映画のメモ帳+α

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ハンナ・アーレント

ハンナ・アーレント(2012 ドイツ)

ハンナ・アーレント原題   HANNAH ARENDT
監督   マルガレーテ・フォン・トロッタ
脚本   パム・カッツ マルガレーテ・フォン・トロッタ
撮影   カロリーヌ・シャンプティエ
編集   ベッティナ・ボーラー
音楽   アンドレ・メルゲンターラー
出演   バルバラ・スコヴァ アクセル・ミルベルク
      ジャネット・マクティア ウルリッヒ・ヌーテン
      ミヒャエル・デーゲン

考えさせられる映画は最高、と考える人がいる。(スーザン・サランドンみたいな人です) その一方、映画を観ながら頭使うなんて最低!と思う人もいる。(ブリトニー・スピアーズみたいな人です) まさに、前者にとっては最高で後者にとては最悪の映画がマルガレーテ・フォン・トロッタ監督の『ハンナ・アーレント』だ。ホロコーストを逃れ、アメリカに亡命した哲学者ハンナ・アーレントが、1963年に雑誌ザ・ニューヨーカーに連載し、物議を醸した「イエルサレムのアイヒマン」を発表するときのエピソードを描いた作品。「イエルサレム〜」はナチスによるユダヤ人強制収容所移送の責任者アドルフ・アイヒマンへの裁判の傍聴記。その中でアイヒマンを"極悪人ではなく、命令に従っただけの小役人にすぎない"と称し、ユダヤ人自治組織の指導者がアイヒマンに協力していたと指摘したことから、ユダヤ人やシオニストから激しいバッシングを浴びた。



夜道、ひとり懐中電灯を片手にひとりとぼとぼ歩くアイヒマンがイスラエル諜報部に逮捕されるところから映画はスタートする。その歩き方ひとつでアイヒマンのよく言えば慎重、言いかえれば小心者的な性格をよく表している。秀逸なのは、裁判場面でアイヒマン本人の映像には記録映像を使用している点。ここでアイヒマンを俳優が演じてしまうと、演技を通して演出意図が透けて見えてしまう。"観客がアイヒマンを裁く"うえで公平な演出だ。

映画は大きくわけて2つの問題を投げかける。
ひとつは、組織の中で、思考を停止し命令に従っただけの行為をどうとらえるか?
もうひとつは、議論のあり方。自分の気に入らないことを指摘され、ヒステリックに罵倒された際、論争としてどう対応するか、である。

この種のテーマは過去、映画でもたびたび取り上げられている。とっさに思いつくものをあげてみると、まずひとつめ、上官の命令による思考停止については、最近、日本でも公開されたばかり、ストリップサーチいたずら電話詐欺を描いた「コンプライアンス 服従の心理」(2012 アメリカ)や、ナチス党大会記録映画『意志の勝利』を監督したことで”ナチの協力者”というレッテルが生涯まとわりついたレニ・リーフェンシュタールのドキュメンタリー映画「レニ」(1993 ドイツ・ベルギー)などがあげられる。

後者、論争のあり方については『マイケル・ムーアinアホでマヌケな大統領選』(2005 原題This Divided State)が秀逸。ブッシュが再選をかけた大統領選直前、超保守基盤で知られるユタ大学がマイケル・ムーアを講演に招くときの論争を描いたドキュメンタリー。変な邦題で損をしているが、"言論の自由とは何か"というテーマとともに、この手の論争時、起こりがちなあらゆる問題が露呈されており、実に見ごたえのある作品だ。

映画「ハンナ・アーレント」に話を戻しましょう。

 以下、全面的にネタバレしています。未見の方はご注意を!

「私は命令に従っただけ」
「私は部署の責任者。事務の一端に過ぎない」
「その仕事は私の部署ではありません」

無機質な答弁をくりかえすアイヒマンに対し、ハンナ(バルバラ・スコヴァ)は「ひどい役所言葉」と憤慨しつつも、アイヒマンが"自分の任務のことは熱心に語るが、ユダヤ人には無関心"なことに気づく。ハンナは"彼は想像していた人とは全然違っていた。極悪人ではなく、命令を無批判に受け入れるただの凡人。凡庸な悪は根源的な悪とは違う。"と結論づける。

