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ミルク

ミルク(2008 アメリカ)

「ミルク」公式サイトにリンク原題   MILK
監督   ガス・ヴァン・サント
脚本   ダスティン・ランス・ブラック   
撮影   ハリス・サヴィデス
音楽   エリオット・グレアム
出演   ショーン・ペン エミール・ハーシュ
      ジョシュ・ブローリン ジェームズ・フランコ
      ディエゴ・ルナ アリソン・ピル
      ルーカス・グラビール ヴィクター・ガーバー
      デニス・オヘア ジョセフ・クロス
      ケルヴィン・ユー スティーヴン・スピネラ
      ジェフ・クーンズ テッド・ジャン・ロバーツ

第81回(2008年)アカデミー賞 主演男優賞(ショーン・ペン)、オリジナル脚本賞(ダスティン・ランス・ブラック)受賞。作品、監督、助演男優(ジョシュ・ブローリン)、編集、作曲、衣装デザイン賞ノミネート。

「ハーヴェイ・ミルクの人生は本当に奇妙だ。作り話を入れる必要は全くない。彼の人生をフィクションとして描いても誰も信じないだろう」スコット・スミスはランディ・シルツ(『ゲイの「市長」と呼ばれた男、ハーヴェイ・ミルクとその時代』の著者)にこう語った。そのハーヴェイ・ミルクの"奇妙な"人生を描いた映画が『ミルク』である。彼を描いた映画には『ハーヴェイ・ミルク(THE TIMES OF HARVEY MILK)』(1984)というドキュメンタリーが既に存在しているが、劇映画としては初の試みである。監督は自らもゲイをカムアウトしているガス・ヴァン・サント。1991年に自らの脚本で映画化を試みたが頓挫。それから17年、ダスティン・ランス・ブラックの脚本を得てようやく実現した企画である。

ガス・ヴァン・サントは「ゲイの映画作家としてはミルク個人をもっと描きたかったけれど、彼の生き方や困難をすべて描くには(映画では)時間が足りない。だから暗殺事件に焦点を絞った。フィクションは実際にあったことをもっとシンプルな形で描くという意味ではある。最初と最後のミルクとスコットとのシーンは、ミルクのキャラクターをくっきりさせるために作った。他はほとんど事実だ」という。確かに興味深い場面なのに、さらっと流されてしまっている箇所がある。ハーヴェイ・ミルクの人生について細かく触れていたらとんでもない分量になるので、この記事においても映画を観ていて気がついた部分をいくつか記した後、暗殺事件に触れていくことにする。執筆にあたっては前述の『ゲイの「市長」と呼ばれた男、ハーヴェイ・ミルクとその時代』(ランディ・シルツ著)とドキュメンタリー映画『ハーヴェイ・ミルク(THE TIMES OF HARVEY MILK)』を大いに参照していることを最初にお断りしておきます。

 とりあえず、ミルクの経歴について知りたい人は下記をお読みになるとよいでしょう。
ハーヴェイ・ミルク(Wikipedia)




 以下ネタバレ満載ですので、未見の方はご注意ください!


 "希望王子"は宿命論者

ハーヴェイ・ミルクといえば、まず思い浮かぶのが"希望のスピーチ"。
死の直前に行った有名なスピーチを引用してみる。

「希望なしでは、同性愛者だけでなく、黒人もアジア人も障害者も老人も、私たちマイノリティーは希望が無くなれば諦めるしかない。希望だけでは生きていけないことはわかっている。だが、希望がなければ生きる価値はない。君たちみんながマイノリティに希望を与えなければならないんだ」

(Without hope, not only gays, but those who are blacks, the Asians, the disabled, the seniors, the us’s: without hope the us’s give up. I know that you can’t live on hope alone, but without it, life is not worth living. And you, and you, and you, and you have got to give them hope.)

