映画のメモ帳+α

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追悼 ドナ・サマー

追悼 ドナ・サマー

もともと、ドナ・サマーのことはあと数日後、このサイトで触れる予定だった。
ただし、映画記事の中の軽いトピックとして。
その映画とはもうすぐ日本でも公開されるウディ・アレン監督「ミッドナイト・イン・パリ」のこと。
「ミッドナイト〜」は売れっこ脚本家が婚約者とともにパリに旅行に出かけ、ふと立ち寄った社交クラブでジャン・コクトー、ヘミングウェイなど今はなきアーティストたちに遭遇。彼は1920年代のパリに迷い込んでしまった...というストーリーなのだが、

〜こういうシチュエーションってドナ・サマーの隠れ名曲「ディナー・ウィズ・ガーシュイン」をほうふつさせるよね!〜

みたいなことを書こうと思っていた。ここで書いてしまったので結局、映画記事内では触れていません。
その目前に何と...ドナ・サマーの訃報が届いてしまった。
2012年5月17日、米フロリダ州でがんのため死去。63歳、若すぎる。

ディスコ・ミュージックのアーティストというのは、かなり高い確率で一発屋が多い。
良くても二発屋か三発屋。飽きられるのが早い宿命をもつディスコ系歌手で10年以上、第1線をキープし、これだけのヒット曲を出したアーティストはドナ・サマーだけだと思う。

その理由は単純明快。彼女のクリアでかつ厚みのある声がディスコサウンドにぴったりだったからだ。
ディスコ・サウンドはそれほど高い歌唱力を要求されないため、アイドルも多数参入してくるのだが、聞き続けるとなるとやはり"声"がポイントになる。ドナ・サマーがディスコの女王として君臨し続けたのは、プロデューサー、ジョルジオ・モロダーの手腕も大きいが、やはり彼女の歌唱力、実力によるものだ。


 素晴らしかった横浜アリーナ公演

ドナ・サマーは日本びいきだったらしく、過去4回コンサートで来日している。
筆者は幸運にも1991年の横浜アリーナコンサートを観ることができた。

感想は...素晴らしいの一言。そして、とにかく楽しかった。今まで観に行ったコンサートの中で3本の指に入る満足度だった。客席はほぼ満員。横浜アリーナですよ!観客の年齢層はやや高め。(当時で)平均年齢35歳は超えていたように見える。「イッツ・フォー・リアル」が久々にヒットして日が浅かったというのもあるが、ドナの全盛期に青春時代をすごした大人が皆踊り狂っていた。いいコンサートだったな、素晴らしかった、うん。

何が素晴らしかったかって?まず、観客が自分に何を望んでいるのか、ドナが熟知している点だ。選曲も、山ほどあるヒット曲のオンパレード。出し惜しみなど一切なし。大物歌手の中には、アーティスト性とやらにこだわって自分の好きな曲を優先、ヒット曲は申し訳程度しかやらずライトなファンを困惑させる人も多い。ドナ・サマーにはそういうところが全くなかった。し・か・も。"Hot Stuff"など一連のヒット曲の大部分を、オリジナルよりテンポをぐっとあげていたのだ。当時43歳だった彼女。これはちょっとキツイはずなのだが...。テンポが早いことで観客はさらにヒートアップ!前述の「ディナー・ウィズ・ガーシュイン」、オリジナルはキーは低めで渋〜いポップチューン。本来、コンサートで盛り上がるタイプの曲ではないのだが、この曲もキーをあげ、かつテンポも速くしてダンサブルな楽曲に変えていた。もちろん観客はノリノリ。そしてボーカルは完璧。口パクなんてもちろんなし。歌はCDよりさらに上手く、パワフルな歌唱だった。凝ったセットも派手なダンスもないのだが、彼女の歌だけで十分楽しめた2時間。生ライヴの醍醐味を十二分に堪能させてもらった。ドナのMCはよく覚えていない。控えめでおとなしい人なんじゃないかという印象を受けた。だが、歌はエンジン全開!コンサート終了後、観客はみな、すっきりしたような満足感にあふれた表情をしていた。ドナ・サマーは超一流のエンターティナーであることを確信した夜だった。

