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ハート・ロッカー

ハート・ロッカー(2008 アメリカ)

ハート・ロッカー原題   THE HURT LOCKER
監督   キャスリン・ビグロー
脚本   マーク・ボール
撮影   バリー・アクロイド
音楽   マルコ・ベルトラミ バック・サンダース
出演   ジェレミー・レナー アンソニー・マッキー
      ブライアン・ジェラティ レイフ・ファインズ
      ガイ・ピアース デヴィッド・モース
      エヴァンジェリン・リリー クリスチャン・カマルゴ




第82回(2009年)アカデミー賞作品、監督、オリジナル脚本、録音、編集、音響編集賞受賞。主演男優(ジェレミー・レナー)、撮影、作曲賞ノミネート。

ハートブルー』、『K-19』のキャスリン・ビグロー監督による『ハート・ロッカー』はイラク戦争下、アメリカ軍の爆発物処理班の兵士3人の姿を描いた作品。アカデミー賞をはじめ各映画賞をにぎわせている問題作である。撮影はイラクの隣国ヨルダンで行われ、『麦の穂をゆらす風』や『ユナイテッド93』で知られるバリー・アクロイドによるカメラワークは、まるでドキュメンタリーのような臨場感と緊迫感をもたらしている。脚本は『告発のとき』の原案提供者としても知られるジャーナリスト、脚本家のマーク・ボール。バグダッドの米軍爆発物処理班2004年に30日以上にわたって同行取材を行い、脚本を執筆した。「戦争は麻薬だ("The rush of battle is a potent and often lethal addiction, for war is a drug")」ファーストシーンで語られるこの台詞はニューヨークタイムス紙の元戦争特派員クリス・ヘッジズの『戦争の甘い誘惑』という著書からの引用だ。この言葉こそ、映画のテーマを凝縮している。




イラクにおける米軍兵士の戦死理由は、半分以上が”爆弾”によるもの。ただでさえ死と隣り合わせの戦場において、爆発物処理班(EOD)の仕事は最も危険な任務と呼ばれ、死亡率は他の兵士の5倍以上だそうだ。訓練を受けるためには、適正検査をパスする必要があり、さらに6ヶ月の訓練のあと、4割しか合格することができない過酷なものだ。映画のオープニング場面のようなことは、バクダットの米軍兵士なら1日に10〜20回は遭遇する。また1日1件は爆発が起こるが、その影で10〜15発の不発爆弾を爆弾処理班が取り除いているのだという。

『ハート・ロッカー』の主要登場人物は3人。いずれもイラク駐留米軍のブラボー中隊に所属している。

・ジェームズ2等軍曹(ジェレミー・レナー)。遠隔ロボットの事故により急死したトンプソン軍曹(ガイ・ピアース)の後任リーダーとしてブラボー中隊に赴任。873個の爆弾を処理した実績を誇る。

・サンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)。軍の規律に実直なタイプ。爆弾処理班に加わる前は諜報部に7年いた。だが繊細さを隠し持っている。監督によるとサンボーンは「軍の規律には、熟慮した上で従うタイプ」だそうだ。

・エルトリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)素直で熱心な、典型的な若者タイプ。だがそれゆえ恐れもストレートに表現してしまう。仲のよかったケンブリッジ軍医(クリスチャン・カマルゴ)の死に激しく動揺する。


3人中、メインとなるのがジェームズ2等軍曹。この男のキャラクターこそが映画そのものだ。遠隔ロボットの使用を拒否し、目くらましの煙をたきつけながら爆弾に近づく。現場に突っ込んできたタクシーにもひるむことなく爆弾処理をやりとげる。

無断駐車されている車が怪しげな荷物を運んでいるという情報をえて、車に近づく。するとテロリストが発砲し車は炎上。ジェームズは動揺することもなく、消火器で火を消し、「どうせ死ぬなら気持ちよく死にたい」と防御服を脱ぎ捨て、車内に見つかった爆弾をとりのぞく。