同趣旨のスピーチは至る所で数え切れないほど行っており、"希望のスピーチ"はミルクのトレードマークと言えるだろう。この定番スピーチは、3回目の立候補のときライバル、アート・アグノスとの公開討論会の後、アグノス(ジェフ・クーンズ)がミルク(ショーン・ペン)に向かって「君の演説は気がめいるんだ。気に入らない奴をけなす話ばかりだからね。観客を落ち込ませたまま帰してはだめだよ」と忠告されたことがきっかけである。それ以降ミルクは必ず希望の呼びかけでスピーチを締めくくるようになり、アグノスはミルクの臨機応変さに脅威を感じたという。

ところが"希望王子"ハーヴェイ・ミルクをこう称する人がいるのである。
ハーヴェイはyou(君たち)にはあれだけ希望を持っていたのに、自分の人生については宿命論にどっぷりつかっていた

映画で、ミルクがスコット(ジェームズ・フランコ)に向かって「僕は50年も生きられないよ」とつぶやく場面が出てくる。このシーン自体は創作と思われるが、ミルクが自分は50年も生きられないと思っていたのは事実である。ミルクの誕生パーティが盛大に行われる場面がある。ここでスコットがミルクに対して「50年生きられそうじゃないか!」と話しかけるのもミルクが常に宿命論にとらわれていたからである。

1964年、ミルクは証券会社に勤めていた。そのとき彼は副社長ジム・ブルトンに対し「子供のころからわかっていた。僕は50歳まで生きられないってね。不吉なことが起こるんだそれが何かはわからないが、絶対に起こる。」と言い放っている。

市政執行委員に当選して"派手なゲイの活動家"になってから思い込みがいっそう強くなったことは言うまでもない。暗殺される直前、「1983年の市長選に立候補するための戦略つくりをしよう」と友人から提案されたとき、ミルクはこう語った。「その頃、僕はいないと思う今の話をしよう。」

ガス・ヴァン・サントが「最初と最後のミルクとスコットとのシーンは、ミルクのキャラクターをくっきりさせるために作った。」と語ったのは、「50歳まで生きられない」という台詞を入れることにより、彼が宿命論にとらわれていたことを暗示させたかったのだろう。見方を変えれば、「自分は50歳まで生きられない」という思い込みこそが、ミルクの驚異的なバイタリティーの源だったのかもしれない。

ところで、この誕生パーティでシルベスター(SYLVESTER)の"You Make Me Feel Mighty Real" が流れている。全米top40入り、ダンスチャートではN0.1に輝いたヒット曲だが、パーティではシルベスター本人が歌っている。文無しで芸能界にコネなどなさそうなミルクになぜ本人を呼ぶ力があったのか?と思いきや、シルベスターは"カストロのファーストレデイ"と呼ばれたドラッグ・クイーン歌手。カストロ地区のパーティーやパレードにはいつも参加しており、ミルクとは頻繁に顔をあわせていたという。今やディスコ・クラシックとなった"You Make Me Feel Mighty Real" はゲイ解放運動の象徴のような歌だったのかもしれない。

SYLVESTER YOU MAKE ME FEEL MIGHTY REAL



 ミルクは"人に必要とされたい願望中毒"?

ジャック・リラ(ディエゴ・ルナ)は典型的なヒモだった。前恋人スコットのようにミルクの活動を手伝うこともない。酔っ払ってかんしゃくを起こし、ミルクを公の場で困らせることもたびたびだった。ミルクへの伝言も、州市会議員からの電話であろうといっさい受け付けず電話を切ってしまう有様。全米初のゲイ公職者にふさわしい"恋人"とはいえず、ミルクの支援者や友人はいっせいにジャックと別れるよう助言していた。それに対してミルクは「48歳の男が彼みたいな若者をゲットできるチャンスはもうない」といって取り合わなかった。

『ゲイの「市長」と呼ばれた男〜』によると、ミルクの女性補佐官アン・クローネンバーグは、アルコール中毒についえて調べていたとき、ミルクの性分がコ・アルコホーリックと呼ばれるものであることに気づいたという。コ・アルコホーリックとはアル中患者の面倒を見たがる人のことで、ミルクのように酒を飲まない人であることが多い。コ・アルコホーリックの人は酒場で酔っ払ったアル中患者を車でつれて帰ったり、家賃を払ってやったり、自分自身の面倒を見ることができないアル中患者の世話をすることに喜びを見出す。だが、そうすることによって"人に必要とされたい願望中毒"になり、アル中に劣らぬほど危険な状況に陥る。アンはミルクがコ・アルコホーリックの典型的症状を呈していることがわかった。
だが、気づいたときは既に遅かった。ジャックが自殺した後、ミルクは「僕がやってきたことは、すべてジャックのような人間に希望を与えるためだったのに」と周囲に繰り返し語っていたという。