 伝説のディスコ・クイーン

ドナ・サマーの曲をはじめて聞いたのはいつだったか?どの曲たっだか?
正直言ってよく憶えていない。日本で一番ヒットした「オン・ザ・レディオ」を"文字通り"ラジオで耳にしていい曲だな...と何となく思ったというパターンだったような気がする。

何しろ、ドナ・サマーは「ディスコの女王」耳に残るヒット曲がやたら多いのだ。
ビルボード総合チャートでベスト10入りした曲は以下のとおり 「」内は邦題 ""は原題

愛の誘惑」"Love to Love You Baby"(1975) ビルボード2位
 
"I Feel Love"(1977) ビルボード6位
最近ではマドンナがコンフェッションズ・ツアーの中でこの曲を披露しています。

ラスト・ダンス」"Last Dance"(1978) ビルボード3位 第51回(1978年)アカデミー賞歌曲賞受賞
あるインタビューで一番好きな曲は?と聞かれたとき、ドナが答えたのがこの曲。「ステージでこの曲をやらないとお客さんは私を帰してくれない」とうれしそうに語っていたという。ちなみにドナの訃報時、あのアレサ・フランクリンは"「ラスト・ダンス」を忘れることができる?彼女は素晴らしいパフォーマー、とても素敵な女性だったわ」とコメントをよせています。

アレサのコメント原文 "In the '70s, she reigned over the disco era and kept the disco jumping. Who will forget, 'Last Dance?' [She was] a fine performer and a very nice person."



マッカーサー・パーク」"MacArthur Park"(1978)ビルボード1位

ヘブン・ノウズ」"Heaven Knows""(1979) ビルボード4位

ホット・スタッフ」("Hot Stuff"(1979) ビルボード1位
ドナ・サマーのことを知らない若い人でも、これ聞いたことある!という人は多いでしょうね。映画などに使われたり、カバーされたり...。これぞディスコ・スタンダード!

バッド・ガールズ」("Bad Girls"(1979) ビルボード1位

ノー・モア・ティアーズ」("No More Tears (Enough Is Enough)"  with Barbra Streisand(1979) ビルボード1位
バーブラ・ストライザンドとの奇跡?のデュエット曲。
バーブラがドナへの対抗心丸出しで気合入りまくっているのが笑える。
まさに正反対の個性のぶつかりあい。バーブラの子供がドナのファンだったことから実現した企画だと言われている。レコーディング以外、公の場で2人が歌ったことは一度もない。てっきり超ビジネスライクなコラボと思いきや...バーブラはドナの訃報に関して「数か月前に会ったときは元気だったのに...。彼女と一緒に歌うのは楽しかった。驚異の歌声とすばらしい才能の持ち主。とても悲しいわ」というコメントを発表している。ドナ・サマーはアレサ・フランクリンもバーブラ・ストライザンドも認めざるをえないほどの才能の持ち主だったのだ。

バーブラのコメント原文." I was shocked to hear about Donna. She was so vital the last time I saw her a few months ago. I loved doing the duet with her. She had an amazing voice and was so talented. .. It’s so sad."

オン・ザ・レイディオ」"On the Radio"(1980) ビルボード5位
前述のとおり、個人的にドナを知るきっかけになった曲(たぶん)。日本人好みのメロディでしょ(笑)この曲がラジオから流れるとぐっときます。

ワンダラー」("The Wanderer"(1980) ビルボード3位

恋の魔法使い」("Love Is in Control (Finger on the Trigger)"(1982) ビルボード10位
当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったクインシー・ジョーンズプロデュースのアルバムからのファースト・シングル。当時、洋楽マニアの友人は「ドナ・サマー、絶対No.1になるよ」と豪語していましたが、結果は10位どまり。かわいくて、キッチュで、おサレな曲なんだけど...ドナのファンは彼女にこういう曲を求めていなかった?



