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プレシャス

プレシャス(2009 アメリカ)

プレシャス原題   PRECIOUS: BASED ON THE NOVEL PUSH BY SAPPHIRE
監督   リー・ダニエルズ
原作   サファイア
脚色   ジェフリー・フレッチャー
撮影   アンドリュー・ダン
音楽   マリオ・グリゴロフ
出演   ガボレイ・シディベ モニーク
      ポーラ・パットン マライア・キャリー
      シェリー・シェパード レニー・クラヴィッツ

第82回(2009年)アカデミー賞助演女優(モニーク)、脚色賞受賞。作品、監督、主演女優(ガボーレイ・シディベ)、編集賞ノミネート

いい意味で期待を裏切られた作品だった。
プレシャス』はサンダンス映画祭とトロント国際映画祭で観客賞を受賞し、アカデミー作品賞にもノミネートされた話題作。激太りで読み書きもできない、母親からも虐待される黒人少女の話というからてっきり、激情ほとばしる、コテコテお涙頂戴物語だと思っていたのだが...。




原作者は1950年生まれの作家、詩人のサファイア。黒人でレズビアン、実際にハーレムの代替学校で教師をつとめた経験があり、それをもとに小説を書き上げた。そこで出合った生徒たちには、この映画のプレシャスと同じ境遇の人がたくさんいたという。サフィイアは、映画ではポーラ・パットンが演じたレイン教師の役に自分自身を投影しているのだろう。

そのサファイアが1996年に発表した小説が”push“。全面的に主人公プレシャスのひとり語りという形式で綴られた物語は、字面からも少しずつ文字を覚え、精神的に強くなっていく有様が感じ取れる、という異色作だった。『プレシャス』はその”push”の映画化であり映画のタイトルも当初は"Push: Based on the Novel by Sapphire,"と予定されていた。だが、同時期に公開されていたpush(邦題は『PUSH 光と闇の能力者』)との混同を避けるため、タイトルが”Precious: Based on the Novel Push by Sapphire”に変更され、映画に合わせて原作のタイトルも変更されるという珍しい現象が起こった。

Pushとはまさに、この物語にふさわしいタイトルだ。
Pushとは”押す、前進する”のほか、(出産の際)力む、気張る、人に無理強いする、という意味もある。まさにこの物語にふさわしいタイトルだろう。両親からpush(無地強い)され、12歳でpush(いきむ)せざるをえなかった。だが、レイン教師らのpushのもと自分の心をpushしていく少女の話だからである。

そして変更後の”プレシャス(precious)”とはまずガボレイ・シディベ演じる主人公の少女の名前。かつ”尊い、大切な”という意味の英語である。子供を愛すること、文字を覚え自分を表現すること、そして自分自身のプレシャスな威厳はどんな環境に置かれようとも決して奪えないことを自覚する。こちらもこの映画にふさわしい題名である。2つのタイトルのどちらにしても映画のテーマがきちんと浮かび上がってくる、非常に奥深い物語だ。

ユニークな場面があった。プレシャスがソーシャル・ワーカーに「あなたはどんな人種なの?黒人とかスパニッシュとか?」と尋ねる場面がある。ここでソーシャル・ワーカーは「さあ、どうかしらね」とはぐらかす。このソーシャル・ワーカー、ワイスを演じているのがマライア・キャリーというのがみそ。マライアにはアイリッシュ、黒人、ベネズエラの血が混ざっており、そのせいで、小さい頃苛められたという。ワイス役は当初、ヘレン・ミレンが演じる予定だったが、クランクイン2日前に降板したため、急遽マライアがピンチヒッターとして起用された。原作にはないシークエンスで、マライアの出演が決定した時点で書き加えられたのではないか?と思う。この映画が"マイノリティ"の物語であることをさりげなく印象づける場面だ。監督のリー・ダニエルズもゲイを公言している人である。