ジェームズの、怖いものしらずの無謀なふるまいはサンボーンとエルトリッジを恐怖のどん底に陥れる。

任務を終えた後、ジェームズは「ああ、面白かった」とつぶやき煙草をふかす。自分が回収した爆弾の部品をコレクションしている。まさに”戦争ジャンキー”。常に死と隣り合わせの戦場がもたらす極限のスリルが大好きな男なのだ。

だがそんなジェームズも、町でチャチなDVDを売りつけようとする自称”ベッカム”少年に対して妙な感情移入をする一面をもつ。彼が人間爆弾にされて殺されたという疑惑が頭によぎったとたん、犯人を追跡するため任務外の業務を命じる。その結果エルトリッジは足に大怪我をし戦線を離脱。「こんな目にあったのは、貴様のせいだ!」とジェームズを罵倒する。

大胆不敵なジェームズが少年の死に動揺するというのは、やや奇妙にも思える。”戦争がもたらすスリル”が大好きで、非情で冷徹、怖いもの知らずに見える男でも、やはり自分のあずかり知れぬところで精神のバランスを失っている。戦場にいる人間が精神的に冷静でい続けることは不可能なのだ。

『ハート・ロッカー』はディテールはマーク・ボールの取材によりものだが、ストーリーとキャラクターはあくまでフィクション。ジェームズのキャラクターにも特定のモデルはおらず、(取材で出合った)複数の人物を混ぜ合わせたものだそうだ。ところが、3/2、イラク戦争で従軍経験をもつジェフリー・S・サーバー氏が主人公ジェームズのモデルは自分であると主張し、損害賠償請求を起こした。サーバー氏は「映画に協力したかったが、何の連絡ももらえなかった」と落胆しているという。サーバー氏はジェームズのような”戦争ジャンキー”なのだろうか?

何はともあれ、ジェームズを中心にドラマは展開していく。キャスリン・ビグロー監督の前作『k-19』同様、男たちは”見えない敵”を相手に戦っている。この部分が観客の感情移入を難しくしている。

『ハート・ロッカー』では比較的無名の役者がキャスティングされている。「スターは映画の終わりまで死なないという約束事があり、それでは予測不可能な映画にはならなくなるから」とビグローは語る。前作『k-19』ではハリソン・フォード、リーアム・ニーソンが”タイプキャスト”されていた。ハリソン・フォードがキャスティングされている以上、憎まれ役を演じていても最後までソレではないだろう、と予想できてしまう。案の定その通りだったため、かなり白けた。今回のキャスティングは前作の反省を踏まえた上でのことであろう。

脚本のマーク・ボールによると「ジェームズは爆弾と向かい合っているときが一番安らぐ」という。なんとも恐ろしいキャラクターだが、『ハート・ロッカー』ではその爆弾がどこに隠されているかわからないという戦場の恐怖がこれでもか!というほど描かれている。軍事フォトジャーナリストの笹川英夫氏が手に入れた、イラク派遣部隊用のIED(即席爆弾)警告マニュアルには次のようなことが書かれているという。

「路上に駐車した車両に注意せよ」
「道端の缶詰や小包を拾うべからず」
「ずれた路肩ブロックや路面にむき出しになったバイブは危険」

町のあらゆるところに爆弾がしかけられている、といわんばかりである。
そして究極のところは”人間爆弾”。ラスト近くのクライマックスで体中に爆弾つきのベストを巻かれた男が登場する。パンフレットによると2008年2月、知的障害をもつ女性が武装勢力に騙されて、自爆ベルトを着せられ遠隔操作により爆破させられた事件がモデルではないか?と書かれているが、撮影時期を考えるとこれは違うだろう。ということはこの手のことは頻繁に起こっているのか….?