情熱物語」("She Works Hard for the Money"(1983) ビルボード3位
この曲はドナがレストランで食事をしていたとき、疲れ果てていたウェイトレスから聞いた話をもとに作られた。今の時代に妙にシンクロする楽曲。ちなみにこのメロディ、河合奈保子の「UNバランス」という曲で見事にパクられています。びっくりしましたね〜、こんなに露骨に、正々堂々と...。

イッツ・フォー・リアル」"This Time I Know It's for Real"(1989)  ビルボード7位
ドナ・サマー最後のヒット曲。当時、ヒット曲を連発していたストック・エイトキン・ウォーターマン、プロデュース。アメリカのみならず、ヨーロッパでもヒットした。アルバムも「Another Place and Time」もストック〜が手掛けました。でもね...このアルバムが超駄作なんだな。ドナの声に打ち込みは似会わない。もうスカスカなアルバム。ドナ自身も満足していなかったのか、2曲目のシングル"I Don't Wanna Get Hurt" のPV出演を拒否。PVに歌手本人がまったく登場しない異例事態となりました。このコンビでもう一枚アルバムを作る企画があったそうですが、ドナが拒否し用意されていた楽曲はLonnie Gordonに渡ったそうです。この気持ちよ〜くわかる。ヒット曲こそ出たけれどアルバムはドナの黒歴史!?「情熱物語」あたりから徐々にすすめていた"脱ディスコ化"がこれでパーになってしまった。といっても「イッツ・フォー・リアル」は佳曲。この1曲だけにとどめておけば...。



 人気急落の原因は?

そんなドナ・サマーの人気に陰りが見えたのは...マドンナなど若手の台頭、ダンス・ミュージック自体が飽きられてきた風潮なども大きいが、それ以上に"ある事件"がきっかけだと言われている。

ディスコ系のシンガーは、ゲイ層のファンが支えているといっても過言ではない。ドナ・サマーの人気もゲイ・コミュニティが強く支えていた。ところが、ある日、ドナが「エイズはゲイに対する神の天罰である」と発言したと報道された。これにゲイ・ピープルは激怒、彼等はドナ・サマーから(同性愛に共感をしめす)マドンナに鞍替えしてしまった...。これが人気凋落の最大の原因というのが定説だ。

ドナ・サマーは記者会見で泣きながら、この発言を完全否定。根も葉もないデマとの見方が有力だ。芸能界って怖いですね〜。個人的には、彼女がそんな発言をしたとはとても思えないが....。ただし、ドナのさまざなな発言からみて、本当だろうと信じている人も少なからずいることを付け加えておきます。


 実績のわりに音楽的に評価されないのはなぜ...?

ドナ・サマーはグラミー賞を5度受賞している。

受賞
1978年度 Best R&B Vocal Performance (Female), "Last Dance"
1979年度 Best Rock Vocal Performance (Female), "Hot Stuff"
1983年度 Best Inspirational Performance, "He's a Rebel"
1984年度 Best Inspirational Performance, "Forgive Me"
1997年度 Best Dance Recording, "Carry On"

ノミネートのみ
1978年度 Best Pop Vocal Performance (Female), "MacArthur Park"
1979年度 Album of the Year, Bad Girls
        Best Pop Vocal Performance (Female), "Bad Girls"
        Best R&B Vocal Performance (Female), "Bad Girls"
        Best Disco Recording, "Dim All The Lights"
1980年度 Best Pop Vocal Performance (Female), "On the Radio"
1981年度 Best Rock Vocal Performance (Female), "Cold Love"
1981年度 Best Inspirational Performance, "I Believe in Jesus"
1982年度 Best Rock Vocal Performance (Female), "Protection"
1982年度 Best R&B Vocal Performance (Female), "Love is in Control (Finger on the Trigger)"
1983年度 Best Pop Vocal Performance (Female), "She Works Hard for the Money"
1999年度 Best Dance Recording, "I Will Go with You (Con te Partiro)"