参考 共依存(wikipedia)


 提案6号

ミルクは3度の落選を経て4度目にして市政執行委員に当選。ゲイを公言して公職についたのは全米ではじめてである。早速、"犬の糞を始末しなかったら罰金"条例を作成するなど話題をふりまいた。
その頃、カリフォルニアではジョン・ブリッグス議員が提案6号を州民投票にかけていた。
それはゲイと彼らを支援する教師をクビにできるという内容だった。
「体罰を加えて教え込もうとする者や違法である売春婦を教師にさせないのに同性愛者は許されているのです。」また、歌手のアニタ・ブライアントは「ホモ行為を一度でもしたゲイは、最低20年は刑務所に入れておくべき。不道徳に寛容になったら子供に悪影響を及ぼす。刑務所に入れば考える時間はいくらでもありますわ」と発言。積極的にアンチ・ゲイ活動を行っていた。

Anita Bryant: "At Least It Was A Fruit Pie"



ミルクはジョン・ブリッグス議員に公開討論を挑んだ。提案6号が同性愛問題を家庭に持ち込んだこともあり、ミルクは全米の注目を浴びることになった。

もし教師が手本になるなら街には尼さんがあふれているはずだ。」
「あなたは自分の権力欲を満たすために、何人の職を奪い生活を破壊するつもりなのか」
ミルクは熱弁をふるった。

この提案6号問題が真っ盛りのとき、ゲイ・フリーダム・パレードで演説する予定だったミルクに対し、暗殺予告の手紙が届く。演説のとき、オープンカーに乗っているとき、チャンスはいくらでもある...。だがミルクは警察の護衛を断っている。ブリッグス提案のおかげで全米の注目がサンフランシスコのゲイ・コミュニティに集まっている。逃げるわけにはいかないのだ。37万5000人の観衆にむけてミルクは演説・パレードを無事切り抜けた。ミルクは自分が暗殺される可能性があることを常に自覚していた。しかし暗殺を恐れるあまり、発言や行動を自粛したことは一度もない。ブリッグスのお膝元オレンジ郡で公開討論に挑んだときも周囲は暗殺を心配した。そのときミルクはこう言った。「いつかはそういうことが起こる心配してもしようがない起こるときは起こるんだ。」

投票4ヶ月前の調査では大多数の州民が提案6号に賛成し、ゲイ教師に反対するだろうという結果が出ていた。だが、ミルク陣営は徹底的な"草の根運動"を展開。投票1ヶ月前の世論調査では接戦と出るまでになった。人々は提案が人権侵害であることに気づき始めたのだ。そして運命の日1978年11月7日がきた。提案6号は59対41の割合で否決。サンフランシスコでは75%が反対票であった。
普段、酒を飲まないミルクもこの日は勝利の美酒に酔った。ハーヴェイ・ミルクの政治家人生のハイライトといってよいだろう。

勝利の夜、ミルクは友人のドン・アメイダーに電話をかけた。そのとき、アメイダーからある少年のことを覚えているかい?と尋ねられた。ミルクは約1年前、少年と電話で話していた。彼はミネソタ州に住む17歳の少年で、ゲイだという理由で両親から精神病院に入れられそうなため自殺を考えていた。ミルクは彼に対し「家から逃げ出し、バスに乗って近くの大都市に出ろ」と助言したが、少年は「自分は車椅子の身だからバスには乗れない」と泣き出した。その後、少年はハーヴェイの助言にしたがってロサンゼルスに行った。18歳になったので有権者登録をして、生まれてはじめての選挙で提案6号に反対票を投じた。ミルクは少年にきちんと"希望"を与えていたのだ。この話を聞くミルクの声はかすれていたという。このエピソードは映画でも紹介されている。泣かせるための脚色じゃないか?とうがった見方をしそうになるが、これは事実。スコットがいうように"ハーヴェイ・ミルクの人生に作り話を入れる必要は全くない"のである。