時折ファッションモデルになっている、プレシャスの姿が挿入される。映画ではよく”妄想場面”が挿入されるが大抵の場合、突如PVに切り替わったような感を与え、物語の流れを遮断してしまうことが多い。だが、この映画では"妄想場面"はすぅーと出てきてすぅーっと消える。妄想場面が浮きあがることなく、主人公プレシャスの意識の流れを、自然に描き出すことに成功している。映画『プレシャス』は物語枠組だけをとれば、実に悲惨な話なのだが、それを観客に媚びるように訴えたりはしない。主人公プレシャスの意識の流れを感じさせるような、抑制された演出はプレシャスが自分の置かれている境遇を冷静に(あるいは醒めて)受け止めていることをよく示している。また、プレシャスのような境遇に置かれた子はどこにでもいる。これは現実であり、特別なことではないということを示すためでもあるだろう。原作者のサファイアは「(監督は)とにかく原作に忠実にやりたい、と言って、驚くほど細かい点まで尋ねてきた」と語っている。抑制された演出は、原作が主人公プレシャスのひとり語り形式がとられている点に極めて忠実な表現形式だと思う。

予告編でも流れ、映画のテーマソングのようなメアリー・J・ブランジの"Destiny"で繰り返されるサビの部分がふと思い浮かぶ。この曲は彼女のアルバム"ノー・モア・ドラマ"に収録されている曲で映画のための書き下ろしではない。(映画サントラにも未収録)メアリーはこの曲とは別に新曲"I Can See In Color"を提供しているのだが、この”Destiny“のほうが映画にしっくりくる。

〜Searching for my destiny
I search for what makes me happy
Lost in what others thought of me
I’ve gotta be happy, finally happy.〜

ずっと自分の運命を探してきた。何が私を幸せにしてくれるのか?
他人がどう思おうと、私は幸せになった。
ついに幸せになった。

この"幸せ"とは物資的なものでも、環境的なものでもない。
内面の変化のことである。

プレシャスは生まれながらにして幸福を知らないかのように見える。だからといってそれを年中悲観しているわけではない。映画は主人公プレシャスがフリースクール(代替学校)教師レインらの助けを借りて、文字を書くことを覚え、自意識を確立するまでを描いている。文字を書くことで自分を表現することを覚えたのだ。それで彼女はいっそう"希望"をもって生きるようになった。夢想のような希望とは違う。内面の葛藤により勝ち得た"希望"である。フリースクールの教室が木漏れ日がさすようなライティングがされている。ほのかな希望の光の象徴にように見えたのは気のせいだろうか?

モニーク演じる鬼母メアリーは “自分を愛してくれる人"を失ったショックから立ち直れない。娘ですら"自分の男を寝取った”という言いがかりをつけ、本来、愛すべき娘を虐待してしまう。「おまえの行くところは学校じゃない。福祉課だよ」と言い捨て、娘の人生の可能性をすべて握りつぶそうとする。母は自分の人生に希望を見出すことに失敗した。だが、娘プレシャスはそうはならなかった。だが、そんな彼女に容赦なく、通常なら生きる希望を失うような困難が降り注ぐ。それでも彼女は光を見ようと努力する。

希望とは誰かに謳われるものではない。与えてもらうものでもない。人間が生きている限り、希望は必ず"自分の心"に潜んでいる。希望をもてる、もてないは環境ではなく、自分との向き合い方で決まる。
映画『プレシャス』はそんなことを静かに語りかけてくれる傑作である。
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2010.04.12 Monday | 00:04 | 映画 | comments(10) | trackbacks(4) |

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2018.11.21 Wednesday | 00:04 | - | - | - |

コメント

この映画、観たいと思っているので、
記事は後で読みます。
うーん、楽しみ
2010/04/18 7:31 PM by
ストーリーを追うタイプの作品ではないですし、
この記事に関しては、事前に御読みいただいてもそれほど実害はないと思います(笑)

××さんと想定される名無しさま、大変申し訳ないのですが、
この種のコメントは今後、ご遠慮ください。

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2010/04/19 6:59 PM by moviepad
こんにちは。
この"幸せ"とは物資的なものでも、環境的なものでもない。内面の変化のことである。
まさに、そのとおりだと思います。
いやぁ、なんだかんだと言っても、人間にとっては、心の変化が大切なんですよね。
母親とプレシャスの対比が、自分自身の強い心と弱い心を表してるような気がして、ゾクゾクっとしてしまいました。
2010/04/25 11:44 PM by
この映画は、幸せになることを"自分で決めた"少女の話。
表面的な環境がそれほど好転したわけではない。