ハンナの文章に対し、「アイヒマンを擁護した」「ホロコーストにユダヤ人が"協力"したなんてとんでもない」と批判が沸き起こる。沈黙を守るハンナに対し、友人のメアリー・マッカーシー(ジャネット・マクティア)は「きちんと反論したほうがよい」と助言する。ハンナは「まともな批判はひとつもない」「ただのヒステリーに何を反論するの」と意に介さない。だが、友人にまで自分の真意が理解されていないことを知り、反論することを決意する。

ハンナは裁判を傍聴している際にも「証言は(自分がどれだけひどい目にあったかを語るばかりで)アイヒマンと関係ないことばかり」と戸惑いを見せた。これは論争において多く見受けられる光景。自分が不利になる、自分が不快なことについて"ただの感情的な反論もどき"を繰り返す。相手の言い分は"挙げ足"をとるためだけに聞き、内容そのものを検討することはない。そして最終的には相手を"冷たい人間"とみなして終わる。

上官の命令に従っただけのアイヒマンはまさに"思考停止"した人間だ。「総統が死ねば、彼への宣誓から"自動的に"開放される」と言い放ったときにはぞっとした。だが、自分の立場を危うくするものにヒステリックな反論をしている人間もある意味"思考停止"をしているのではないだろうか?何せ、結論が先にある。本来、思考→結論となるべきはずが、結論→理由探しとなっている。弁護士や検察官にはなれても裁判官になれる人は少ない。

「××は出世しか考えていない」「そういう人が出世するんだ」というやりとりが出てくる。これもある種の思考停止だ。思考停止している人間ほど強く、怖いものはない。身近な例に落として考えると、明らかに理不尽なことであっても"上の決定だから"と上司に取り合ってもらえず、途方にくれた経験がある人は多いだろう。いくら反論してものれんに腕押し。何せ、相手は何も考えていないのだから。

「本当の悪は平凡な人間が行う悪。これを悪の凡庸さと名付けました。」
バッシング後、人前に出る決心をしたハンナが講義を行うラスト場面は圧巻。
そしてバッシングの原因となったユダヤ人自治組織の指導者について
「抵抗と協力の間にいた人は違う対応ができたのではないか?」と疑問を投げつける。
ハンナの毅然とした態度に聴講生は拍手を送る。だが、聞きにきていた友人のひとりが
「(ユダヤ人なのに)ユダヤ人を批判するなんて...」と絶望。
人種、歴史、宗教...こういう大きな壁を乗り越えて"公平な判断"をするのは並み大抵のことではない。
映画はハンナ礼賛では終わらず、この現実をきちんと提示することで、重い余韻を残し続ける。

 ユダヤ人指導者についてこういう人もいますのでご参考までに。ちゃんと"違う対応を試みた人"もいるんです!
ランズマン監督によるホロコーストのドキュメンタリー、カンヌ映画祭

自分自身の行動をみても、周りをみてもはっきり言うと"思考停止"だらけだ。
ふと、ネットの議論などをみるとよい。ただ悪口を言っているだけ。"思考"しているものがどれだけあるか?
先に結論ありき、は思考とは呼べない。
圧倒的な"思考停止包囲網"のまえに、一人の人間の考えなどは全くもって無力。
そんなことを感じたことは誰しもあるだろう。
だからといって、無力感にさいなまれ、皆が思考をやめたらどうなるだろうか?
大きな波にもまれ、気が付いたら自分に不利な状況に置かれる。
その時には"ヒステリックな反論"をするしかなす術がなくなる...。

思考停止している人間の大部分はその自覚がない。だから怖いのだ。平凡な人間が行う悪とはその無自覚さを言っているのではないか?
映画「ハンナ・アーレント」はそんなことを"考えさえて"くれる傑作だ。映画の最初のほうでニューヨーカーの女性編集部員が「哲学者は原稿の締め切りを守らないからいや」とぼやく場面がある。そう、考えることに締めきりなんてないんですよ!それが生きることなのだから、
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2013.12.07 Saturday | 21:27 | 映画 | comments(2) | trackbacks(2) |

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2018.09.16 Sunday | 21:27 | - | - | - |

コメント

映画のチラシのコピーに
「悪とは何か、愛とは何かを問いつづけた」と書いてるんですが、「愛とは何か」を問いつづけていましたっけ?
2014/01/01 11:31 PM by ふじき78
昔から映画会社には、愛をアピールしないとヒットしないという妙な思い込みがあるようです。いつのまにか"愛の映画"にされてる作品は他にもいっぱいありますよ(爆)。

2014/01/02 4:59 PM by moviepad

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