 ダン・ホワイト

ダン・ホワイトはミルクと同じく市政執行委員初当選組。元警官で消防士。"過激派、社会の異端児、救いがたい連中"と戦うため政治家に転身した。がちがちの保守人間である。あまりにも対照的な2人の新人議員を面白がり、メディアはよくセットで取材した。

ホワイトとミルクは当初はそれほど対立していたわけではなかった。だが、空家の修道院を精神病院につくりかえる計画が原因で2人は対立した。対象地はホワイトの選挙区であり、彼は市政執行委員に就任する前から熱心に反対運動を行っていた。放火魔、強姦魔などが近所に越してくるのはごめんだ、というわけである。この計画をつぶして実績をあげることでホワイトは次回の選挙を戦うつもりだった。ミルクは当初、ホワイトに賛成する意向をほのめかしたが、サンフランシスコの病院事情を詳しく調べた結果、提案賛成にまわった。その結果、6対5でこの提案は可決された。ホワイトはミルクの"寝返り"に激怒、その後、何ヶ月もの間彼に声もかけなかったという。この後、毎週開かれる市政委員会でも彼はふくれっ面で黙りこくったままであった。ダン・ホワイトという人は傍目からみると常軌を逸するほどの負けず嫌いだったと言われている。自分の思うとおりにいかないとすぐかんしゃくを起こした。この彼の性格が後の悲劇を巻き起こすことになる。

その後、ミルクが一番力を入れていたゲイ公民権法案について、ホワイトはただ一人反対票を投じた。ただし、精神病院の件が可決する前まではホワイトも賛成の意向を示していた。「ハーヴェイが僕に反対票を入れた。だから僕もハーヴェイに反対してやったんだ。」と語っていたという。ミルクはサンフランシスコの病院事情を調査した結果、自分が正しいと思うほうに票を入れただけである。これは政治家として当たり前の対応。それを"僕に反対票を入れた"と考えるのは、ミルクがもっとも忌み嫌っていた派閥の論理そのものである。

ミルクは口がうまく、新聞の見出しになるような気の利いた文句をメディアに提供することも忘れない。たちまちミルクはメディアのスターとなっていた。一方、ホワイトは実績らしい実績を何ひとつ残せていなかった。そして提案6号が可決した4日後、ホワイトは突然辞任を表明した。表向きの理由は「給料が安いから」。それも間違いではないだろうが、ミルクへの嫉妬心が高まったことによる、自分に気をひくためのパフォーマンスととらえたほうがしっくりくる。ミルクは彼の辞任を喜んでいた。ホワイトのおかげで6対5で負け通らなかった法案がたくさんあったからだ。後任にリベラルな議員を送り込めば法案は通りやすくなる。ところがその10日後、ホワイトは復職を申し出たのだ。復職を認めるかどうかはジョージ・モスコーニ市長の判断に委ねられた。モスコーニは当初復職を容認する方向で考えていた。だが、ミルクはそれに猛反対。アン・クローネンバーグはこのときのことを「勇気ある行為でした。同意見の委員たちは恨みを恐れて口出ししなかったのですから」と語っている。市長は彼を再任しないことを決めた。そして1978年11月27日。悲劇は起こった。提案6号否決でミルクが勝利の美酒を味わってからわずか20日後のことであった。

映画ではホワイトがクローゼット・ゲイ(ゲイであることを隠している人)であることをほのめかしている。このことについて監督のガス・ヴァン・サントは「ミルクはダンがクローゼット・ゲイだと言って怯えていたとリサーチで聞いた。でも、僕は彼がゲイだったかどうか確信はなかったので、あくまでも彼自身の環境からくるストレスによるものと考えて演出した。ゲイであるミルクはやりたい放題だが、彼は保守でカトリック。支持者からの突き上げも激しい。それが彼を追いつめたんだと思う」と語っている。ホワイトがゲイであったという証拠は実際、何もないようだ。「ゲイの市長と呼ばれた男〜」によると、ミルクは暗殺される数週間まえから「ホワイトは危険な男だ」、「彼が何を考えているのかわからない。戦いが内側に向かう人間ほど危険なものはない。彼はオープンな人間に敵意を抱くんだ」と語っていたという。おそらくその直前にホワイトとのあいだで何かがあった、と推測されるがここには彼がクローゼット・ゲイであるとは書かれていない。著者のランディ・シルツが厄介ごとを恐れてほのめかしにとどめたのだろうか?