素晴らしい実績じゃないか、と一見言いたくなるが、よくよく内容を眺めてみると結構眉唾ものなのだ。
それほど音楽性が幅広いと思えない彼女に対して、R&B、Pop、Rock、Dance Recording、そして今はなくなってしまったBest Inspirational(感動的な、鼓舞する) Performanceというわけのわからぬ賞まで幅広くノミネートされている。

5回の受賞歴を眺めてみよう。
R&B Vocal Performanceを受賞した"Last Dance"。まあ、これは素直に受け止めよう。
だが、Best Inspirational Performanceというわけのわからぬ賞が2つ。そして、Best Rock Vocal Performance を受賞した"Hot Stuff",Best Dance Recording,を"Carry On"....。一見まともそーだが、実は....これってともに新設第一回目の賞なのだ。やや信じられないかもしれないが、グラミー賞のロック部門は1979年度にはじめてつくられた。ドナ・サマーがロック? 違和感ありありだったが女性ロック部門はしばしのあいだ、人材難であった。方向性に血迷ったグラミーがとりあえず当時、売れっ子のドナにでもあげとけば無難だろうって感じで受賞させたっぽい。ドナの受賞後、パット・ベネターが4年連続、その後ティナ・ターナーが3年連続で受賞するような"人材不足"状態がしばし続いた。(2人とも素晴らしい歌手ですが)

1999年度の Best Dance Recordingも新設第一回めの受賞。ドナが久しぶりにジョルジオ・モロダーと組んだ"Carry On"。ダンス・ミュージック部門だし、ディスコの女王にでもあげとげば問題ないかな、って感じ。

5回の受賞中、積極的に実力を認められての受賞は1回しかないという印象だ。

ほとんどノミネートもされず受賞歴もないダイアナ・ロスやシェール(彼女はダンス・レコーディングだけかろうじて1回受賞している)に比べると、ドナのほうがきちんと評価されている気がするが...グラミー賞って息の長い活躍ができる女性歌手を認める能力に欠けている気がするのは自分だけだろうか?最近ではビヨンセなんか何度も受賞しているのに?(時代が違うため、比較するのはナンセンスだが)ドナ・サマーやダイアナ・ロスのほうがビヨンセよりもはるかに(後への)音楽的影響力が強かったように思えるが...。

田中康夫氏のベストセラー「なんとなくクリスタル」に、ドナ・サマーについて「音楽的成長がみられるか?」みたいな超上から目線記述があったのを覚えている。まあ、あの本全体がゲロ本だったけどね。

一番わかりやすいのが、この日本amazon(リッスンジャパンより転載されている)の紹介記事。
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ドナ・サマーは器用なヴォーカリストではない。いわゆる本格派ソウル・シンガー/ディーヴァの持つディープな味わいを彼女に望むべくもないが、素晴らしきバック演奏によって、その歌の魅力がキラキラと輝き始めるのである。
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何これ?ドナ・サマーは歌は下手だけど、"素晴らしきバック演奏"によって売れたんかい?
ただ、ドナ・サマーはディスコ歌手のレッテルを貼られ、"自称音楽通"から軽く見られていたのは否定できない事実だ。

ドナ・サマーという歌手に対する"微妙な評価"具合がもっともわかりやすいことがある。

ドナ・サマーは2008年、2010年、2011年、2012年と、あの"ロックの殿堂"(The Rock And Roll Hall Of Fame)に最終ノミネートまで残りながらいずれも落選している。※ちなみにロックの殿堂は過去、ABBAなども殿堂入りしており、音楽がロックである必要はない。