ところで、映画タイトルの『ハート・ロッカー(The Hurt Locker)』とは一体どういう意味だろうか?直訳すると「傷ついた箱」。おそらく”棺桶”の意味であろうと映画を観ながら思っていた。実際のところ、"過大な精神的苦痛を強いる相手や物"を意味する俗語らしい。また、兵隊用語には「ハート・ロッカー(行きたくない場所/棺桶)にお前を送り込む(sent to the hurt locker)」という言い方があるそうだ。この映画では”爆弾”、”死”、”恐怖”の象徴としてタイトルに使われたのだろう。

戦争は常に死の影がつきまとう。だが、ジェームズのように、死と背中合わせの環境におかれないと”生きていること”を実感できない人間がいる。それが”戦争は麻薬である”といわれる所以であり、彼らの存在が絶え間なく続く戦争を支えているのだ。いわゆる戦争大好き人間は主にSFの世界で描かれてきた。現実のものとしてそれを描写すると大多数の人はそれを受け入れることができないからだ。映画に限ってみても1970年度のアカデミー賞作品賞受賞作『パットン大戦車軍団』くらいしか思いつかない。ただこの作品は将軍という立場の人のソレであまりにも露骨でわかりやすい”好戦ぶり”である。だが、『ハート・ロッカー』はひとりのしがない兵士の内面にひそむ”戦争ジャンキー”ぶりを描いている。ここが画期的なところである。

米陸軍は戦闘部隊の海外派遣は最大12ヶ月間で最低12ヶ月以上のブランクをあけたあと再び派遣されると定めている。2004年以降、派遣期間が3ヶ月以上延長されたため、兵士の自殺が相次いだ。現在、兵士のPTSD(心的外傷後ストレス障害)に対応するため、派遣期間を元に戻し、再派遣までの期間を最低30ヶ月に延期しようとしている。その穴埋めは増兵で行うという。

ラスト近く、ジェームズが家に戻り、赤ちゃんに話しかける場面が出てくる。かなり唐突に挿入されるがこれは回想シーンではなく除隊後の描写である。そしてジェームズは赤ちゃんにこう話しかけるのだ。

「パパの年になると、世の中で好きなものはひとつか2つしか残らなくなる。俺の場合はひとつだけだ」

そのひとつが何であるかはラスト場面が教えてくれる。
背筋を凍らせる幕切れとはまさにこのことだろう。

『k-19』の興行的大失敗により、キャスリン・ビグローの新作に金を出そうとする映画スタジオもスポンサーも現れなかった。ビグローは必死で製作費をかき集めたが、それでもわずか1,100万ドルにしかならなかった。『k-19』の約1/10である。「でもそのおかげで自由に作ることができた」とビグローは語る。自由に作った結果、”戦争ジャンキーの兵士”というタブー描写に踏み込むことができたのだ。ちなみに『ハート・ロッカー』に続くビグローの新作は”Held by Taliban“。タリバンに拉致されたジャーナリストの体験に基づいた内容のため、ビグローには24時間ボディガードがつき、出演者、撮影場所、そして映画公開時期までも極秘で進められているという。キャスリン・ビグロー、どこまでもハードボイルドな監督である。

アメリカではイラク戦争ものは『華氏911』を除き、興行的にはことごとく失敗している。
無理もないかもしれない。”現実逃避の手段”である映画の中で、誰も現在進行中の悪夢など観たくないのである。『ハート・ロッカー』も全米では興行的に成功したとはいいがたい。にもかかわらずアカデミー賞をはじめとする映画賞はこの映画を称えた。年々弱肉強食化がすすむ映画界において、このような問題作を称える姿勢が残っていることに安堵した。

『ハート・ロッカー』は兵士の立場からイラク戦争を描いたはじめての作品。映画がヒットしたかとか、映画賞をとったとかそういうことは全く関係ない。後世に伝え続けるべき傑作かつ問題作だ。

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 記事執筆にあたって映画『ハート・ロッカー』パンフレットの諸記事を参照しました。




2010.03.08 Monday | 00:44 | 映画 | comments(6) | trackbacks(5) |

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2018.10.14 Sunday | 00:44 | - | - | - |

コメント

こんにちは。
非常に緊迫感が漂い、重い内容の映画でした。
まるで、ドキュメンタリーを観ているようで、自分が戦場にいるかのような錯覚に陥りました。
でも、冒頭の「戦争は麻薬」という言葉と、後半の子どもとの語らい、そして、ラストシーンで、一気にいろいろなことを考えさせられました。
楽しい作品ではないですが、心にズッシリくる、まさに傑作かつ、問題作だと思います。。
2010/03/09 7:09 AM by
ひとりの兵士の潜在的心理を描いた点が画期的でした。

