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ロレンツォのオイル/命の詩

ロレンツォのオイル/命の詩(1992 アメリカ)

「ロレンツォのオイル/命の詩」原題   LORENZO'S OIL   
監督   ジョージ・ミラー  
脚本   ジョージ・ミラー ニック・エンライト      
撮影   ジョン・シール           
出演   ニック・ノルティ スーザン・サランドン
      ピーター・ユスティノフ キャスリーン・ウィルホイト
      ゲイリー・バマン マドゥカ・ステッディ
      ジェームズ・レブホーン アン・ハーン
      ザック・オマリー・グリーンバーグ ローラ・リニー

第65回(1992年)アカデミー賞主演女優(スーザン・サランドン)、脚本賞ノミネート。

「2ヶ月間は過敏症、無関心 4ヶ月目に無言症や歩行不安 6ヶ月目 四股麻痺 8ヶ月目に失明や皮膚の剥離 9ヶ月目に死亡」

不治の病と言われる副腎白質ジトロフィーの症例である。もしこの病気に自分の子供がかかったら、親はどうすればいいのだろうか?『ロレンツォのオイル/命の詩』は、不治の病に侵された息子を救うため、医学的知識がないにもかかわらず、自力で治療法を見つけようと奮闘するオドーネ夫妻の軌跡を描いた作品。1993年に劇場公開されるやいなや、実話を元にした物語は大きな反響を呼び全米91%の批評家から支持を獲得。第65回(1992年度)アカデミー賞においても主演女優賞(スーザン・サランドン)、脚本賞にノミネートされた。今でも副賢白ジストロフィーの話題になると必ず引用される映画としてその名をとどめ続けている。

この作品は過程も含めて理解することが重要と判断したため、以下ストーリーの詳細を書き記すことにする。ネタバレが嫌いな人はこれ以降、映画鑑賞後に読んでほしい。

---------------------------------物語(ネタバレ有り)---------------------------
※ 年月日は映画に基づいています

・1983年、アフリカのコモロ共和国で暮らしていた銀行員オーグスト・オドーネ(ニック・ノルティ)、妻ミケーラ(スーザン・サランドン)、5歳のロレンツォ(ザック・オマリー・グリーンバーグ)は、転勤によりアメリカに移住。

・1983年10月 ”いい子”だったロレンツォが理由もなく乱暴をするなど奇行が目立ち始めた。

・1984年4月 オドーネ夫妻は、ロレンツォをワシントン小児病院に連れて行く。ロレンツォが副腎白質ジトロフィーという病気に冒されていることを知る。

副腎白質ジストロフィー(Adrenoleukodystrophy, ALD)とは

体内の長鎖脂肪酸(映画では長い化学式をもつ脂肪酸と表現)を新陳代謝する酵素が生まれつき欠けているため、長鎖脂肪酸が神経細胞内に集まってしまう→蓄積された長鎖脂肪酸はミエリンをむしばみ、剥ぎ取る→ALDがミエリンをむしばむことにより、脳の白質を傷つけ、肉体の機能を失わせる

ミエリン・・・中枢神経系の髄鞘で、神経を隔離するもの。これがないと神経が機能しない。

という病気である。5歳から10歳までの男の子のみ発症し、2年以内に全員死ぬ、いわゆる”不治の病”だという。女性の遺伝子からのみ受け継がれる。

・1984年5月 夫婦はALDの権威であるニコライス教授(ピーター・ユスチノフ)の指導を仰ぎ食餌療法(食事から飽和脂肪酸を取り除けば脳への蓄積を防げるという発想によるもの)を行った。血液の長鎖脂肪酸を減らすことが目的であるにもかかわらず、逆に長鎖脂肪酸は上昇してしまう結果となった。

・1984年6月 免疫抑制療法も試したが効果が上がらず、ロレンツォの病状は悪化していく一方であった。

・1984年7月 ALD患者家族の会に出席した夫妻は、医師にまかせっきりで、半ばあきらめの境地にある親たちの姿に失望する。家族の会からは「医者にとって役立つ数字は緻密な実験による統計的なものだけです。」「医師もとても慎重です。医学の情報収集には厳密な調査が必要です」という説明が繰り返されるばかりだった。