ドナ・サマーという歌手を評価するとき、声の魅力や歌唱力は評価するが、"ディスコの女王"というレッテルが邪魔をし、それ以上の評価をさまたげている。ドナ・サマーという歌手の声は、あまりにダンス・ミュージックに適しすぎたのだ。誰も彼女のバラードなど求めていないし(グラミー賞をとった"Forgive Me"はバラードですけどね)、あの張りと厚みがある声は他のジャンルだとやや違和感が残る。ダンス・ミュージックに関しては、今でも他の追随を許さない。ひとつのジャンルを極め尽くしたボーカリストに対して、音楽的成長だの、深みがどーのこーのなどと揶揄するのはナンセンス極りない。中途半端な"音楽的成長"、それらしき"深み"を醸しだして何となく評価されるより、ひとつのジャンルの頂点にたつほうがはるかに難しいはずだ。彼女の訃報を聞いた後、"ロックの殿堂"の選考者たちは生前の彼女を殿堂入りさせなかったことを悔やんでいるかもしれない。ドナ・サマーは2013年に殿堂入りが決まりました。もう遅いよ...。

 MY FAVORITE DONNA

筆者、実はドナ・サマーのCDを3枚しか持っていない。しかも2枚はベスト版。残り1枚のオリジナルは...そうクインシー・ジョーンズプロデュースの「恋の魔法使い」だ。アルバムタイトルの原題はずばり"Donna Summer”。彼女がいかにこのアルバムにかけていたかがよくわかる。

発売当時、「10年に一度の名盤」と評されていたのを見たことがある。宣伝用の誇張とはいえ、良質なアーバンポップアルバムであることは間違いない。R&Bあり、ロックあり、スタンダード曲あり、バリエーションに富んだ仕上がり。発売されて30年近くたつのに今でもときどき引っ張り出して聞いて居ります。

でも、自分がこのアルバムを好きなのは、自分がクインシーのアルバム「愛のコリーダ」をいたく気に入っていたことも関係しているかもしれない。半年かけてレコーディングされた当作、クインシーとドナの不和が伝えられ、ドナはインタビューで「時々、これは私は歌っているだけで、(私ではなく)クインシー・ジョーンズのアルバムじゃないかと思うことがある」と答えている。

ファースト・シングル「恋の魔法使い」はヒットチャート10位までしかあがらず、当時のドナの人気を考えると失敗に近い結果だった。続く、"State of Independence"、"The Woman in Me"もスマッシュヒットに終わり、アルバムの売り上げupに貢献できなかった。
ベルギーと日本でのみ、ブルース・スプリングスティーン作"Protection"がシングルリリース。

いいアルバムなんですけどね。(当時のドナとして)商業的成功とは言い難い結果に終わってしまいました。原因は...ドナ・サマーにファンが求めていたものと違っていたからとしかいいようがない。ラストのjazzスタンダード"Lush Life"はジョニー・マンデルのストリングアレンジも冴えわたりドナの"歌手"としての潜在能力を見事に引き出しているんですけどね。

もうひとつ、ドナには隠れ名曲がある。それが記事冒頭で少しふれた「ディナー・ウィズ・ガーシュウィン」"Dinner with Gershwin"。(1987)"Piano In The Dark "のヒットで知られるブレンダ・ラッセルの曲。この曲を聞いたドナがブレンダに「この曲を私に歌わせて」と頼み込んで実現したという。

※ 貴重なlive動画。これ、何で売れなかったの?


〜ガーシュインとディナーを楽しみたい
 レンブラントのスケッチが見てみたい
 ピカソとデートしたい

無理でしょうね。でも出来るだけ近くにいればあなたの苦しみが私にも伝わる
あなたの偉大さに触れれれば私の幻想の輪が完成するの...〜

と偉人、アーティストへの憧れを歌った楽曲。アーバンで粋でかわいい曲。でも...売れませんでした。イギリスでは13位まであがったものの、米ビルボードでは48位までしかあがらず、top40入りを逃してしまった。youtubeのコメント欄とかみると、この曲好きな人結構多いようでうれしい。後日、作曲者のブレンダ・ラッセルもセルフ・カバーしています。(本家版もよかったけど、ドナバージョンのほうが好きです)

