映画のメモ帳+α

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「イン・ベッド・ウィズ・マドンナ」〜Anybody who says my show is neat has to go!〜

イン・ベッド・ウィズ・マドンナ (1991 アメリカ)

原題   Madonna: Truth or Dare    
監督   アレック・ケシシアン
製作総指揮 マドンナ      
撮影   ロバート・コックス      
編集   バリー・アレクサンダー・ブラウン
出演   マドンナ ウォーレン・ビーティ 
      サンドラ・バーンハード

マドンナの13年ぶりの来日コンサートが終了した。21日のラスト公演後、翌日にはロンドンに帰ったようである。昨年12月、プロモーションで来日した際、「おかかえのシェフは日本人。きっとあなたより私のほうが日本食を食べてるわ」とプレスに語ったマドンナ。1987年の"Who's That Girl Tour"ツアー以来、必ずワールド・ツアーには含まれていた日本だったが2001年"Drowned World Tour"、2004年"The Re-Invention Tour"と続けて日本は外された。理由はいかに?シングル"Nothing’s really matter"では変な着物を着て登場し(笑)、映画『SAYURI』の出演も狙っていたとウワサされた −どの役を? 桃井かおりの役か?違うだろうな(爆)ほどのマドンナがなぜ日本を飛ばしたのか? 優秀なビジネスウーマンである彼女が”big market Japan“を簡単に外すとは思えないのだが...。

・マドンナ側は予定に組み込んでいたが、高額なギャラがネックとなり日本側が招聘に失敗した
・子供が生まれたため、連れて旅することの難しい遠隔地公演を拒否した

の2説が有力だ。今回の"Confessions Tour"のワールドツアーの日程が発表されたとき日本サイドは「(決定ではなく)あくまで予定です」と慎重な姿勢を示していた。また、マドンナの日本の公式サイトでは来日要請署名運動が行われていたこともある。おそらく上の2つの理由が微妙にからみあったことが真相だと思われます。

9月21日に東京ドームで行われたマドンナの"Confessions Tour"を見る機会に恵まれた。このワールドツアーのなんと最終日です! 僕自身は1990年"Blond Ambition Tour"以来何と16年ぶり(^^; 2回目の聖母様御拝顔となります < 教会関係者さま、クレームは受け付けませんので悪しからず(笑)

僕にとっての初マドンナ"Blond Ambition Tour"は日本からスタートしたワールドツアーだ。千葉マリンスタジアムのこけら落としイベントにもなっていた。 ※ この時期、日本からワールドツアーをはじめるアーティストが続出していた。"まずは日本でリハーサル”と揶揄されたりした。地理的な事情もあるでしょうが...。
小雨がぱらつくなかで、マドンナも観客がどこか消化不良の感があった。映画のイメージアルバム『ディック・トレイシー』の曲のメドレーなど視覚的には見ごたえは十分だった。だがコンサートというより”ミュージカルショー”といった感。ダンス曲が多いため、歌も半分くらいは口パクと思われダンスの切れ味も今ひとつ。アカペラで始まりアカペラで終わる−マドンナの”生の声”の翳りを感じさせてくれたラスト"Keep It Together"はとてもよかったが、全体的には、歌も踊りも一生懸命やっている”健気な”イメージが強く印象に残った。マドンナのコンサートはもういいや、と思い、続く1993年『The Girlie Show Tour』の来日公演はパスしました(^^;

映画『イン・ベッド・ウィズ・マドンナ』は前述の『Blond Ambition Tour』ツアーを追いかけたドキュメンタリーである。初期のマドンナのパブリック・イメージの総決算ともいえる内容だ。

この作品の撮影前、マドンナは、「きっとあなたを部屋から追い出したいと思う日がくるけど、それでもノーといわなければ駄目よ」と監督のアレック・ケシシアンに対し、覚悟を促した。
ダンサーとの裸でのからみ、公然猥褻罪で逮捕するとトロント警察で脅されたエピソード、父親を誕生日にステージ上にあげた場面、当時の恋人ウォーレン・ベイティとの電話、小さいころの女性との性体験をにおわす、”女友達”との明け透けな会話、エヴィアンボトルを使っての”フェラチオ”の真似事…次から次へと刺激的な舞台裏が登場する。「あたしにむかってくる度胸があった。かなり肝が据わっていた」とマドンナは後日ケシシアンを褒めている。

