映画のメモ帳+α

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八神純子 SONGS

八神純子
ビクターエンタテインメント
¥ 10,096
(2009-03-18)

ある日、テレビを見ていたらNHKで『思い出のメロディ』が再放送されていた。風見しんごがかなり無理なダンスで『僕、笑っちゃいます』を歌おうが岩崎宏美がコロッケの呪いをふりほどいて『シンデレラ・ハネムーン』を歌おうが渡辺真知子が♪現在、過去、未来〜♪を歌おうが何とも思わないのだが、ある人の登場に目が点になった。ヤガミジュンコ!なぜ、なぜ、なぜ、アナタがココに???そう、70年代後半から80年代前半にかけてヒット曲を連発したあの八神純子である。てっきりアメリカに行ってしまった人だと思っていた。そんな人がなぜ究極の純和風ナツメロ番組『思い出のメロディ』に出てるの?そんな思惑ももろともせず、八神さんは相変わらず余裕にあふれたステージで大ヒット曲『みずいろの雨』『パープルタウン 〜You Oughta Know By Now〜』の2曲を貫禄たっぷりに歌い上げた。驚いたのはあのクリアなハイトーンに衰えが感じられないこと。原曲のキーを下げて歌うこともなかった。違和感たっぷりだったが、よく考えたら元々八神サンってかなりフットワークの軽い人だったな。最近でも物まね歌合戦に出たりしてるし....このワタシがこんな番組に!なんてチンケなことは考えない器の大きい人なのでしょう。

八神純子が大活躍していた時期は『ザ・ベストテン』など歌番組の全盛期。「一曲では自分の世界を表現できない」などを理由に"ニュー・ミュージック"と言われる歌手の多くがテレビ出演を拒否していた。そんな最中、八神純子は積極的にテレビ出演し『思い出は美しすぎて』『みずいろの雨』『想い出のスクリーン』『ポーラスター』、『パープルタウン 〜You Oughta Know By Now〜』、『Mr.ブルー〜私の地球〜』...文字通りヒット曲を連発した。このあたりは特定の世代なら誰でも知っている曲でしょう。ああ昔はよかったのお。

ちなみに純子さん、あの宮崎美子にも『no return』という曲を提供しています。だめですよ!美子チャンが"ノー●リーン"に見えるなんて言ったら。あと河合奈保子に『コントロール』で曲のみ提供。コレ、忘れてました。八神さんっぽくない曲ですね。『no return』は強烈だったため憶えていましたが...。


だが、『I’m A Woman』あたりから曲がロックテイストが入ったダンサブルな曲がふえ、曲調もより洋楽っぽくなり、ファンが離れていった。『恋のマジックトリック』はあのルパート・ホルムズの作品だし。起死回生?とばかりに『パープル〜』と同じJALCM曲『サマーインサマー』を出すも人気は戻らず。(いかにもCMソングって感じですが今、聞くといい曲です。何より声が無茶苦茶セクシー)それで開き直ったのか?『恋のスマッシュ・ヒット』は前編英語...それにしてもヒットが出なくなってから"I just wannna make a hit wichoo”と歌うなんて(笑)。グラミー賞もとる、なんて歌詞も出てきますよ、自作の歌詞じゃありませんがね。最後のオリコンtop100ヒットとなった『チーター』なんて完璧に洋楽メロでしたね。ニホンじゃこんなの絶対売れないよ(爆)。

『パープルタウン』の盗作騒動でイメージダウンしてしまったことも人気下降の原因でしょう。八神サイドからは何の説明もないまま、クレジットに作曲者名を入れタイトルに〜You Oughta Know By Now〜を入れることであっさり和解してしまったことが逆に悪かったのかも。当時はネットなどもなかったから詳細が分からずじまい。だが、今、このことに対して、音楽ファンからは疑問が次々寄せられている。参考。憶測ばかりで真相はわからぬまま。だが、ケチがついた後でも本人は平気で歌い続けていることもあり、実際は大騒ぎするほどのことではなく、関係者と過去に何らかの接触があって、本当に単なるクレジットもれだったのでは?と思っている。