ドナ・サマーは「情熱物語」あたりから徐々に"脱ディスコ"を模索していた。だが、ファンが求めているのはあくまで"ディスコの女王"ドナ・サマー。商業的には苦しくなってきた。だが、それはイメージチェンジをはかりたいアーティストとして避けられない道だったと思う。妊娠やレコード会社移籍のトラブル、例の"天罰発言騒動"などもあり、アルバム"Cats Without Claws"(1984)や"All Systems Go"(1987)は大コケ、ドナには逆風が吹き始めていた。そして前述のストック・エイトキン・ウォーターマン、プロデュース、"Another Place and Time"(1989)を発売。ヒット曲も出て、セールス的にはやや持ち直した。

だが、個人的に思うに"Another Place and Time"でストック・エイトキン・ウォーターマンと組んでしまったことがドナの音楽キャリア最大のミスチョイスだと思う。とてもディスコの女王ドナ・サマーが歌うべき楽曲群ではなかった。このアルバムはレンタルかFMラジオの特集で聞いたが、買わなくてよかったと思いましたもん。"This Time I Know It's for Real"だけは大好きで飽きるほど聞いたが、他は全部ダメ。詞もメロディもアレンジも...退屈で単調でバカみたいな曲のオンパレードだった。「恋の魔法使い」のようなアルバムを作れた歌手が何でこんなゴミを出すの...?唖然としたのを今でも憶えている。セールス的には持ち直しても(もともと高くなかった)ドナ・サマーのアーティストイメージをさらに下落させたように感じる。2年後、ドナは「Mistaken Identity」という意味深なタイトルの新作アルバムを出したが...なんと全米アルバムチャートTOP200に一度もランクインしない大惨敗。200位にも入らないのはデビューアルバム以来のことだった。大スター、ドナ・サマーはここで地に墜ちた。これは前作「Another Place and Time」があまりにも酷かったため、往年のファンが完全に離れてしまったからだろう。ダンサブルなら何でもいいってもんじゃありません。女王時代は(知っている限りでは)こんな安っぽい曲なかったです、はい。

 Inspirational Performance!

1994年にクリスマスアルバムを出した後、ドナ・サマーはアルバムを出せずにいた。2008年、何と14年ぶりの新作アルバム「Crayons」を発表。全米アルバムチャート最高17位を記録した。(英国では5位)シングルカットされた4曲は総合チャートには入れなかったが、ダンスチャートでは"I'm a Fire"、"Stamp Your Feet"、"Fame (The Game)"の3曲がNo.1を獲得、ドナにはまだ根強いファンがいることを立証。長いスランプの後、ようやく追い風が吹き始めていたときにドナは亡くなってしまった。病気をおして新作のレコーディング中だったという。




ドナの訃報に関して、前述のアレサ、バーブラ以外に多くの大物が追悼コメントを発表している。「彼女の声は忘れられない」と語ったオバマ大統領をはじめ、エルトン・ジョン、グロリア・エステファン、ライザ・ミネリ、ドリー・パートン、ディオンヌ・ワーウィック、ジャネット・ジャクソン、グロリア・ゲイナー....その中でクインシー・ジョーンズの言葉が一番端的に彼女を表現していると思う。

"Rest in Peace dear Donna Summer. Your voice was the heartbeat and soundtrack of a decade."

親愛なるドナよ、君の声はハートビート(鼓動)だったし長年のサウンドトラックだったよ」

heartbeatは「心臓の鼓動、心拍 心臓部、生命力」という意味をもつ。
グラミー賞でBest Inspirational(感動的な、鼓舞する) Performanceという、基準がよくわからない賞を2度も与えられたドナ。

そう、ドナ・サマーの歌声はまさに鼓動となって人々の心を揺さぶり続けた。
「ディスコの女王」これはドナにはじまり、ドナで終わる。彼女だけに与えられるべき称号だ。
今でも横浜アリーナでのパワフルなステージを思い出す。
ドナ、素晴らしい歌声を今までありがとう!Rest in Peace。
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2012.05.20 Sunday | 03:42 | 音楽 | comments(0) | - |

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2017.05.25 Thursday | 03:42 | - | - | - |

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