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チェンジリング

チェンジリング(2008 アメリカ)

「チェンジリング」公式サイトにリンク原題   CHANGELING
監督   クリント・イーストウッド
脚本   J・マイケル・ストラジンスキー
撮影   トム・スターン
音楽   クリント・イーストウッド    
出演   アンジェリーナ・ジョリー ジョン・マルコヴィッチ
      ジェフリー・ドノヴァン  コルム・フィオール
      ジェイソン・バトラー・ハーナー マイケル・ケリー
      エイミー・ライアン  ガトリン・グリフィス

第81回(2008年)アカデミー賞 主演女優(アンジェリーナ・ジョリー)、撮影、美術賞ノミネート

事実だと言われなければ信じないであろう話がある。
9歳の息子を持つ母親がいた。彼女が仕事に出かけているとき、家で留守番をしていたはずの息子が失踪。誘拐とも家出ともわからない行方不明状態が続く。それから5ヶ月後、警察から息子が発見されたと連絡がある。ただし、彼女の前に現れたのは息子によく似た別人だった。これは1928年、ロサンゼルスでクリスティン・コリンズという女性に起こった出来事である。この衝撃の事実を映画化したのがクリント・イーストウッド監督『チェンジリング』である。タイトルの"チェンジリング(Changeling)"とは日本語では取り替え子と訳されている。"妖精が生まれたばかりの人間の子供を誘拐し、代わりに醜い妖精の子供が残される"という、主としてヨーロッパで語り継がれている伝説からきている。



脚本を担当したJ.マイケル・ストランジスキーはロス市役所からゴードン・ノースコット事件を含む昔の資料を焼却すると聞かされたため、閲覧に出かけていった。そこでクリスティン・コリンズの公聴会の議事録を発見して衝撃を受けたという。1年ほどリサーチを重ねたあと脚本を書き上げた。当初はロン・ハワードが監督する予定だったが、スケジュールの都合で降板。クリント・イーストウッドが監督を引き受けた。イーストウッドは脚本を渡された時点でアンジェリーナ・ジョリーが関心を示していることを伝えられていた。ヒラリー・スワンクやリース・ウィザースプーンが熱心に売り込んでいたが、イーストウッドは迷うことなくアンジーに決めたという。

クリスティン・コリンズ"子供が誘拐された母親の役"と聞いてアンジーは当初乗り気ではなかったが、"脚本には当時に新聞の切り抜きがはさみこまれていたので、これが事実であるということを常に意識させられた。正義のために、勇気をもって腐敗と闘った人の姿は強いインスピレーションを与えてくれた"ことで最終的に出演を決めた。"私も母親だけど自分がするであろう反応は、この役にはふさわしくなかった。私は自分の意見をはっきり言うタイプ。だから違う方法を見つけなければならなかった"ため撮影2ヶ月前に亡くなった自分の母親を参考に役作りをした。アンジーの母親は"普段は優しくて、恥ずかしがりやで、受身だったけど子供を守らなければならない状態になるとすごい強さを示す人"だったという。それにしても実際のクリスティン・コリンズとアンジーは似ても似つかない。ゴードン・ノースコット役のジェイソン・バトラー・ハーナーはそっくりなんですけどね。ちなみにアンジーはこの映画では真っ赤な口紅をつけている。アンジーは普段、"自分の唇は特徴的だから”とそれを強調するような赤い口紅はつけないという。それにしてもメイクが濃いな。当時はみんなこんな感じだったのだろうか?街を走る赤い路面電車、そして赤い口紅はフィルム・ノアールの雰囲気漂う映像のなかでひときわ目立つ。いうまでもなくこの赤は血を連想させる。


1920年代のロサンゼルス市警は銃撃隊を組織して、気に入らない連中を射殺するなど悪名をとどろかせていた。そのため、行方不明の息子を見つけてマスコミに大々的にアピールし、イメージアップを図ろうとした。だが、クリスティンは警察が見つけてきた子供を「自分の子供くらいわかるわ」とつぶやいて否定してしまった。

ウォルター少年と←ロサンゼルス警察が取り違えたウォルター少年と"取り替え子"ハッチンズの写真。
左がウォルター少年、右がハッチンズです。
実年齢はハッチンズが3歳上だったという(^^;
似てるといわれれば似てる?