・1984年8月 医者ですらALDを理解していないのであれば、自分たちで治療法を見つけようと決意したオドーネ夫妻は、国立衛生研究所の図書館に通い詰め,ALDと脂肪酸代謝に関連する論文を読みあさる。

・1984年10月、ミケーラはネズミの脂肪酸蓄積病の論文をヒントにして、オリーブ油から検出されるオレイン酸を投入すれば、有害な脂肪酸を抑えることができるという仮説を思いつく。

・1984年11月10日、自力で資金を集めて開催した第1回ALD国際シンポジウムにこの仮説を提示したところ、オリーブ油から検出されるオレイン酸が、有害な脂肪酸を抑える可能性があることがわかる。(トリグリセリドにする必要がある。)

ニコライス教授の「非公式」な協力のもと,夫婦はロレンツォにオレイン酸の投与を始めた。薬の効果はすぐに現れたが、一時的な効果でしかなく、ロレンツォの発作は激しくなっていくばかりだった。

・1985年4月、体内脂肪酸に関する酵素の生合成のからくりを解明したオーグストはエルカ酸をロレンツォに投与したいと提言。だがニコライス教授は、「エルカ酸はネズミの場合、心臓に影響が出た。ネズミで安全性がない場合これは使えない。人間の治療には使えない。」としてエルカ酸の使用を拒否。
「エルカ酸は菜種種の主成分でしょ?菜種種は中国やインドでは食用です。人体実験は歴史で立派に証明済みです。何千年も食用にしてきた国があるんです。」と夫婦は反論するが、教授は「私の責任はこの病気で苦しむすべての子の現在と未来にある。」と言い切り、夫婦の申し出を断る。

エルカ酸(実際はエルカ酸とオレイン酸のトリグリセリドを1:4の割合で配合したもの)を投入すれば効果が現れるという仮説を実証したくても協力してくれる企業が見つからない。100を超える会社に問い合わせた。

・1985年9月 ロンドンのクローダ化学に勤めるサタビー博士(Don Suddaby 本人が出演)の協力を得ることに成功した。

植物人間状態になっていたロレンツォを、コモロ共和国からやって来たオモウリ(マドゥーカ・ステディ)がはげまし、勇気づけた。

・1986年9月 サダビー博士によるエルカ酸のトリグリセリドが完成。ALDキャリアの妹ディードレ(キャスリーン・ウィルホイト)が「人体実験」を買って出て安全性を確認した後、ロレンツォへの投与が始められた。

・1986年12月8日 血液中の長鎖脂肪酸値は完全に正常化した。
二人が独力での研究を始めてから, 28か月後のことであった。

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医学用語がとびかうハードな題材を『マッドマックス』のジョージ・ミラー監督が手がけていることに驚くが、彼はニュー・サウスウェールズ大学で医学の学位を取得済みである。物語性を抑え、事実を丹念に追う作りはほとんどドキュメンタリーだ。オオモリ青年は映画用に創作されたキャラクターだろうと思っていたが、Oumouri Hassane氏はコモロ共和国で仕事をしていたときからのオドーネ夫婦の友人で、ミケーレが亡くなってからはロレンツォの世話を引き継いでいるという。「ロレンツォを安心して任せられるのは彼だけだ」とオーグスト氏はオオモリ氏に全面的に信頼している。参考

医学のバックグラウンドを持たない夫婦が28ヶ月間で「ロレンツォのオイル」と作り出した。その強い意志と努力にはひたすら敬服する。その行動の裏側にあるのは、「自分たちの無知によって子供を苦しめたくない」という思い。無知のまま諦めるな、これが映画のメッセージである。

