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愛しのフリーダ

愛しのフリーダ(2013 アメリカ・イギリス)

愛しのフリーダ原題   GOOD OL' FREDA
監督   ライアン・ホワイト
脚本   ライアン・ホワイト
編集   ヘレン・カーンズ
出演   フリーダ・ケリー
(ドキュメンタリー映画)

ザ・ビートルズのファンでフリーダ・ケリー(Freda Kelly)の名に聞き覚えのあるファンは今、どれだけいるでしょうか?もし、ビートルズのファンクラブに入っていたのなら、当然知っているでしょう。彼女はファンクラブ会報発行の責任者でしたから。(ファンクラブはイギリスですが、日本からも入会者はいたそうです)。ビートルズのマネージャー、ブライアン・エプスタインが彼女に秘書にならないかと声をかけてから、彼女の人生は一変します。その後、ビートルズの人気は爆発、フリーダは"世界中の女の子がうらやむ職業についた女性"と新聞で紹介されたりもしました。ずっと沈黙を守ってきたフリーダがついに表舞台に出てきたのが『愛しのフリーダ』。日本公開でのサブタイトル「ザ・ビートルズと過ごした11年間」というどおり、デビュー直前から1972年のファンクラブ解散まで11年間を語ったドキュメンタリー映画です。



フリーダはキャヴァーン・クラブに約190回も通い詰めたそうです。同様の熱狂的ファンは他にもたくさんいたでしょう。その中からなぜブライアン・エプスタインが彼女を選んだのか?タイプ・キーパンチャーとして仕事をしていた17歳の少女、本人いわく、ただの"職業婦人"にすぎなかった彼女を...。映画を通してその答えが見えてきます。

この映画の主役はビートルズではなく、あくまでフリーダ・ケリーというひとりの女性。もちろん、メンバーのエピソードも多々紹介されますがここではフリーダのメイン業務だったファンレターへの返信、に関するエピソードに絞っていくつか紹介してみあす。

 以下、ネタバレを多数含みます。未見の方はご注意を!

まず、ファンクラブの住所を当時、フリーダの自宅にしていたというのが驚き。
そのため、自宅には毎日山のような手紙が届き...
今の時代なら間違いなく変な事件が起きてしまいそうですね。
それとファンレターに全部対応していたというのが驚き。サインのリクエストなども律儀に応えていたそうです。フリーダがメンバーの自宅に立ち寄り、「TV観ている暇があるならサイン書いて」と迫っていたとか。

・リンゴがフリーダに「そんなに数多くないから」とファンレターの返事を書いてくれるように頼みにきたエピソード。リンゴはある程度、返信文面も自分で考えていたようですが、フリーダから何通なのと聞かれ、「9通」。フリーダは「たったの9通なの?」と何度も聞きなおしたとか。かわいそうなリンゴ。でもこれいつ頃の話でしょうね。デビュー後ならありえないような気が....フリーダは当初、リンゴの在籍は短期間だと思っていたそうです。

リンゴがらみはもうひとつありました。枕カバーを送りつけるファンがいて、「リンゴが枕カバーを実際に使った後、サインをして送り返して!」という無茶要求。フリーダはリンゴの母親にリンゴが本当に使ったかどうか確認させた後、サイン入りでちゃんと送ったそうです。フリーダはリンゴの母親と仲がよく、給料の安さをつい愚痴ってしまったところ、リンゴの母親がブライアンにつめより、フリーダの昇給が決まったというエピソードも紹介されていましたね。もっとクレイジーなファンレターは山ほどあったでしょう。だけど、この程度の紹介に留める、ここにフリーダのファンに対する気遣いを感じます。

・ファンレターのサインリクエストが(あまりに多すぎるため)サインをスタンプにしようとブライアンが提案。だが、ジョンは不誠実だと難色を示し、フリーダも同様に感じたため、ブライアンには内緒でスタンプサインを送ることはなかった。
・フリーダの助手が自分の髪の毛をポールの髪と偽ってファンに送ろうとしたことが発覚。フリーダは激怒し、そのスタッフを解雇した。

当時、ファンレターを送ったファンが観たら、このくだりは感激・安心でしょうね。

一番、ほっこりするのはフリーダが自分用のサインがほしくて、ファンのサイン帳の束にこっそり自分のサイン帳を紛れ込ませた話。ジョージに宛名を聞かれ、「ただサインすればいいの!」と言い張るフリーダ。サイン帳に自分の名前が入っていたため企みがバレてしまい、ジョージが他の3人のサインももらってきてくれた。その時のフリーダへのサインが映画で公開されてます。4人ともそれぞれ心のこもったメッセージを添えてくれています。