さて、本題です。『思い出のメロディ』だけじゃとりあげませんわ(爆)。
少し前のことになるが、10月13日、八神純子さんはまたまたNHKの『SONGS』に出演しました。
こちらは単独出演、『思い出は美しすぎて』、『みずいろの雨』、『ポーラスター』、『パープルタウン 〜You Oughta Know By Now〜』、『Mr.ブルー〜私の地球〜』そしてボサノバ調にアレンジした大人っぽい『想い出のスクリーン』...ヒット曲がたっぷり聴けて大満足でした。『想い出のメロディ』のときも思ったのですが、あのクリアボイスを今でも維持していることに改めて驚き!今聞いても全然古さを感じないし、リアルタイムで知っている人が観ても全く違和感のない、素晴らしい歌唱でした。



「母が洋楽が大好きで、映画も洋画ばかり観ていた。その影響で映画音楽をしょっちゅう家の中で聞いていた憶えがありますね」なるほど、八神さんの洋楽志向はこんなところからきているのですね。八神純子は名古屋にある音楽教室に通い始めます。第8回ポピュラーソングコンテストつま恋本選会で優秀曲賞に輝いた『雨の日のひとりごと』は習いたてのコードを使って、学校のテストの最中に書いたそうです、いやはや。(そのテストは何点だったの?)

八神純子はポプコンではグランプリこそとっていないものの、第8回、第9回と連続で入賞。
ホテルの部屋で八神純子、渡辺真知子、そして中島みゆき!が枕投げをして遊んだと言われるのもこのころ?(3人ともまだアマチュア...すごい顔触れだ)それにしてもポプコンってグランプリこそ一発屋乱造機になってますけど、(磨香の『冬の華』、カルト曲扱いとなっているコンセント・ピックスの『顔』はすごく好きだった...)過去の入賞者はそーそーたるメンツですね...。参照 ヤマハポピュラーソングコンテスト



チリの音楽祭に出演したときのイメージが強烈で、ボサノバの曲を出したいと思ったのがデビュー曲の『思い出は美しすぎて』。あなた、遠い人〜♪ これでチリで出会った人のことだったんですね。この曲は11.5万枚を売り上げるスマッシュヒットとなり、順調なデビューを飾りました。ところが、2曲目は他人が作った『さよならの言葉』を唄わされ、これが売れず...。「これで名古屋に帰ることになるのかな、と思っていたらもう一枚作れる、ということでみずいろの雨ができたんですね」えっ、1曲目が売れたのに2曲目がコケただけでだめなの?何と厳しい世界!「私はアマチュア時代、コンサートの経験がなかったため、楽曲のストックがありませんでした。今度作る曲が最後になるかもしれない。私はプレッシャーを感じながら毎日曲作りのことを考えていました。次の曲はデビュー曲と同じラテンでいきたいと思っていました。そんなある日、チリに行ったときの風景を思い浮かべながら原宿の街を歩いていました。交番の前にある歩道橋を渡っているときにあるフレーズが出てきたんですね。曲って本当に思っていないときにふっと...だから作ろうと思って曲を作ってもいいものができないのね。だけど潜在意識の中で耐えず曲を作ろう、作ろうとしているところが働くといい曲がほっと生まれる。まるでそこにたまたまメロディが待っててくれてそれを束でとったようなものがみずいろの雨のサビの部分で...」そこでみずいろの雨を披露。この曲をはじめて聞いたときのインパクトは強烈でした!1回聞けば覚えられるというか...。個人的に八神純子の曲の中では『みずいろの雨』が一番好きですね。

みずいろの雨はオリコン最高2位、58.8万枚を売り上げる大ヒットとなり
「この曲がヒットしたおかげで私は音楽を続けることができました。シンガーソングライターとして私に自信をくれた曲です。このころの私は曲をひたすら曲を書き続けヒットさせることに没頭していました」

このあと、『Mr.ブルー〜私の地球〜』、『ポーラスター』、『パープルタウン 〜You Oughta Know By Now〜』をメドレーで披露。

その後、「このころ、曲は次々ヒットしましたが、本当に自分の作りたい音楽ともギャップに悩んでいました。ヒット曲というのは、ある意味頭を使って書いていたところがある。もっと自然に、みずいろの雨のサビが出てきたような、自然な気持ちで曲は作るべきだということもあったのでね、そういう意味で葛藤があった。他人がいいという曲ほど(強調)自分はいいと思ってなかったのね」とコメント。ということはこの3曲八神さん自身はあまり気に入っていない、ってことなんですね(笑)