そんな思いは当然、ALD患者家族の会と対立する。
家族の会の代表者は次のように語る。
「苦しむ家族にはかない望みを与えたくない。私たちの仕事は親たちを慰め、守ることです。」
「少しでも病人の立場に立てば、苦しみを長引かせるような行為はやめるだろう」
また、ロレンツォに付いていた看護士が「ここの状況は心地良いとは言えません。」と暗にホスピスを薦めたとき、ミケーラは即彼女をクビにしている。
「ロレンツォは耐えに耐え抜いてる。私たちは疑いや絶望をさらけ出すわけにはいかない。」
「私は あの子に約束したのよ。決して沈黙の世界には置き去りにしないと」
親しき者が治る見込みがほとんどない病気にかかったとき、自分ならどのように考えるだろうか?
患者が家族か他人かによって考え方は変わるだろうか?この問いかけに即答できる人はおそらくいない。実際にそういう状況になってみなければ、誰にもわからない感情なのである。

この映画はラスト、次のようなモノローグで終わる。

「この映画は1992年末に完成した。世界中でロレンツォのオイルが処方され、現在では大勢の少年がALDから救われている。オドーネ氏は医学の名誉学位を受けた。夫婦は基金を集めて「ミエリン計画」を推進している。震える子犬のミエリン生成にも成功。1年以内に人間のテストも行われる。ロレンツォもそのひとりだ。ロレンツォは現在14歳。頭を左右に動かせるし、視力も回復し、簡単な音を発声する。コンピューターの意思伝達も学習中」


 映画『ロレンツォのオイル』その後...。

オドーネ夫婦が考え出したエルカ酸のトリグリセリドは、「ロレンツォのオイル」として呼ばれるようになり、このオイルが血液中の長鎖脂肪酸値を正常化させるというニュースはたちまち患者の家族たちに広まった。そして映画の公開により「奇跡の治療薬」が現れた、というイメージは決定的なものになった。だが、患者によって病気の程度は違う。効果が表れない例も少なくなく、値段も高価であったことからオドーネ夫婦をペテン師呼ばわりする親まで出てきた。

ニコライス教授のモデルは、ジョンズ・ホプキンス大学教授,ヒューゴ・モーザー(Hugo Moser)氏である。映画で悪役として描かれたことにモーザー氏は深く傷つき、オドーネ夫婦との関係も悪化していた。

だが、「ロレンツォのオイル」の有効性について次々と疑問が出されるなか、オドーネ夫婦の味方となったのはモーザー氏だった。「ロレンツォのオイル」が長鎖脂肪酸値を正常化させたという事実は科学者として無視できなかったのだ。また、発症してしまった患者を治療することはできなくても、新生児のときなど早い段階でオイルを投与すれば発症を防ぐことができる可能性がある。
私の責任はこの病気で苦しむすべての子の現在と未来にある。」という台詞そのままにモーザー氏は実験を重ねていった。ついに2005年「ロレンツォのオイル」にALD発祥予防効果があることを証明する論文を発表した。モーザー氏は続いてスクリーニング法(the newborn screening for ALD)の開発に力を注ぎ、スクリーニング法の有効性を確認する研究を続けていた。だがその結果を見ることなくモーザー氏は2007年1月、この世を去った。

モーザー氏は「結果的に映画は有益だった」と語っている。
映画の中で「アメリカではフライドポテトに喉を詰まらせて死ぬ子供がALDで死ぬ子供よりはるかに多い。我々の病気は孤児扱い。研究費も出ない」というニコライス教授の台詞があるが、おそらく映画のおかげでALDに注目が集まり研究環境がよくなったから、という理由であろう。

前述のオドーネ夫婦とモーザー氏の関係は"立場は違っても目的は同じ"ことから良好なものに変わっていた。ミケーラは2000年7月に肺ガンで亡くなっている。そしてロレンツォも2008年5月30日誤えん性肺炎のため米南部バージニア州の自宅で死去。30歳だった。