こんな文学的な題材が見事な映画にしたてあげたリー・ダニエルズ監督に脱帽です。
あと1本傑作をとれば、"黒人初のアカデミー監督賞"は彼にいくでしょう!
2010/04/26 12:20 AM by moviepad
お久しぶりです。
マライア・キャリーがピンチヒッターだったとは意外ですね。かなり早くから「確信」をもってキャスティングしたものとばかり思っていましたが。

前半からプレシャスが母親を見下ろす場面がいくつかあって(階段の上からみおろす、座っている母親を立っている彼女が見下ろす)、母親とは異なる生き方を見出す結末が示唆されていたように思いますが、その過程がまさに「静かに」描かれていて良い作品だと私も思いました。

>この映画では"妄想場面"はすぅーと出てきてすぅーっと消える。妄想場面が浮きあがることなく……
……私も妄想場面の挿入のしかたには感心しました。映画をみるときには事前に人のブログ記事を読まないようにしていますが、それにしても、moviepadさんとは同じような場面に同じような感想を抱いてしまうことが少なからずあって、面白く思っています。
2010/05/07 7:18 PM by syunpo
syunpoさん、お久しぶりです。

マライア・キャリーはピンチヒッターとは思えないはまりぶり。見事"タダのオバチャン"になってました。以前、監督のリー・ダニエルズがプロデュースした『Tennessee』という映画にマライアが出演していた縁で頼んだのだと思われます。マライアは出演が決まる前から原作を読んでおり、かつ監督が「しゃべり方も服装もすべて変える。言うこときかなかったら降ろす」とマライアを脅したため(爆)スムーズに言ったのでは?

主役は素人だし、ほかのキャストも(他分野では大物ですが)映画の実績に乏しい人ばかり。このキャストからこれだけの名演を引き出したリー・ダニエルス監督はタダモノじゃない!映画はやっぱり監督で決まるんだな、とつくづく思いました。

syunpoさんと意見が合うと、うれしく心強く思います!


原作はプレシャスの日記形式で描かれており,後半、彼女が文字を覚えていくにつれて文章がだんだんまともになっていく,読み進めていくだけでプレシャスの成長ぶりがわかるという超技巧ものです。それを映画で表現するのはさすがに無理ですが、演出の巧みさでばっちりカバーしていました。例の妄想場面が非常に効果的に使われてます!

本来、空想ってふっと表れて、ふっと消えるものですよね。にもかかわらず、映画での妄想場面描写の大部分は、突然場面が切り替わり、ふと我に返って現実に戻るというパターン。妄想場面が物語の流れが遮断してしまうんですが、この映画ではそれがない。よって観客も主人公への感情移入が途切れずにすむ。本当、見事です。

脚色も素晴らしい!主人公が幸せになる"出来事"が起こるわけではない。非常に文学的な語り口の物語をきちんと映画にまとめあげた手腕は脱帽です。マライアの場面やラストのモニークのセリフなど原作では明確にうたわれていないものをはっきり提示している。それでいて原作を損ねておらず、むしろ深めているような印象すら受けました。

脚色を手掛けたジェフリー・フレッチャーがアカデミー賞を受賞した時
原作者のサファイアが客席で大泣きしてました!

2010/05/08 1:35 AM by moviepad
moviepad様
2か月以上前に
>イチ押し!
と勧めて頂いた『プレシャス』。やっと観ることができました。
映画を観た と思いました。
>人間が生きている限り、希望は必ず"自分の心"に潜んでいる
そう語りかけてくれる映画でした。
moviepad様に勧めて頂いてよかったです。

