映画のメモ帳+α

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本田美奈子.さん 〜歌にすべてを託した天使・その3〜

「心を込めて...」のCDと同じ4/20 彼女のデビュー21周年の日に合わせ「天国からのアンコール 1986年のマリリン」、「天国からのアンコール 2006年のマリリン」という2冊の本が発売された。

彼女の写真、インタビュー語録、所属事務所社長、高杉敬二氏などのコメントなどで構成されている。
その中で特に印象的なセリフをいくつか拾ってみる
「(自分を)ごまかしてまでたくさんのファンがほしいとは思わない。個性をそのままだして、それを気にいってくれる人が少しでもいたほうがいい」
「私のとりえは歌だけ。歌をとったら何にも残らない」 
「信じるものは、血と汗と涙」
「いろんなことを経験して、シンガー、アーティストとして輝きたい。だから私は、みんなが"美奈子.の歌が好きだよ"っていってくれればそれでいいの」

この本には収録されていないが、ミュージカルをやったことで歌詞、心で歌うことの大切さを知った、ミュージカルでお歌の基礎レッスンをして、それをずーっとやっています、みたいなこともたびたび発言している。
 
ここで話題を元に戻す。そんな本田美奈子.がなぜカタカナ英語歌唱を平然と行ったのか?本田美奈子.ほどの努力家なら歌詞上の英語発音を習得することなどそれほど難しいことではなかったはずだ。音感のいい人でもあるし。

これは、ミュージカルを経験したことによる歌に対する考え方によるものではないか?日本人が、母国語でない言葉で歌った場合、どうしても発音に気をとられ、自分本来の持ち味が出せないのは、多くの歌手の英語バージョンで立証済である。
 
実際のところ、彼女は"英語曲を流暢に歌うこと"に興味がなかった、言い換えれば、それほどの意味を感じていなかったというところが真相だろう。うわべだけの発音に気をとられ、歌声を殺してしまうぐらいならカタカナでもいいから思い切り歌ったほうがいい...。と、これでようやく納得しました(笑)

本田美奈子.に関するさまざまな発言やエピソードを知れば知るほどひとつの結論が頭をよぎる。
「この人は、自分の歌に磨きをかけることしか考えていなかったのではないか」
一人前の歌手として認めれたいという気持ちは人の100倍ぐらいあったが、歌に関係のないところで脚光を浴びることにはほとんど興味がなかったようだ。

本田美奈子.はアイドルといわれることを嫌い、私はアーティストと発言したことが一部の人の失笑を買ってしまったことがある。歌が下手なことで知られる某大物女性歌手などは「本田美奈子がアーティストなら私は神」といい放ったらしい。さぞ悔しかっただろう。

元々演歌歌手志望だったという彼女。自分のなりたかったのは歌手であり、アイドルではなかった。それがアーティストという言葉になり、ロックバンド結成に駆り立てた。そして「レ・ミゼラブル」のキム役をオーディションで約12000人の中から勝ち取るやいなや(最終的に大竹しのぶと争ったと言われている)仕事を1年間休養し、歌のレッスンにあてた。彼女の言う"お歌の基礎レッスン"とはこの時期のことを言うのであろう。初のクラッシックアルバム「アヴェ・マリア」のレコーディング時彼女は「私はこのアルバムに命をかけている」と幾度となく語った。そして昨年20周年のテーマは"ノンジャンル" 演歌からクラシックまで何でもチャレンジしたいということだった。



この人のやりたいことはただひとつだ...... "歌いたい"
歌で生きていきたかっただけ
 
-根っから歌と音楽が好きで、ステージに立たせていただいているだけで本当に幸せです。-
本田美奈子.はステージでたびたびこう発言した。実際そのとおりで、たまに地方のデパートのイベントに呼ばれたりしてもイヤな顔ひとつせずまさに全力投球。実に楽しそうに歌っていたという。アイドルとして一世を風靡し、ミュージカルスターとしての地位も確立。プライドもあっただろうに...。歌える場所があり、聞いてくれる人がいればそれで十分幸せだったのだろう。まさに歌に自分のすべてを注ぎ込んだ人だった。

本田美奈子.をデビューからずっと追いかけてきたファンの人たちは実に幸せだったと思う。たったひとりの歌手を追いかけるだけであらゆる音楽を楽しめたのだから。歌謡曲からロック、ミュージカル、アルバムではシャンソンやボサノバにも挑戦している。そしてクラシック...。

もともと歌のうまかった人だが、まさに年を重ねるごとに磨きをかけていった。彼女の代表曲「命をあげよう」ひとつとっても、「ミス・サイゴン」に収録されているバージョン→アルバム用のレコーディングしたバージョン→そして「心を込めて...」に収録された仮歌バージョン。どんどんうまくなっている。

たいていの歌手は30すぎると、若いときの声量や声の艶を失い始め、とくに高い声が出なくなってくる。
内外の大物歌手を含め、実例には枚挙のいとまがない。本田美奈子.はどんどん進化し、なんとソプラノ歌唱まで自分のものにしてしまった。言葉にすると実に簡単だが、これはやっぱり驚異的な努力の賜物としか言いようがない。40すぎたらシャンソンに挑戦してみたいといっていた。もし彼女が、今回の病気を乗り越えたなら、生死をさまよった経験を糧に、天下無敵の"表現者"になれたはずだ。彼女のお通夜のとき、親友の南野陽子が「私も含めて歌も下手で努力もしていない人がたくさんいるのに彼女がなぜ...」と言い放ち一部で顰蹙を買ったようだが、僕は南野陽子の素直さに好感をもった。おそらく、本田美奈子.のまわりにいた人のほとんどが同じ気持ちだったと思われるからだ。"惜しい人を亡くした"などという陳腐な表現ではとても言い表せない悔しさが満ち溢れている。

本田美奈子.は伝説となった。
ただ、他の伝説と明らかに違うところは"現在進行形"の伝説であること。
誰もが"まさにこれからの人"だと感じていた矢先の悲報であった。
その伝説を形にするのはまさにこれからなのである。

本田美奈子.オフィシャルサイト






2006.04.24 Monday | 23:42 | 音楽 | comments(0) | trackbacks(1) |

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2017.10.20 Friday | 23:42 | - | - | - |

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