その後、アメリカへの留学、前編英語詩のアルバム『恋のスマッシュヒット』リリース、ジョン・スタンレー氏との結婚、アメリカ移住、子育て...などについて触れ今年、岩崎宏美のアルバムのレコーディングに参加したことなども紹介されました。(7年ぶりのレコーディングだとか)なるほど、『思い出のメロディ』に岩崎宏美や渡辺真知子が出ていたのは純子サンのためだったんですね。そして"アメリカの音楽仲間からとてもよい曲だと褒められた"『思い出のスクリーン』で番組は終わります。




ところで、八神純子といえばいつもYAMAHAのキーボードを弾きながら余裕たっぷりに歌っている、というイメージがあります。若いときから貫禄があったというか(笑)。ところがエッセイ集『探しものは心の中に』を読むとこんなことが書いてあります。

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ツン、としている、お高くとまっているー当時、私はこう言われていた。テレビ出演も好きではなくて、歌番組で歌手が集合してわいわいおしゃべりするときも、ひとりでぽつんとしていることが多かった。(中略)私はお高くとまっていたんじゃない。自分の居場所が見つからなくてナーバスになって、身構えていただけなのだ。(中略)一方で、所属している事務所にとっては優等生。プライベートな時間が少しもないのに、わがままを言わずに決められたスケジュールをこなしていた。仕事とはこういうもの、そんな風に思い込んでいた。
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アメリカ移住に対しても

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29歳になったとき、私はジョンと日本を離れることにした。アメリカに移住する歌手と音楽プロデューサーの夫。他人から見たら大きな飛躍に見えるかもしれないが、実際はまるで違っていた。仕事のあてなんて何もない。それでも日本を出なければならない。そして、もう二度と帰ることはできない。こんなせっぱつまった、悲しくて、心にスポっと穴があいたような空虚な思いでいっぱいだった。
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これはかなり意外。『SONGS』の中でも夫と経営する音楽スタジオの経営がうまくいかず苦労したことをチラリと話していましたね。アメリカでは子育てを優先し、音楽の仕事は日本に里帰りしたときだけすることにしたそうです。

アメリカ移住後も、1990〜2000年までは毎年帰国してコンサートやディナーショーをやっていた(日本に出稼ぎにきてたんですね)ようですが、2001年以降、日本でのライブは行われていない。そんな八神純子が『思い出のメロディ』に出ている。実に不思議な気分だった。アーティストと呼ばれる人なら誰でも、自分の出世作を嫌う傾向があるようです。イメージが固定されてしまい、違うことがやりたくても周りは皆、ヒット作の面影を求める。そんな状況に苦しんだ人たちも、時がたつにつれ過去の栄光を素直に受け入れるようになる。今の八神純子はまさにそんな状態ではないでしょうか?

少し話をそらします。
ここは一応、映画ブログなんですが、今の映画をめくる状況というのは(自分の知る限り)過去最悪のような気がします。ハリウッド映画は安易な続編やリメイクが横行、邦画はドラマや人気漫画の映画化ばかり、ミニ・シアター系の映画は"真冬の時代"で良質な映画でも劇場公開されない...。

でも映画よりさらにひどいジャンルがあります。
それが音楽業界。

ダウンロードが主流になったこともありCDの売上が激減。洋楽マニアのたまり場だった渋谷のHMVが閉店なんてニュースもありましたね。一部の売れるアーティストは酷使されるのか、最近では"歌姫"と呼ばれる歌手の病気療養、休養宣言が相次ぐ始末。そんな音楽業界が今、密かにターゲットにしているのが(好きな言葉じゃないけど)アラフォー世代。そう、八神純子が活躍していたころに青春時代を過ごした人たちです。あるミュージシャンが「今、カバーアルバムとベストアルバムを嫌がったりするとレコード会社とは契約してもらえない」と嘆いていたらしいですが、最近のカバーアルバムの乱立はまさにこれが背景にあると言えるでしょう。