一つだけ、プレシャスも自分の母親同様、一人になることを怖れて、自分の子供に執着してるのではないかと気になりました。本当に子供のためを思っているのなら、他の選択肢もあるのではないかと…
この映画時代背景や、宗教観の不明を恥じるばかりですが、子供を抱えて生きていこうとする主人公に、健気以上のものが欲しかったような気がします。(こんなこと言ってるから、周囲の人とは好きな映画が違うのでしょう 反省)
2010/07/02 11:24 AM by パール
パールさん、こんばんわ

>映画を観た と思いました。
おお、素晴らしい褒め言葉ですね。
イチ押ししたかいがありました(笑)

>プレシャスも自分の母親同様、一人になることを怖れて、自分の子供に執着してるのではないかと気になりました。

それは全く感じませんでしたね。
プレシャスは孤独になれすぎている子でしたから...。

>他の選択肢もあるのではないかと
彼女のおかれている生活環境を考え、前向きに生きようとするならば
他の選択枝はありえないような気がします。

>健気以上のものが欲しかったような気がします
健気というよりは"幸せになる"という"強い意志"だと個人的は思いました。

すいませんね...。
せっかくいただいたコメントに反論めいたことばかり書いて...。
こーいうことするから、このブログにはあまりコメントが入らないのでしょう(^^;

でもプレシャスの行動も、母親の態度も人によって思うところは違うはず。
続きが気になる物語ですね。良い映画の証だと思います。

今から公開になる地方も多いようですが、今の段階で既に興行収入1億円を突破。
(ミニ・シアターとしては大ヒット)
こういう映画がヒットするのは本当にうれしいです。
2010/07/03 6:43 PM by moviepad
moviepad様
>せっかくいただいたコメントに反論めいたことばかり書いて...。
いえいえ、思ってもいないのに賛同頂いても気持ちの良いものではありません。私の拙いコメントをきちんと読んで頂きありがとうございます。

moviepad様の文章が好きですし、記事の内容に教えて頂くことが沢山あります。記事に背中を押されて映画館に行ったことも一度や二度ではありません。
映画の中の女性については、意見が違うことがあり、それも楽しいです(めぐり会う時間たち、ショコラ、ピアノ・レッスンなどについての記事も読みたいような…)。

プレシャスがやっと公開されましたが、アカデミー賞に絡んだ映画というのに、上映期間は2週間。今週は夕方1回のみの上映です。
若い世代にこそ、観てほしい。若い時に観た映画は心の栄養になるのになあと思います。
2010/07/05 8:39 AM by パール
感涙もの(;_;)のコメントをありがとうございます!

>映画の中の女性については、意見が違うことがあり、それも楽しいです
...
このサイトは、"人気取り"はとうの昔にあきらめて(笑)
自分の書きたいことを書くことを全てにおいて優先しております。
そのため、気に触る内容も多いと思いますが、ぜひ長い目で見てやって下さいm(_ _)m

>めぐり会う時間たち、ショコラ、ピアノ・レッスンなどについての記事も読みたいような…

うっ...。「ショコラ」は今ひとつ印象が薄くて...(すいません)
「めぐり会う時間たち」は傑作だと思いますが、記事は書きづらい映画ですね...。
ジュリアン・ムーアが演じた女性の行動に共感できるかどうかで
この映画の評価、好き嫌いって分かれそうです。
僕は"あり"だと思いましたが、ただのバカ女と思う人もいるでしょう(^^;
ま、そーいう人は幸せなんでしょうね。

「ピアノ・レッスン」...。
実はこの映画の記事を書きたいとず〜と思っているんですが、
あまりに名作すぎるので、怖くて手が出せないのです(爆)。
いや〜、これはほんと...。劇場で2回観ました。
いつかそのうちに....お約束はできませんが(^^;

最近はアカデミー賞にからんだとしても上映すらされないケースもありますからね。
ミニ・シアター系の映画はどうしても東京主体になりがちですが、
(上映が遅れがちな)地方をどれだけ盛り上げるかがミニ・シアター復興のひとつのカギだと思います。
自分も東京を離れてから、"上映が遅い、期間が短い"という理由だけで劇場鑑賞をパスした映画がた〜くさんあります。いけませんね...。

『プレシャス』は本当、若い人にこそ観てほしい映画です!
2010/07/07 1:55 AM by moviepad

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プレシャス
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