映画のメモ帳+α

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モンスター

モンスター(2003 アメリカ)

「モンスター」原題   MONSTER
監督   パティ・ジェンキンス
脚色   パティ・ジェンキンス 
撮影   スティーヴン・バーンスタイン
音楽   BT
出演   シャーリーズ・セロン クリスティーナ・リッチ
      ブルース・ダーン スコット・ウィルソン
      プルイット・テイラー・ヴィンス
      リー・ターゲセン アニー・コーレイ
      マルコ・セント・ジョン ババ・ベイカー



第76回(2003年)アカデミー賞 主演女優賞受賞(シャーリーズ・セロン)

7つの殺人を重ね6つの死刑判決を受けた、全米初の女性連続殺人鬼アイリーン・ウォーノス
パティ・ジェンキンスは彼女を題材にした作品を初監督作に選び、6〜7通の手紙を服役中のアイリーンに送る。ところが彼女からは「あなたのことを信用しない。私から富を得るつもりでしょう」といった内容の返事しか返ってこなかった。そんなときアイリーンの刑の執行が急に決まり、執行前日、突然アイリーンからコンタクトがあった。彼女が親友に書いた7000通の手紙をパティに見せてもいいと許可してきたのだ。手紙の内容をもとに、アイリーンの別の側面を描いた映画が『モンスター』である。アイリーン役を演じたのはシャーリーズ・セロン。13キロ増量、特殊メイク、義歯とこれでもか、といわんばかりに美貌を取り崩して熱演し、見事アカデミー主演女優賞を受賞した。セロン自身15歳のとき、母親がアル中の父親を射殺する(正当防衛が認められている)という悲劇に直面している。その経験を演技に投影したのだろう。単なる外見だけでなく、表情、しぐさ、話し方にいたるまで"モンスター"になりきり、この役に息吹を吹き込んでいる。

ここで、アイリーンの経歴を振り返ってみる。

 ・1956年2月29日ミシガン州ロチェスターでティーンエイジャーの両親の間に生まれる。
(母親は15歳)
 ・父親は精神病院の出入りを繰り返す
 ・アル中の母親に捨てられる
 ・預けられた祖父の家で虐待を受ける
 ・いっしょに預けられた兄と近親相姦の関係に
 ・14歳で男児出産
 ・売春をしながら放浪。20歳のとき69歳の富豪と結婚するが4週間で離婚。
 ・コンビニ強盗、小切手偽造、自動車窃盗などを繰り返す。
 ・1986年、ティリア・ムーア(映画での役名はセルビー)と出会い同性愛関係に
 物語はここからスタートする。1986年フロリダ...。

ヒッチハイクをしながら客をとる生活に疲れ、持ち金5ドルを使い果たしたら自殺しようと考えていたアイリーン。そこで立ち寄ったバーでセルビーという少女と出会う。同性愛の治療を強制され、フロリダにやってきた彼女。「レズはお断り」だったアイリーンだが、はじめて自分をただの人間だと見てくれたセルビーに魅かれていく。たちまち同性愛関係になり、「いっしょに暮らそう」と持ちかける。売春から足を洗い堅気の仕事につこうとするが、爪から髪の先までフッカー(売春婦)が染み付いている彼女を雇う会社はない。面接を受けるため似合わないスーツに身をつつんだ彼女が哀れである。

それにしてもセルビーはずるい。自分は何もせず、ただ「アレ欲しい、コレしたい」とねだるだけの娘になっていく。実際は2人で強盗を繰り返した時期があったらしいが、その部分は描かれていない。アイリーンが売春で稼ぐことのできる金額以上のカネを持って帰るようになる。殺人を重ねていることに気づいていながら気づかぬフリ。クリスティーナ・リッチが抑えた演技でこのずるさを的確に表現。逮捕されたあともアイリーンは自白をするつもりなどなかった。獄中にセルビーからの電話。明らかにオトリであると感づきながらも相手がセルビーであったことから罪を認める発言をしてしまう。救いを求める場所のない人間の物哀しさ、愚かさをセロンが見事に体現している。ラストシーンは圧巻である。アカの他人のようにそらぞらしい視線をアイリーンにむけ証言台にたつセルビー。セルビーにさえ裏切られたことを実感せずにいられない瞬間だった。そして判決は極刑。裁判官に「FUCK YOU」と怒鳴り散らすアイリーン。裁判官に対してというより、世の中に、そして自分の運命に対しての最後のあがき。その中にセルビーへの感情が含まれていたかどうかはわからない。

この作品をアイリーン側に立ちすぎているという批判も多い。ラブストーリーに仕上がっており、連続殺人鬼としての顔をきちんと描いていないという指摘である。だが現代社会の病理をすべて背負い込んでこの世を去った女性の心の闇に潜む光を描く試みがあってもいいと思う。 2002年10月薬物注射により死刑が執行。もう彼女はこの世にいない。

「IF もしも」話は人生につきものである。それを語ることに意味はないのかもしれぬ。でも、もし、アイリーンがセルビーに出会わなければ彼女は殺人まで犯したか? そのまま自殺....。つかの間の、裏切られる運命にある愛を知り、刑務所で死を迎える。どちらが幸せだっただろうか。こんな質問をアイリーンにしても「FUCK YOU」と怒鳴られてオシマイだろうが。
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2009.05.11 Monday | 00:12 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0) |

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2020.01.20 Monday | 00:12 | - | - | - |

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