カバーなどでとりあげて評判がいいのは、これまた八神純子が活躍していた時代、1970年代後半から1980年前半くらいの曲なんだそうです。その後の"渋谷系"などをとりあげても全く無反応なんだとか。この傾向を単なるナツメロ趣味といぶかしがる人もいるでしょうが、それは微妙に違うかもしれない。この時代は前述のとおりTVの歌番組全盛期で、ヒットチャートの中で八神純子をはじめとした"シンガーソングライター"の曲と、職業作家の手による歌謡曲がうまく共存していた。ラジオの音楽番組も充実しており、前述のポプコンも隆盛を極めていた。良い曲がピックアップされるチャンスは今よりはるかにあった!今やプロの作詞家、作曲家の活躍の場は演歌ぐらいで、ミュージシャンたちの作る曲は、情景描写がほとんどない、凡庸なメッセージソングばかり。見てくれがよくて歌えて(というより声がよく出て)、踊れる人を見つければ曲なんてそこそこの出来でも売れる。その結果、歌詞は陳腐となり、音楽的な新しさはほとんどない。CDがたくさん売れた曲はあっても、老若男女誰もが知っている"ヒット曲"はここ数年ほとんど出ていない。これじゃ、大人の音楽好きはナツメロに走ります。

話を八神純子に戻します。『SONGS』を観ていると、八神純子はソングライターであるよりもまず歌手であることに気がつかされます。前述のエッセイ集でも
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当時の私にとって歌が唯一の表現の場だったのだから。
ステージではもちろん、リハーサルで歌うときも、うれしくてしかたがない。
歌をうたっているときだけが、安らいだ気分になれたのだ。
自分にとっては歌がすべて
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という記述があったし、番組の中でも「新しい作品も作っていきたいけどまずライブをやりたい」と語っていた。八神純子が今でも日本で屈指のボーカリストであることは番組を観た人なら皆、認めざるをえないところだ。『SONGS』放送後、ベストアルバム(tsutaya限定、999円のものでしょうね)がオリコンのtop100以内にランクイン。番組の反響がよかった証拠でしょう。それにしても『思い出のメロディ』『SONGS』とNHKづいている純子サン。うーん、紅白のニオイがぷんぷんしますな〜(笑)。出演すれば間違いなく"目玉"となるでしょう。まあ、それはなくても八神純子再評価の機運はこれからますます高まりそうな予感がします。もし八神淳子が"時流に乗って"カバーアルバムを出すなら前篇ボサノバタッチで(日本人にはボサノバファン、まだまだ多い!)セルフカバーとボサノバの名曲を織り交ぜたようなものを作ると面白いんじゃないかな。
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2010.11.21 Sunday | 02:06 | 音楽 | comments(2) | trackbacks(0) |

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2017.03.26 Sunday | 02:06 | - | - | - |

コメント

moviepad様
当時、歌番組に出ていた八神純子さんの歌声は素晴らしかった。コッキ―ポップも聞いておりました(年齢が年齢ですから)。八神さんのボサノバ、良いと思います。
今、こんなに、音楽があふれているのに、はやりうたが心に残りません。発信する側から何も届かないのです。私が遠く離れてしまったのかと思ったりもするのですが、当時の歌が流れると、つい口ずさんでしまう者としては、ナツメロを抱えているだけ では淋しい…

>今の映画をめくる状況というのは〜
映画に詳しくない私でもそう思います。近所のシネコンの上映作品ときたら…(最近は涙を通り越して怒に近い)。
来年、原作がとても好きな、「私を離さないで」が市内で上映されますようにと願っています。
2010/11/21 8:26 PM by パール
パールさん、こんばんわ。
八神純子さんの歌声は今も健在でした!
コッキーポップはあまり聞いてませんでした。
音楽に関しては最近のものでいいと思うものはほとんどないですね。
"ついていけない"のであればまだいいのですが、
作文みたいな詩にどっかで聞いたことがあるようなメロディ...
単純に面白くない!んです。
ほんと、ナツメロを抱えているだけ では淋しい…です。
知らないナツメロを探すか!(爆)

「私を離さないで」は面白そうですね。
んー、でも映画業界は音楽業界よりは遥かにまともだと思います!
良い作品にスポットがあたるチャンスもまだまだ残されていますので。
2010/11/22 12:09 AM by moviepad

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