驚くのは警察が都合の悪い人間を平気で精神病院送りにすることができたという点だ。
精神病患者にしてしまえば。誰もその人の言葉を信用しなくなるからだ。
警察に歯向かうものはすべて精神病患者扱い。何とも恐ろしい時代だ。

サミー・ハーン弁護士とグスタヴ・ブリーグレブ牧師映画ではクリスティン・コリンズ、グスタヴ・ブリーグレブ牧師、J・J・ジョーンズ警部、ジェームズ・E・デイヴィス警察本部長、ゴードン・ノースコット、サミー・ハーン弁護士...ほとんどの人物が実名で登場している。印象的なのは「正しく闘えば不幸な事態を終わらせることができる」とクリスティンを説得するグスタヴ・ブリーグレブ牧師 (Rev Gustav Briegleb)と彼女の弁護を無償で引き受けたサミー・ハーン(Sammy "S.S." Hahn)弁護士。ジョン・マルコヴィッチ演じるグスタヴ・ブリーグレブ牧師はラジオを利用して社会正義を訴えるパイオニア的存在。また、サミー・ハーンは名の知られた辣腕弁護士だという。アメリカと言えば弁護士社会で、飛行機事故などが起こると(仕事を求めて)弁護士が山ほどやってくるなんて話も聞くが、"正義"のためならに無償で引き受ける人がいるというのはいい意味でアメリカらしい。


 ここから先は映画をご覧になった後でお読みください
(ネタバレ満載、かつ映画を観た後でないと意味がわからないと思われる記述が多数ありますので)



この話を映画化するにあたってクリント・イーストウッドは「どこが事実で、どこが多少強調されているのか脚本家に何度も確認した。だが、ほとんどの部分は事実に忠実だ。少年たちの証言、医師のレポートなどまるっきり同じ部分も多い。映画だから、時間を考えて、省略した部分もあるけどね」と語る。

だが、事実は映画よりも奇なり?脚色もしくは、あえて触れないようにせざるをえない箇所は多々あったようだ。いくつかピックアップしてみる。

・まず、主人公のクリスティン・コリンズ。一般人ということもあるが、彼女の素性そのものがはっきりしないのだ。生まれた年ですら諸説がある。文献では1900年生まれとしているものが多いらしいが、国勢調査の資料などでは1891年生まれだったり、1893年生まれだったりするようだ。確かに当時のクリスティンの写真をみると28歳(1900年生まれ)とすると、ちょっと老けているなあ。日本の公式サイトには彼女は35歳で亡くなったと書かれているがこれは完全に誤りだろう。彼女が最後に公の場に姿を現したのは1941年。J・J・ジョーンズ元警部が賠償金を払わないため、訴えを起こしたときである。また1954年まではカリフォルニア州の選挙人登録をした形跡もあるようだ。詳しくリサーチした人によると、この後クリスティンは再婚し、ロサンゼルス市内を転々としながら息子を探し続け1985年に94歳で亡くなったそうです。1996年に亡くなったという説もある。ああ、もう訳わからん!(笑)

・映画では夫は出て行ったことになっているが、実際は刑務所にいた。息子も行方不明になり、精神的に参っていたクリスティンは何度も刑務所署長などに保釈依頼の手紙を送っていたという。グスタヴ・ブリーグレブ牧師も手を貸していたようだ。だが、夫は1932年刑務所の病院で息を引き取っている。

・映画ではウォルター少年の死が確定したため、クリスティンは精神病院から出ることができたとなっているが、実際は取り替え子、ハッチンズの自白によるものらしい。病院の医師が決定したという説もある。

