映画のメモ帳+α

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戦場でワルツを

戦場でワルツを(2008 イスラエル・フランス・ドイツ・アメリカ)

戦場でワルツを原題   ואלס עם באשיר
英題   WALTZ WITH BASHIR
監督   アリ・フォルマン
アニメ  ヨニ・グッドマン
脚本   アリ・フォルマン   
音楽   マックス・リヒター

(ドキュメンタリー映画)



第81回(2008年)アカデミー賞外国語映画賞ノミネート

全編アニメーションで描かれたドキュメンタリー映画がある。
このニュースを初めて聞いたとき、文字どおり耳を疑った。
アニメは全くの無から架空の世界をつくりあげる。
一方、ドキュメンタリーは事実を記録し再構成することによって成り立つ。
正反対といってもよい表現形式。それゆえ、"架空の世界"のアニメのみで"事実を記録する"ドキュメンタリーをつくるなんてありえないはず...。だがその"ありえない試み"を見事に成功させたのがアリ・フォルマン監督による『戦場でワルツを』。1982年のレバノン内戦でイスラエル軍兵士として従軍しておきながら、自分の中でその記憶が失われていることに気づいたアリ・フォルマン監督が当時の戦友を訪ねながら戦争の記憶をたどるという内容である。「戦争はこの世に存在する一番超現実的なもので、記憶とはとてもトリッキー。それを表現するにはアニメーションが最も適している」「中年の男が、25年前の暗い過去について取材する様子を、当時の映像もないままに語っていたら退屈な作品になってしまう」と感じたフォルマン監督は、自分で書いた脚本をもとにまず実写で撮影し、そのビデオをもとにアニメをつくりあげていった。



『戦場でワルツを』に対して、レバノンでのイスラエルの責任が描かれていない、という批判もあった。だが、この映画に関しては"事実を追うドキュメンタリー"というよりは、"トラウマを抱えた男の心理的軌跡をたどった作品"と観たほうがよいと思う。基本的には記録映像はなく、戦友たちのコメントのみで物語は展開していく。戦友たちはいずれも実在の人物で、映画での声も本人たちがあてているようだ。だが、そのコメントも皆、各人の"記憶"によるもの。よって100%事実とは限らない。前述どおり、実写ではなくアニメにしたのは"記憶のあいまいさ"をも考慮したうえでのことなのだ。

ところで、作品を観て疑問に思うことがある。
戦争という強烈な体験を忘れたりするものだろうか?
映画の中ではPTSD(心的外傷後ストレス障害)であることが示唆されている。

アリは数少ない記憶のひとつとして"海の中から全裸で浜辺にたどりつく"ことをあげる。映画でもたびたび登場する場面だ。戦友たちに対して「おまえたちも一緒だった」と主張するが、彼らは皆、「あの場所に浜辺などない」と否定。アリは自らの戦争体験を記憶に取り込むことに失敗し、解離という現象に陥っていた。大きなトラウマにより、無意識のうちに自らの戦争体験を記憶から切り離してしまった。

この映画の英語タイトルはWALTZ WITH BASHIR(バシールとワルツを)。バシールとはレバノンの若手指導者バシール・ジェマイエルのこと。バシールは親イスラエルの立場をとっており、レバノンの新大統領に選出されたが、就任直後ビル爆破により死亡。それをきっかけに「サブラ・シャティーラの虐殺」が起こってしまう。映画タイトルはアリの上官であったシュミュエル・フレンケルがベイルートの路上でバシール・ジェマイエルのポスターを背後に、ショパンのワルツ Op. 64, No. 2 にあわせ、軽機関銃を乱射しながら、狂ったようにワルツを踊る場面に由来している。無差別に銃を乱射する。虐殺行為に走る兵士の心理を象徴するシーンだ。

話を聞くうちに、アリはその虐殺に自分も居合わせていたことがわかる。彼はそのとき照明弾をうちあげていた。直接手をくだしたわけではないにしろ、虐殺に関わったという点でひどく苦しんでいた。そのトラウマが解離を起こし、"照明弾をバックに海の中で、全裸で浜辺にたどりつく"という記憶にすり替わってしまったのだ。

 こういう研究も進んでいるようです。
つらい記憶を書き換える、PTSDの新たな治療法

アリの記憶はジグゾーパズルをひとつずつ埋め込んでいくように回復していく。そしてパズルの最後の一片を埋め込んだ、つまり記憶を完全に取り戻したとき、画面はアニメから実写に変わる。「サブラ・シャティーラの虐殺」により家族を殺され泣き叫ぶ女たち。少し前にアニメで見たばかりの縮れ毛の子供の死体が、実写による映し出され、映画は終わる。忘れてしまいたい悪夢を完全に思い出してしまった瞬間。そのときの感覚とはまさにアニメが実写に変わるようなイメージなのだろう。観客の立場からみても今までアニメで見ていたゆえ、語られてきたことが事実といわれても、今ひとつピンとこない。だがこの実写場面で目を覚ますことになる。アリの心理状態を追体験できる秀逸な演出だ。

人は思い出したくない記憶を、自分に都合の良い幻想にぬりかえることによってトラウマと対処している。悪夢を"都合の良い幻想"のまま、放置することは"逃げ"なのか?記憶を正すことがはたして幸せなのか?『戦場でワルツを』は、人が生き続けていくうえで、記憶との付き合い方について深く考えさせられる作品だ。
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2019.01.16 Wednesday | 03:11 | - | - | - |

コメント

こんにちは。
昨日、この作品を観ようと思って劇場に足を運んだのですが、途中でちょっとしたアクシデントに合いまして、上映に間に合わなかったんです。
公開も今週金曜日までなので、仕事の関係上、非常に厳しい状況です。
が、こちらの記事を読んで、ますます観たくなりました。
なんとかならないかなぁ・・・
2010/01/12 7:17 AM by
亮さん、こんばんわ。

遅ればせながら本年もよろしくお願いいたします。

うーん、こればっかりは何ともいえませんね。
ただ、この映画、仕事帰りなど疲れているときに観るのは
あまりオススメしません。
いろいろと思いをめぐらせながら観ると楽しめますが、
ボーと観ていると眠たくなりますよ。
近くに座っていたオッサンはいびきかいてましたし(笑)。

無理して劇場でご覧になるよりは
DVDでじっくりご覧になったほうが賢明かもしれません。

アニメ&ドキュメンタリーという異色作品。
一見の価値は十分にあります。
2010/01/12 7:32 PM by moviepad

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『戦場でワルツを』
圧倒的なアニメーションの映像表現。その訴求力に脱帽。 疾走する野犬のオープニングから一気に惹き込まれ、 ざざざ、と鳥肌。ラストに震撼。そして、呆然。 記憶と罪と尊厳にまつわる異色のドキュメンタリーに我、思う。 『戦場でワルツを』 VALS IM BASHI
(シネマな時間に考察を。 2010/04/15 5:02 PM)
【映画】戦場でワルツを
『戦場でワルツを』(2008年・監督:アリ・フォルマン) 2008年のアカデミー外国語賞を『おくりびと』と競った、レバノン内戦の悲劇を斬新なアニメーション手法で描いた作品。 なる
(【@らんだむレビューなう!】 Multi Culture Review Blog 2011/06/14 10:35 PM)

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