毎日"死の危険"にさらされていないと、自分が生きていることを実感できない....
このことに、感じるものがあるかどうかによって評価が分かれる作品だと思います。
2010/03/12 2:06 AM by moviepad
こんにちは。
戦争を題材にした作品は多数ありますが、爆発物処理班の任務にスポットを当てたこの作品は印象的でした。全ての任務が命をかけての作業です。戦争のある一面が感じられた、作品賞に値する映画だったのではないかと思います。
この映画の監督が女性というのも画期的です。
2010/03/15 10:42 PM by zukka
zukkaさん、こんばんわ

まさに"戦争のある一面"を描いてしまった映画ですね。

『ハート・ロッカー』に対して"戦意高揚映画"とか、
酷い人になると"爆撃音の迫力だけでオスカーを獲った"なんて言う人もいましたが
こういう人たちは、"ある一面"を認めたくないばっかりに
"解釈"を放棄している気がします。

主人公ジェームズの行動、前半だけを見ると一見、ヒロイックに見えます。
でも必然性に乏しい"無謀さ"が見え隠れする。

現地の子供の"死"にやたら動揺したり、飲み会でエスカレートしすぎたり、
軍服のままシャワーを浴びたり...

怖いものしらずに見えるジェームズでも
やはり戦争がもたらす"心の病"に侵されている。
他の人とはベクトルの方向が違うだけ。

赤ちゃんに話しかける場面。
一般ピープルはここで、"この世でひとつだけ好きなもの"とは
子供のことだと思ってしまうわけです。
ところが...

あのラストを観て
「ああ、この映画は英雄ではなく、ビョーキの人の映画なんだ」
と思いました。"戦争という名の麻薬"中毒者。
変種のPTSD(心的外傷後ストレス障害)かもしれない。
PTSDというと"戦場がもたらした恐怖感"みたいなものを連想しますが
別のベクトルに向かう人もいる。
現在のアメリカの軍隊が、志願兵のみで構成されていることを
考えるとこれは恐ろしいことです。
"絶え間なく続く戦争"は"無名の病人たち"が支えているという
乱暴な解釈すら成り立ってしまう。

イラク戦争は現在進行形ですから、キャスリン・ビグローもマーク・ボールも
"これは病人を描いた映画です"とは口が裂けても言えないでしょう。

『ハート・ロッカー』はとんでもない問題作。
この映画に作品賞を与えたアカデミー賞を少し見直しました<エラソー(笑)
2010/03/16 12:33 AM by moviepad
お久しぶりです。

>後世に伝え続けるべき傑作かつ問題作だ
ほんとそうですよね。
イラク戦争を兵士の立場で描いた作品も初めてなら
戦争をテーマに,こういう視点で語られる作品も初めてですね。
何にでも中毒というのはあるんでしょうが
「戦争」にも中毒があるとは!

爆弾に向かい合っているときしか生きている実感がないジェームズ軍曹。
確かに彼のような人物が戦争を支えているわけですが
なにか痛ましいモンスターに化してしまった人のようにも思えます。

「K19」のハリソン・フォードのキャスティングは
私も「なんだかなぁ」と思っていたので
今回の無名俳優ばかりのキャスティングはよかったです。
有名俳優はカメオ出演して
早々に退場・・・というのも粋でしたね。
2010/03/31 8:00 PM by なな
ななさん、こんばんわ

この映画には参りました。
戦場で"究極のスリル"を味わってしまうと
日常生活が物足りなくなり....

まさに"戦争という麻薬"に溺れてしまった男の話。
『ハート・ロッカー』は
"戦争がなくならないのはその麻薬性のため"
という問題提議をした映画ですね。

『k-19』のハリソン・フォードはタイプキャストの最も悪い例。
ハリソン・フォードが最後に死ぬとは誰も思いません(爆)
今回、キャスリン・ビグローもそれを反省したんでしょう。
2010/04/01 8:49 PM by moviepad

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