・クリスティンは精神病院を出たあと、職を失っている。

・映画のラスト近く、クリスティンはひとりで連続殺人鬼ゴードン・ノースコットに面会したことになっているが、実際は被害者の母親数名(4名?)といっしょだった。ゴートンが面談を申し入れたのはメディアを騒がしたかったからのようだ。

このことは↓の本に出ています。James Jeffrey Paul 氏は15年にわたってゴードン・ノースコットのリサーチを重ねたとか。表紙写真はもちろんゴードンです。




・映画ではクリスティンがゴードンに「息子を殺したのか?」と問い詰める場面があったが、実際にはそのようなことはせず目に涙をためながら「息子の鼻の形は?」「着ている物は?」などゴードンがウォルター少年を知っているかどうかを確認している。ゴードンは不真面目な回答に終始し、「あんたの息子については何も知らない」と答えた。その結果、クリスティンは息子が生きているという希望を持つようになったという。

・映画では極悪非道の権化のように描かれているJ・J・ジョーンズ警部(ジェフリー・ドノヴァン)。
本当にそんな人間だったらしく、裁判でクリスティンへの賠償金支払命令と警察解雇処分が下されたが警察は解雇せず。その後、自分で辞職している。ただし、賠償金は支払わないばかりか、何度も裁判のやり直しを求めたとか(^^;

・ジェームズ・E・デイヴィス警察本部長(コルム・フィオール)はこの事件により本部長の座を退いたが、市長の後押しを受け1933〜1938年に本部長に復帰している。1973年に102歳で死去。
ああ、憎まれっ子世にはばかる...。

映画を観るとクリスティンが巨悪・ロサンゼルス警察に打ち勝ち、その後、警察は更生したかのように思える。だが、ジェームズ・E・デイヴィス警察本部長が復帰したことでもわかるように実際は何も変わっていない。その後もLA警察がいかに腐敗していたかは『L.A.コンフィデンシャル』(1997)などに描かれている。

映画『チェンジリング』は全米において批評家の6割程度の支持に留まるなど、最近のイーストウッド監督作品としては厳しい評価を下されている。主な批判としては「ストーリーが型どおりすぎる」というものであるようだ。確かにゴードン死刑執行後、ラストにかけては明らかに創作だと思われる。ただ、アメリカよりヨーロッパで高い評価を獲得している。

さて。
こういうことをずらずらと書き連ねると、この映画は事実であるとうたっておきながら
脚色はあり、創作もあり、都合の悪いことは隠蔽している→駄作である
という結論に達すると思う人もいるかもしれない。

そんなこと、ヒトカケラも思っておりません。

↑のよーなことを全部映画に反映させたらどーなると思います?
映画として成り立たないというか、間違いなく観客にはソッポ向かれるでしょうね。

脚本家だけでなく、イーストウッド自身もかなりリサーチをしたらしい。殺人が行われた農場にも足を運んだ。小屋はもうないが、家はそのまま残されていて全くの別人が住んでいるようだ。

また、イーストウッドは実話という言葉を脚本から削るように求めたという。"大切なのは実話かどうかではなく、良い物語であるかどうかだ"というのがその理由である。結局は実話、もしくは事実を基にしている、という言葉は残されている。この記事の冒頭でも書いたが、実話とはっきりうたわないと観客はこの物語を信じないと思ったからだろうか?

映画『チェンジリング』で核となるのは、母クリスティンの「息子を取り戻したい」という真摯な願いである。映画の中での台詞にもあるように、彼女は別に警察と戦いたかったわけではない。ただ、息子をきちんと探してほしい、息子に会いたい、目的はそれだけだった。

この映画にはそんな母の真摯な願いのほか、LA警察の腐敗ぶり、取り替え子として登場した子の不可解さ、クリスティンを支える牧師や弁護士、そして連続殺人鬼...。それだけでひとつのドラマが作れそうな要素がてんこ盛りである。また、これら作品の軸をなすトピックはすべて事実である。上映時間は141分だが、長さを感じさせることもなく観客をぐいぐいひっぱっていく演出は見事である。これだけの内容を含んでいながら、ごちゃごちゃした印象もなく、押し付けがましさもない。イーストウッド独特の抑制された演出があればこそできたことであろう。強いて言うなら裁判の場面で終わったほうがよかったような気がしなくもない。それじゃ"単においしいところを切り抜いただけ"と批判されるのだろうか?

