映画のメモ帳+α

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マドンナVSマライア(その3)〜その輝かしき?映画女優史〜

さて「映画のメモ帳+α」というblogタイトルを掲げている以上、このお二方の輝かしき映画女優歴に触れないわけにはいかないでしょう。

まずはその映画賞受賞歴である。

★マドンナ

ラジー賞(ゴールデンラズベリー賞)
・1986年 最悪主演女優賞 「上海サプライズ」
・1987年 最悪主演女優賞 「フーズ・ザット・ガール」
・1993年 最悪主演女優賞 「BODY/ボディ」
・1994年 最悪助演女優賞 「フォー・ルームス」
・1995年 今世紀最低女優賞
・2000年 最悪主演女優賞 「2番目に幸せなこと」
・2002年 最悪主演女優賞 「スウェプト・アウェイ」
最悪助演女優賞 「007/ダイ・アナザー・デイ
最悪スクリーン・カップル賞 「スウェプト・アウェイ」
(全17回ノミネートの内受賞は上記のとおり)

★マライア・キャリー

・2001年 最悪主演女優賞 「グリッター きらめきの向こうに」
※参考 最悪スクリーン・カップル賞ノミネート Mariah Carey's Cleavage(マライアキャリーの胸の谷間)

すごいですねぇ〜。まあ、ラジー賞は歌手にとても厳しいのは事実ですが、これだけ受賞できるのは彼女たちがそれだけ大スターであるゆえでしょう。とくにマドンナへの助演女優賞のくだりはもうイジメとしかいいようがない。ラジー賞事務局は「マドンナならシャレが通じそうだから、出てくれるかもしれない」とほのかな期待をこめマドンナに授賞式出席依頼の電話をしたことがあるという。ところが電話を受けたマドンナの広報は「彼女がそんな賞を喜ぶわけないでしょう!」とはき捨て、本人に取り次ぐこともなく電話をガッチャンした。『ショーガール』のポール・ヴァーホーヴェン監督のようにここで出席してれば、映画ファンの間でイメージアップにつながったかもしれないのに。マドンナはとても頭のいい人なので、本人に話がきちんと伝わっていれば出たかもしれない(^^;ただ後述するがマドンナの映画への取り組みは音楽同様、真剣そのものだった。

ここで賞記載の記載を終わってしまったら熱心なマドンナファンから殺されそうですね。はい、忘れてはいませんよ。これを!

1996年ゴールデングローブ賞 主演女優賞受賞(コメディ/ミュージカル)「エビータ」

とにかくスターに甘いゴールデングローブ賞ですが、この受賞は当然です。

Madonna Golden Globe Interview



さて本題に入ります。まずはマドンナから。

マドンナの実質的な映画デビューは『マドンナのスーザンを探して』(1985)。主演はロザンナ・アークェットで、マドンナはほとんど当時の本人そのまま?のような生意気な子娘の役。傑作とまではいわないが、そこそこ面白い作品である。主演ではなく、自分に近い役柄でデビューを飾ったのは大正解。主題歌"イントウ・ザ・グルーヴ"も映画にぴったりで、出だしは決して悪くなかった。崩れてくるのは次あたりから。主演をはった『上海サプライズ」(1986)、『フーズ・ザット・ガール』(1987)は興行的にもこけ、ラジー賞最悪主演女優賞を2年連続で受賞。「マドンナ=大根=客が呼べない女優」というイメージがすっかり定着してしまった。

マドンナ本人もこれはやばいと思ったのだろう。『ディック・トレイシー』(1990)では当時の恋人ウォーレン・ビーティ監督作。だがお情けで出演させてもらったわけではない。ウォーレン・ビーティは当初、この作品のブレスレス・マホニー役にマドンナを起用することは全く考えていなかった。出演女優リストにはキャスリーン・ターナー、キム・ベイシンガーといった名前が10人以上並んでおりマドンナはそのリストの一番最後に書かれていたという。どうしてもこの役がほしかったマドンナはウォーレンに駆け寄り、週1440ドルの組合料金で出演することを条件にブレスレス・マホニー役を勝ち取った。イメージアルバム(サントラではありません)「アイム・ブレスレス」まで製作する力のいれよう。ミュージカル界の巨匠スティーヴン・ソンドハイムが書き下ろした"Sooner or Later(I Always Get My Man) "は見事アカデミー賞主題歌賞に輝いた。

続く『プリティ・リーグ』(1992)でもジーナ・ディヴィスの妹役を好演。作品は、第2次世界大戦中に実在した女性プロ野球チームを題材にした佳作でマドンナは、姉にコンプレックスをもつ、負け犬根性を抱えた娘の役。スーパースターのプライドを捨てて作品の核となる役柄を演じ、女優マドンナの新しい可能性を感じさせてくれた。主題歌"This Used To Be My Playground"もビルボードN0.1。映画も全米興行収入1億ドルを突破する大ヒットとなった。マドンナの映画でのキャリアは盛り返したかのように思えた。だが、『BODY/ボディ』(1992)では大ヒット作『氷の微笑』(1992)と内容が酷似していることもありまたもや不発。3度目のラジー賞受賞の不名誉に輝いてしまった(^^;。以降『ウディ・アレンの 影と霧』(1992)、『スネーク・アイズ』(1993) 、『ブルー・イン・ザ・フェイス』 (1995)、『フォー・ルームス』(1995)と女優としての模索が続く。(『スネーク・アイズ』以外は、ほとんどカメオ出演)

そして『エビータ』(1996)と続いていくことになる。ヒロインのエバ・ペロンは貧しい家に生まれ自らの性を武器にのしあったり女性。アルゼンチン大統領夫人におさまった後は貧困者の優遇政策に務め女性参政権を実現させるが、33歳の若さで子宮ガンでなくなった。自分の人生と重ねあわせることができるこの役を演じることは、マドンナの長年の悲願であった。
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その4に続く

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2017.03.26 Sunday | 20:11 | - | - | - |

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