「ロレンツォのオイル」と名づけられた油は米食品医薬品局(FDA)が実験的治療と位置づけているため、現在も保険適応外になる場合が多い。日本でも保険適用はなく、「ロレンツォのオイル」を手に入れるにはアメリカから個人輸入するか、代理輸入をしている新潟大学に問い合わせることが必要となる。

この人生は戦いだ。勝敗は神の手にある。戦いを祝福しよう。

映画の冒頭で紹介されるスワヒリ戦士の歌である。
副腎白質ジトロフィーの患者、その親、医療関係者それぞれが今も戦いを続けている。

映画『ロレンツォのオイル/命の詩』を感動物語として片付けるわけにはいかない。
16年たった今も続いている戦いのきっかけを描いたドキュメンタリーなのだ。
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ロレンツォのオイル@映画生活

主な参照資料
A Real-Life Sequel to 'Lorenzo's Oil'(Washington Post)
「ロレンツォのオイル」 その後(2)

2008.11.20 Thursday | 02:08 | 映画 | comments(4) | trackbacks(0) |

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2019.10.20 Sunday | 02:08 | - | - | - |

コメント

こんにちは。
この作品、ずいぶんと前に観ました。
ぼろぼろ泣けたのを覚えています。
ニック・ノルティとスーザン・サランドン演じる両親が、子供の病気の治療法を見つけようと、決して諦めず必死に戦う姿が気迫に満ちて怖いくらいのシーンで、
自分ならどうするだろう・・と思ってみていた記憶があります。
それほど強烈な印象でした。
>副腎白質ジトロフィーの患者、その親、医療関係者それぞれが今も戦いを続けている。
今回の記事を読むまで、すっかり忘れていました。今も戦い続けているのですね。

いつも読み応えのある記事が楽しみです。

連絡は不要とありましたが、リンクさせてもらいました。


2008/11/22 8:48 PM by zukka
zukkaさん、こんばんわ

僕もかなり前に一度ビデオに見ました。
ロレンツォさんがお亡くなりになったというニュースを
聞いてから、ずっと記事を書きたいと思っていましたが、
内容が難しいので延び延びに...。
もう一度映画を見直して、やっと書くことができました。

後日談を調べていくうちに、ニコライス教授のモデルとなった
ヒューゴ・モーザー氏の真摯な姿勢に感動しました。
映画では"悪役"だから実名を使ってもらえなったようですが...。

リンク大感謝です!
当方からも張らせていただきます。
もし差し支えがあれば、お伝えください。
2008/11/22 11:11 PM by moviepad
なつかしい!
私もこれすごく感動したんですが
あまりに感動しすぎて,また途中の過程も
息を止めて観てしまうくらいのめりこんでしまうので
鑑賞後の疲労感がすごかったです。
なので再見する勇気がない作品のひとつ。
息子のために道なき道をあきらめずに切り開いていったのが
一般人である夫婦だった・・・というのが感動的でした。
この作品のスーザン・サランドンの強さと優しさは
今も忘れることができません。
2008/11/24 9:57 AM by なな
ななさん、こんばんわ

>あまりに感動しすぎて,また途中の過程も
息を止めて観てしまうくらいのめりこんでしまうので
鑑賞後の疲労感がすごかったです。

この映画は1回見ただけで絶対に忘れられない
強烈なインパクトがありますね。

僕は10数年ぶりにこの作品を見直しました。
1回目はオドーネ夫婦に100%感情移入してしまい、
医者やALD患者家族の会は"悪役"にしか見えませんでした。

今回、再見してみて
医者との意見の相違は立場の違いがもたらすもの、
家族会との相違は、考え方の違いによるもので
彼らの言い分もそれなりに受け止めることができました。

とはいっても、オドーネ夫婦の
「無知によって子供を苦しませたくない。死なせたくない」
という思いにはやっぱり感動しました。

「ロレンツォのオイル」生成の貴重な記録であり、かつ難病に対面した親と医者の対応をリアルに描いた作品でもある。
ずっと語り継がれていく映画だと思います。
2008/11/25 1:26 AM by moviepad

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