映画『チャンジリング』は事実うんぬんをさておいても、フィルム・ノアールの雰囲気をもつ犯罪映画の傑作だと思う。事実であるがゆえにこの映画に惹かれ、事実をより見つめてしまうと虚しさがいっそうこみ上げてくる。ああ、事実は映画より奇なり!
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 主な参考資料
キネマ旬報 2009年 3/1号
Original Los Angeles Times stories and photos on Walter Collins' disappearance
CHANGELING クリスティンとノースコットの殺人


2009.03.20 Friday | 00:25 | 映画 | comments(6) | trackbacks(6) |

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2019.03.24 Sunday | 00:25 | - | - | - |

コメント

いつもの事ながら、moviepadさんの記事は凄いです。
ありがとう。この作品をより深く知ることが出来ました。
”大切なのは実話かどうかではなく、良い物語であるかどうかだ"この言葉もっともで。
好きですね、私はこの映画。
サスペンスと母の強い心がマッチして、秀作だと思いました。
2009/03/21 12:05 AM by zukka
この映画は予備知識なしで鑑賞して、
その後、いろいろと調べたのですが
脚色部分がわかっても
映画の印象が悪くなることはなかったですね。

イーストウッドの演出が抑制されてからでしょう。
映像の質感も気に入っています。
2009/03/21 1:41 AM by moviepad
こちらにもお邪魔します♪
スゴク読み応えのある記事でした〜
改めて映画について考えちゃった。

私は、何の前知識も無く映画を観ましたが、警察には旗が立つし、偽息子にも腹が立つし、、、これが事実だったなんて信じ難かったです。
その後、連続殺人が浮かび上がってきた時には驚きました。なんて酷いことでしょう。
映画としては、いい映画だと思いましたが、観ているのが辛くって、二度と鑑賞する気にはなれません。
2009/03/21 5:48 PM by 由香
僕も予備知識なしで鑑賞して
観たあと、調べたらもっと腹が立ってきました(^^;

イーストウッドですらこの事件、監督することが決まるまでは
ほとんど知らなかったらしいです。

厄介ごと満載の内容の中。
母親の強い意志をさりげなく浮かび上がらせた
イーストウッドの演出は見事だと思います!



2009/03/21 7:15 PM by moviepad
お久しぶりです。
この映画の基になった実話の後日談についてはよく知りませんでしたので興味深く拝読しました。

>これだけの内容を含んでいながら、ごちゃごちゃした印象もなく、押し付けがましさもない。
……本当にそうですね。下手をすると単なる「告発映画」になってしまうところですが、この映画はもちろんそうではありません。見事な演出だと思いました。
米国内での評価が今一つというのはさみしい話ですが、映画の「ストーリー」だけ追っていたら低い評価になるのかもしれませんね。
2009/03/23 9:33 AM by syunpo
アメリカで今ひとつ評価が伸びなかったのは
「ストーリーが型どおり」というのは表向きの理由で

・最近、クリント・イーストウッド作品は好評価が続いているため
ハードルが高くなってしまった。
・自国の警察がこんな暴挙をしていたことを認めたくない

というところではないかと推測します。

カンヌ映画祭にも出品されていて、有力視されていながら無冠。
脚本家は「負けたのは、審査員がこの話を事実と信じなかったからだ」と
怒っていたそうです。

アメリカ人にとっては
事実だとは信じたくない物語だったんでしょうね...。
2009/03/23 10:35 PM by moviepad

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