど前作と同じパターン。サスペンスにこんな"人間的"味付けは不要、というのが個人的意見です。あと、少年を殺してしまったこと。これは前作、スパイが罪のない老人を殺してしまったことと同じパターン。ヒッチコックにとっては観客の予想or期待を裏切り、ショックを与えたいと考えたんでしょうが、観客にとっては不快でしかない。ヒッチコックも失敗だったといいつつ、最初からヴァーロックは少年を殺すつもりでやった、そして妻が復讐のため...にしたほうがよかったかな?と語る。そこでトリュフォーが「映画で子供を殺すのはデリケートな問題で...」とつっこむとヒッチコックは「そうだな、間違っていた」とひきさがる。文字だけなので、ニュアンスがよくわからないが、ヒッチは内心"所詮、映画の中のつくり話、がたがた言うんじゃねえよ"と思ってたかも。そして、同情されるべきヒロインが急遽殺人犯になってしまい、苦境のどさくさに紛れてボンクラ刑事が愛の告白!『間諜最後の日』でも使われた物語パターン!すごく安っぽい。そして、最後、本来ヒロインが本来償うべき罪を闇にほうむって終わる。これは既に『恐喝(ゆすり)』で使ったパターン。あと、映画館でヒロインがディズニーの短編映画『誰がコック・ロビンを殺したか』で"誰が殺したか?"にやたら反応するのも『恐喝(ゆすり)』でのナイフおばちゃんの雄たけびと同じ手法ですね。

映像的見どころは2点。まず、バス爆破シーン。観客は少年が犠牲になってくれるなよ、とハラハラしながら観ているわけで...。これ、助かったら助かったで、"ああ、やっぱりご都合主義の娯楽映画"と思う人もいるだろうし。難しいですね、こーゆーの。もうひとつは、少年が死んだあとの、ヴァーロック夫婦の食事場面。 妻がナイフを手にしてさっと手をひくところで、ナイフが凶器になると伝える。その瞬間、夫の顔いろががらりと変わる。この"溜め"がいいですね。凡庸な監督なら、ナイフをチラっとうつしたあと、すぐグサっとやって終わりでしょうから。

ヒッチコック カメオ出演場面「サボタージュ」でのヒッチコック・カメオ出演場面!
はじまって8分30秒ごろ、前を横切り、そりかえるオッサンです



ヒッチコックはこの『サボタージュ』以前に、ミステリー、サスペンスを6本とっています。『サボタージュ』では、前述のとおり、『恐喝(ゆすり)』や『間諜最後の日』で使った物語、演出パターンの使いまわしなど,ヒッチコックが"サスペンス映画の表現方法"に対して、少し行き詰ってきている感があります。テンポも今ひとつで、ヒッチコック映画特有の"ジェットコースター的に物語にひきこまれる"こともなし。トリュフォーが「あなたの映画にしては、ほころびが目立つ」と珍しく喰ってかかっているのもわかる。とはいっても凡百のサスペンス映画よりはずっと面白いんですけどね。まあ、この言い方はヒッチコック映画を語る際、何回も使いまわしそうですが。ああ、使いまわしってある程度しょうがないのかな(笑)。
人気blogランキングこの記事が参考になりましたら左のバナーにクリックお願いします!

1000 Frames of Sabotage (1936)

スポンサーサイト


2017.11.24 Friday | 00:02 | - | - | - |

コメント

コメントする









この記事のトラックバックURL

http://moviepad.jugem.jp/trackback/609

トラックバック

▲top