映画のメモ帳+α

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ウェブ進化論

評価:
梅田 望夫
Amazonおすすめ度:
実証! ネット世界のもうひとつの可能性・・・
常識を学ぶ
ウェブ進化についての語り口はオプティミズム(楽天主義)を貫いている。
ドイツ映画『善き人のためのソナタ』は、旧東ドイツの諜報機関シュタージ(国家保安省)の実態を真っ向から描き出したはじめてのドイツ映画として話題になり、今年(2007年)アカデミー賞の外国語映画賞を受賞。日本でもヒットした。この映画の英語タイトルは『THE LIVES OF OTHERS』。「あちら側の人々の生活」という意味。映画の中でのあちら側とは、広く解釈すると資本主義国家のこと。「あちら側」も「こちら側」もリアルな現実社会である。

当書『ウェブ進化論』が語る「あちら側」とは、ネットを介して誰でも世界に情報を発信できるバーチャルな世界。携帯などのインフラに代表される「こちら側」から、GoogleAmazonなどが提供する「あちら側」に徐々にパワーシフトしていくというのが、当書の語る「web2.0時代」。GoogleとYahoo!の違いや、ネット特有のロングテール現象、ブログなど多くの事例をもとに検証していく。iTuneミュージック・ストアが取り扱っている100万曲超の楽曲の中で1回もダウンロードされなかった曲はないという話には驚いた。もちろん、これはロングテール現象の事例である。ソーシャル・ネットワークWikipediaのように「あちら側」においてネットの誰もが情報を共有することなどは、web2.0時代ならではのことだろう。

さて、このweb2.0とはいったい何だろうか?
はっきりいって論者の数だけ定義があるといってよい。

著者の梅田 望夫氏は本書の中で

10年以上経った今も「インターネットの時代」が相変わらず続いている。
「でもその中身は十年前とはずいぶん違う」という気分が業界に溢れ、昔の世界をWeb1.0,これからの世界をWeb2.0と称するようになった。

と前置きした上で

「ネット上の不特定多数の人々(や企業)を、受動的なサービス享受者ではなく
能動的な表現者と認めて積極的に巻き込んでいくための技術やサービス開発姿勢」

がWeb2.0の本質だという自説を述べている。

マイクロソフトがネットスケープを叩き潰すことはできても、グーグルを叩き潰すことができなかった。ネットでの「こちら側」から「あちら側」に移行し、競争のルールが全く違うものになる。よってインターネットの「こちら側」への拘りを捨てきれないビル・ゲイツ世代からインターネットの「あちら側」に全く新しい創造物を構築しつつある。若い世代へのいわば世代交代の時期であると述べている。

ブログ運営者としては、やはりブログの章を興味深く読んだ。

・今までモノを書いて情報を発信してきた人たちは「ほんのわずか」であり、彼らは「選ばれた」わけではなく、成り行きでそうなった「ほんのわずか」
・面白い人は100人にひとりはいる

こういう内容の記述にうなづく人も多いだろう。確かに、自分もこの映画ブログを通じて、トラックバックなどで他の映画ブログを読む機会も多いが、プロのライターが書いたものより面白い記事も決して少なくない。その一方で"「スパイダーマン」観てきたよ〜。面白かった!!!”としか書いていないような記事をトラックバックされて困惑することもある。知っている人ならまだしも、どこの誰だかわからぬ人から面白かったとだけ書いてある記事をTBされて、さあ読めといわれてもねえ(笑)。こんなこともネット時代ならでは、だろう。リアル社会で、見知らぬ人からこんな手紙をもらうことはありえない。

梅田氏は

・「カネは別のところで稼いでいて、表現行為は楽しいからやっているだけ」なんていう新規参入者がたくさんいるのも困りものだ。

と述べつつも、ブログで表現することによって「メシを食う」ことができる可能性については、疑問を呈している。

・質の高いブログもたくさんしているものの、同時に関心のないブログはその千倍以上増殖している。(中略)限られた時間をうまく使って、自分にとって面白いもの、意味あるものをいかにして読むか、という悩みに終わりはやってこない。

総表現社会といわれる現代、情報の取捨選択能力がいっそう重要性を増してくることを指摘する。

ウィキペディアに関する記述も興味深く読んだ。見知らぬ人どうしがネット上で協力して新しい価値を創出する手法「マス・コラボレーション」の事例として取り上げられている。

・ウィキペディアが目指すのは「そこそこ」の信頼性で「完璧」ではない。これからもずっと、「コストゼロ」で「そこそこ」の信頼性で進化を続ける百科事典を「グッド・イナフ(それくらいで十分)」と考える人と考えない人がいるだろう。問題は、その比率がどう動いていくかによる。

自分も記事を書くとき、ウィキペディアをよく参照する。
この映画ブログの中で最近、ウィキペディアをもとにして記事を書いた。
ところが、その参照記事が間違っていることに気づき、自分の記事をあわてて修正した記憶がある。早めに気づいたので、誰にも指摘されずにすんだが...。その間違い内容というのが、なんとミュージシャンの生年月日!こんなベーシックな情報が間違っているとは夢にも思わなかった。ウィキペディアはそもそもどこの誰が書いているかわからない。記事によって内容の充実性にはかなりばらつきがある。総体的にみて、ウィキペディアは簡単な調べごとには向いているが、厳密な正確性を要求される時の情報源としては弱いと感じる。

とにかく情報ばかりがあふれているWeb2.0時代。
これだけお手軽に情報が手に入るとラクではある。しかし、プロとアマチュアの境目があいまいになり、その情報が正しいのかどうかの確認作業、いわば”裏とり“に時間がかかることがある。文章を書く時間より長くなってしまうこともしばしばだ。1億総表現社会、情報があふれていることははたして本当に便利なことなのだろうか?と思うこともある。もっとも大手メディアからのニュースがいつも正確とは限らない。メディアの記事だって基本的な情報を間違っていることは比較的よく見かける。

インターネットが普及し始めた頃、デジタル・デバイドという言葉をよく聞いた。
まさにweb1.0時代の言葉であり、web2.0時代はネットの可能性を信じるものと、信じないものとの意識的な格差が広がっていくのではないかという気がする。You Tubeやグーグル・ブックサーチなどへの議論でたびたび取り上げられる著作権に対する考え方の違いなどはその際たる例であろう。

日本では今でも(昔ほどではないが)ネットの危険性ばかりに目を向けがちである。
そのことがネットの「開放性」を限定してしまいかねない。

結局、梅田氏がこの本『ウェブ進化論』で主張しているのは、ネットの善の部分を直視せよ、ということに尽きる。当書に書かれている考え方はしばらく、古くなることはないだろう。
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梅田 望夫 著 『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』(amazon)


2007.08.16 Thursday | 00:22 | web2.0 | comments(0) | trackbacks(0) |

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2017.04.26 Wednesday | 00:22 | - | - | - |

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