「仕事の話をするの。出てって!」「いいって言ったじゃないか」「だめよ」
マドンナが部屋のドアをばしゃりと閉め、マネージャー、エージェント等との打ち合わせの席からケシシアンを締め出す場面は興味深い。マドンナが極めて優秀なビジネス・ウーマンであったことが、成功の一因であることはもはや疑いようがない。だが、アメリカのビジネス雑誌「フォーブズ」に”アメリカで最も頭の切れるビジネスウーマン”,”不道徳に向いた頭とビジネスに向いた肉体”を持つ女として紹介された際、マドンナは激怒し、出版を妨害しようとしたと言う。”実業家としての顔”を見せることは 今まで作り上げてきた"淫らな不良娘”のイメージと相反するもので、戦略上マイナスになると考えていたことがはっきりわかる場面だ。

この作品で最も面白かったのはケヴィン・コスナーをこきおろす場面だ。
コンサート終了後、楽屋に現れた彼は、コンサートが「素敵」だったと感想をのべ、子供を寝かさなければならないので初日のパーティには出られないと断った。「素敵さが足らないってことね」コスナーに嫌味を言うマドンナ。彼が楽屋をあとにしたあと、カメラに向かって、喉に親指をつっこみ吐くまねをしながら「素敵?私のショーを素敵なんていう人は帰っていいわ(Neat?Anybody who says my show is neat has to go!)」と言い捨てた。『ダンス・ウィズ・ウルブズ』が公開されたばかりのコスナーはまさに”時の人”だったのに...。マドンナのマネージャーは、人気に悪影響を与えることを心配し、この場面を含むいくつかのシーンをカットするようアドバイスした。「私がイヤな女だってことはみんな知ってるわ。今更どうってことないでしょ!フセインやヒットラーになぞられたってかまわない。映画に口出ししないで!みんなの知ってることしか撮っていないのだから」マドンナはそう言って助言を聞き入れなかった。

映画の評価は賛否両論だったが、興行成績もまずまずで成功といっていい結果であった。
だがこの作品をきっかけに写真集『SEX』、アルバム『エロティカ』、腹上死を描いた映画『BODY/ボディ』と過激路線が続いたため、やりすぎだと批判が続出。特に悪趣味極まりない写真集『SEX』は大酷評に晒された。人気TV番組「デヴィット・レターマンショー」に出演して「私のパンティの匂い嗅ぎたくない?」「シャワー中におしっこすると体にいいのよ」ときわどい発言を連発して顰蹙を買ったのもこの頃だ(「ほとんど台本どおりにやっただけなのに、何でTV局は関係ないふりをするの!」とマドンナは憤慨していたらしいが)ニューヨーク・ポスト紙に「衝撃しか売るものがない」とまで叩かれ、マドンナ・バッシングは頂点を極めた。さすがのマドンナもこの時期は異様なほど批評に敏感になったという。

Madonna David Letterman     これは酷評されても仕方ない?



ここでそのまま引き下がるほどマドンナはヤワではなかった。比較的ソフトなイメージのワールドツアー"The Girlie Show Tour"を敢行してファン離れを食い止め、「パパラッチに追い回されるダイアナ妃に同情して」という意味不明な理由で36歳にて脱セックスシンボル宣言をした。その後R&Bテイストを取り入れた内省的なアルバム『Bedtime Story』(傑作!)、バラードベスト『Something To Remember』を次々に発表することにより、徐々にイメージチェンジを図っていく。"優秀なビジネス・ウーマン"マドンナならではの周到な戦略である。映画『エビータ』出演のためボイストレーニングを積んだことにより、歌唱力・表現力ともに格段にレベルアップした。出産をはさんで、名盤と称されるアルバム『Ray Of Light』を発表。ついに”尊敬されるアーティスト”の仲間入りをはたしたのだ。『Ray Of Light』でグラミー賞を受賞した後の会見で「歌い続けてきてよかったわ」と謙虚に語った。以前のマドンナだったら「グラミーなんて関係ないわ!」と悪態ついたかもしれませんね。

私は最高の歌手でもダンサーでもない。だから"私"を売るしかなかったの
マドンナはそう語る。『イン・ベッド・ウィズ・マドンナ』は結果として、スキャンダラスな話題づくりで売っていたマドンナ最盛期の集大成となった。当時の彼女にそんな製作意図があったとはとても思えないのだが...。この作品をきっかけにマドンナはイメージチェンジを余儀なくされ、本格的なアーティストへの階段を歩み始めた。まさにマドンナの”ターニング・ポイント”となった作品なのだ。
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本記事の参考書籍
「マドンナの真実」(福武文庫)

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2017.10.23 Monday | 20:59 | - | - | - |

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(- 2006/12/16 9:30 AM)

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