ホワイトがクローゼット・ゲイであったかどうかはあまり重要とは思わない。
半端じゃなく負けず嫌いだったホワイトは(環境面を含めて)ミルクに嫉妬していた。自分が再任されなかったのはミルクが原因だということも本能的に察知していた。嫉妬と怒りが入り混じったゆえの凶行だと思う。まあ、元をたどればガス・ヴァン・サントの解釈と一緒なのだが...。その後の裁判で提示されたジャンクフードの食べ過ぎによる"Twinkie defense"。これは訥弁としか思えない。


 もしミルクが生きていれば...

2008年11月4日、大統領選と同じ日にカリフォルニア州で提案8号(Proposition 8)の是非を問う住民投票が実施された。提案8号とは「結婚は男女間に限る」というもので、事実上同性婚を禁止する案件であった。事前世論調査では反対が優勢であったが、終盤で保守層が「子どもが学校で同性婚を教わるようになってもいいのか」と訴えるテレビCMを大量に流したことが功を奏し、僅差で提案8号は可決。ミルクが提案6号否決を勝ち取ったのと全く逆のパターンになってしまった。このとき、「もしハーヴェイ・ミルクが生きていたらどんな対応をしただろうか?」ということが頻繁に話題にのぼったという。それから約3週間後の11月26日、映画『ミルク』で全米公開された。その翌日の11月27日はジョージ・モスコーニ市長とハーヴェイ・ミルク市政執行委員が暗殺されてからちょうど30年目。サンフランシスコ市庁舎では追悼コンサートと行進が行われ、改めて2人を偲んだ。

Remembering George Moscone & Harvey Milk, 11/28/2008




映画『ミルク』は、ドキュメンタリー映画『ハーヴェイ・ミルク(THE TIMES OF HARVEY MILK)』と監督のロバート・エプスタインに対して"special thanks”が捧げられている。『ミルク』への不満は、"すべてのマイノリティに対する差別・偏見を解消しない限り、ゲイの立場も向上しない"というミルクの根幹となる考え方が示されていないところだが、『THE TIMES OF HARVEY MILK』で明示されているため、あえて組み込まなかったのかもしれない。

社会派映画でありながらも堅苦しさとは無縁。映画を観終わったころにはハーヴェイ・ミルクをはじめとする登場人物たちが愛しく思えるだろう。これはガス・ヴァン・サントの演出の確かさと主演のショーン・ペンをはじめとする俳優の演技力によるものが大きい。映画『ミルク』は『ハーヴェイ・ミルク(THE TIMES OF HARVEY MILK)』とセットでこれから先も数多くの観客に希望を与え続けていくだろう。

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ミルク@映画生活

2009.04.21 Tuesday | 02:57 | 映画 | comments(0) | trackbacks(2) |

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2020.08.03 Monday | 02:57 | - | - | - |

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Milk (2008)
監督:ガス・ヴァン・サント 出演:ショーン・ペン、エミール・ハーシュ、ジョシュ・ブローリン、ジェームズ・フランコ、ディエゴ・ルナ、アリソン・ピル、ルーカス・グラビール、ヴィクター・ガーバー、デニス・オヘア、ジョセフ・クロス、ハワード・ローゼンマン、ブ
(アヤは観た。 2009/04/21 1:08 PM)
ミルク
●ストーリー●1972年のニューヨーク。金融や保険業界で働いていたミルク(ショーン・ペン)は、20歳年下のスコット(ジェームズ・フランコ)と出会い、恋に落ちる。二人は新天地を求めてサンフランシスコに移り住み、小さなカメラ店を開店。そこはたちまち同性愛者やヒ
(映画君の毎日 2009/05/18 6:43 PM)

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