毎日山のようにファンレターが届くため、その日に届いたものはその日のうちに処理しないと追いつかない。そのため、毎日朝の4時〜5時までかかって対応していたそうです。ちなみに、ファンレターの宛名は「英国、ポール・マッカートニー」と書いただけでも届いていたとか!まあ、日本でも大企業となると会社名を書いただけで郵便は届くようですが...イギリスの郵便局でもそんなにサービスよかったんですね。

ビートルズの世界的人気はフリーダの誠実なファン対応に支えられていたことがよくわかります。

実はこの映画を観る前、ひそかに思っていました。
"他愛のない話に終始し、衝撃の新事実なんて絶対にない!今頃、出てきたのは孫に自慢したいとかそんな理由だろう" はい、予想通りでした。でも"予想通り"だったことが重要。それが"ザ・ビートルスのスタッフ、フリーダ・ケリー"の心意気を示しているからです。

ビートルズファンが知りたいのは
・ピートからリンゴへのドラマー交代時の真相
・ブライアン死去前後の様子
・コンサートツアー中止の真相
そして何よりも解散の真相
こんなところじゃないでしょうか?

もちろんこのような疑問には一切答えてくれません。

フリーダは来日時のインタビューで
「私は本を書きたいと思ったことはない。出版社としてはメンバー間の言い争いとかを書けといってくるに違いないから。私はそういうのを書いたりしてはいけないと思っている」
映画の中でも
「私は(ブライアンに)雇われた者としての責任がある。」
私は彼等といっしょに成長してきたの。わずかな金のために魂は売らないわ。

彼女は今でも弁護士事務所の秘書として働いているという。
"本でも書けば週6日も働かなくてすむのに"と娘はこぼす。
彼女のビートルズ関連の私物はわずかに段ボール4箱分。他のものはみんなファンにあげてしまったとか。
「あれを売っていれば億万長者だったのに」
フリーダは死んでしまった自分の息子にすら、ビートルズのことをほとんど話していなかったという。
それを後悔したのが今回、映画出演への動機となりました。
フリーダは知人を通して監督のライアン・ホワイトにコンタクトをとった。ライアンはフリーダとは既に面識があったそうですが、その時までフリーダがビートルズの秘書だったことを知らなかったそうです。仰天した彼は急いでネットの資金集めサイトを通して費用をかき集め、この映画の撮影を開始した。フリーダの口の堅さ、誠実さを物語るエピソードですね。

ラスト近く、ジョン、ジョージ、ブライアンら既にこの世にいないビートルズ関係者の名を次々とあげ
富や名声なんていらいない。がんには勝てないのよ」
とこぼす。その言葉どおりの生き方をしてきたフリーダならではの説得力です。フリーダの、スーパースターのイメージを守り抜き、ファンの気持ちを一番に考えるフリーダの誠実さに迂闊にも涙が出てきました。

これまで、ビートルズを語るうえでメンバー以外で絶対に外せないとされていたのはプロデューサーのジョージ・マーティン、そしてブライアン・エプスタインの2人でした。今後のビートルズ本には2人に続いて"彼女がメンバーとファンのかけ橋"フリーダ・ケリーの名が加わることでしょう。スタッフは誰よりもそのアーティストのファンであること、それが誠実な仕事ができる原動力。そんなことをひそかに教えてくれる。映画『愛しのフリーダ』は、ビートルズファンはもちろん、それ以外の人でも深い感銘を受けるであろう作品です。
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※ フリーダはブライアン・エプスタインに対して結構厳しい見方をしているようです。これは内部にいた人ならでは、の意見ですね。こういうのをもっと映画に出してもよかったのでは、とは思います。
元秘書が解くビートルズ50年の「封印」

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2017.10.20 Friday | 20:59 | - | - | - |

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「愛しのフリーダ」
ビートルズに「秘書」のような女性がいたんだなあ。
(或る日の出来事 2013/12/24 10:45 PM)
フリーダ・ケリーさんインタビュー:映画「愛しのフリーダ」(1月18日公開)について/ザ・ビートルズの秘書兼ファンクラブ責任者を11年間務めた女性を描いたドキュメンタリー
公開中の「愛しのフリーダ」はザ・ビートルズの秘書兼ファンクラブ責任者を11年間務めたフリーダ・ケリーさんを描いた珠玉のドキュメンタリーだ。フリーダさんが来日した際にお話を伺った。 2014年1月30日まで角川シネマ有楽町にて公開、ほか全国ロードショー
(INTRO 2014/01/27 8:50 PM)

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