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第6回(1932〜1933年)アカデミー賞

第6回(1932〜1933年)アカデミー賞

第6回アカデミー賞作品賞カヴァルケード第6回アカデミー賞trivia
〜 フランク・キャプラの屈辱、キャサリン・ヘプバーン初受賞〜

★ 第6回アカデミー賞授賞式は1933年中には開催されず、翌年1934年3月16日に行われた。前年8月1日から当年7月31日までに劇場公開された作品、というノミネート作品対象期間を改め、カレンダーどおり1月から12月までとするためである。第6回は移行期にあたるため1932年8月から1933年末まで17ヶ月間のあいだに公開された作品の中から選ばれることになった

★ 不況は深刻で映画会社はどこも大赤字。当時全米の1/3にあたる6,000館がシャッターを下ろしたままだった。映画スタジオはどこも大幅な賃金カットを余儀なくされた。アカデミーを通して統一協定をつくったが全く効果がなかったため、脚本家や俳優は組合をつくって対抗。アカデミー協会は単なる御用組合であることが明白となってしまった。

★ 作品賞は『カヴァルケード』(大帝国行進曲)。ノエル・カワードの戯曲を原作とし、30年に及ぶイギリス上流階級の歴史を描いた作品。1899年の大晦日にはじまりボーア戦争、タイタニック号の沈没、第1次世界大戦、大不況時代と続く波乱万丈の家族ドラマであり、アカデミー会員がこの手の大作に弱いことが浮き彫りとなった。2015年、アメリカの映画情報サイトimdbが実施した歴代アカデミー賞受賞作品の人気投票で『カヴァルケード』は最も不人気な作品となった。うーん、決してつまらなくはないんですけど、何しろ古めかしい。戯曲が原作ゆえ、映画的魅力も乏しいし。戦争映画が過去6回で3回目の受賞、2年前の『シマロン』に続いて年代記大作が受賞...アカデミー作品賞が早くもマンネリ化しつつある?ちなみに現在のrotten tomatoesの評価はこれ。CAVALCADE (1933)。これが作品賞受賞作の評価!?この映画のテーマは「時が流れると...」そのままですね。個人的にはラスト近くに踊り子のフランシスが歌った"20世紀ブルース"がツボでした。日本公開時のタイトルは「大帝国行進曲」。原題のcavalcadesは"行進、パレード"という意味。時代を感じる、すごいネーミング(笑)。

★ 司会とプレゼンターをつとめたのは俳優、コラムニストのウィル・ロジャース
「もしオクラホマ州の出稼ぎ労働者がカリフォルニア州に移動したら、両方の州の知的レベルが上がるだろう」という発言はウィル・ロジャース現象として有名である。

彼は受賞発表において"お遊び"を2つもやってしまった。

まずは女優賞の発表時。候補にあがっていたメイ・ロブスンダイアナ・ウィンヤードの2人をステージに呼び寄せ「素晴らしい演技だ」とほめたたえた。観客に昨年に引き続き2人受賞か?と思わせたうえで欠席していたキャサリン・ヘプバーンの名を読み上げた。

ヘプバーンはブロードウェイの舞台を目指す新人女優を演じての受賞。彼女自身、ブロードウェイで評判の新人であり、ブロードウェイ・コンプレックスをもつハリウッド人からは「痩せて小生意気な娘」と陰口をたたかれてながらの受賞だった。24歳、3本めの映画出演での快挙である。個人的な感想をのべると映画はクソつまらなく、ヘプバーンの演技もどこがいいのかさっぱりわからない。酔っ払って『ロミオとジュリエット』を演じる場面があるが、そこが認められた?ラストも芝居がかっていて興ざめ。こんな演技が良しとされる時代だったのかな。期待の若手への投資としての受賞?メイ・ロブソンもダイアナ・ウィンヤードも受賞するにはやや弱いが『勝利の朝』のヘブバーンよりはよかったのでは?へブバーンのほうがインパクトは強いけどね。

さて、ウィル・ロジャースのお遊びの話に戻ります。
2つめは監督賞。アカデミー賞から無視され続けていたフランク・キャプラが『一日だけの淑女』で初ノミネートされ、最有力候補と言われていた。監督賞の封筒を切ったロジャースはこういった。「みなさん、彼は底辺から這い上がってきました。とてもいい奴です。さあ、ここに来て賞を受け取ってくれよ、フランク」 ここでロジャースは間を置いた。イタリア移民の子供として底辺から這い上がってきたフランク・キャプラは当然自分のことだと思った。興奮のあまり立ち上がってステージに向かったが、その後ロジャースは「受賞者はフランク・ロイド」と続けた。立ち尽くすキャプラに後方席は「邪魔だ、座れ」と罵声を浴びせた。キャプラが1971年に出版した"The Name Above the Title"という自伝によると「もっとも長い、もっとも悲しい、もっとも胸が張り裂ける歩み」で席に戻った。「2度と授賞式に出席しない」とまで思ったという。アカデミー史上、最も有名な"お遊び"をしてしまったウィル・ロジャースは翌1935年8月15日飛行機事故で亡くなっている。

★ 人気コラムニスト、シドニー・スコルスキーが「オスカーを手にしたのはキャサリン・ヘプバーン」と書き、オスカーという名前がはじめて報道に使われた。スコルスキーいわく「アカデミー賞の紳士気取りにはうんざりだ。せめて、あの黄金像を人間らしくしたかったのだ」とのことです。

★ アカデミー新会長J・セオドア・ リードが助監督であったことから助監督賞がもうけられた。7人も受賞者が出るという大盤振る舞いだったが翌年からは他の賞と同様にひとりになる。この賞は1937年までの6回しか続かなかった。


第6回(1932〜1933年)アカデミー賞ノミネート一覧

 マークは受賞作品。リンクは当サイト記事もしくはamazon

作品賞
カヴァルケード
  「戦場よさらば
  「四十二番街
  「仮面の米国
  「若草物語
  「わたしは別よ」
  「ヘンリー八世の私生活
  「永遠に微笑む」
  「あめりか祭」
  「一日だけの淑女

男優賞
チャールズ・ロートン 「ヘンリー八世の私生活」
  レスリー・ハワード 「BERKELEY SQUARE」
  ポール・ムニ 「仮面の米国」

女優賞
キャサリン・ヘプバーン 「勝利の朝
  メイ・ロブソン 「一日だけの淑女」
  ダイアナ・ウィンヤード 「カヴァルケード」

監督賞
フランク・ロイド 「カヴァルケード」
  フランク・キャプラ 「一日だけの淑女」
  ジョージ・キューカー 「若草物語」

脚本賞

<脚色>
「若草物語」
  「一日だけの淑女」
  「あめりか祭」

<原案>
「限りなき旅」
  「世界拳闘王」
  「RASPUTIN AND THE EMPRESS」

撮影賞
「戦場よさらば」
  「維納の再会」
  「暴君ネロ

室内装置賞
「カヴァルケード」
  「戦場よさらば」
  「WHEN LADIES MEET」

録音賞
「戦場よさらば」
  「四十二番街」
  「ゴールド・ディガース」
  「仮面の米国」

短編喜劇賞
「SO THIS IS HARRIS」
  「MISTER MUGG」
  「PREFERRED LIST」

短編実写賞
 「KRAKATOA」
  「MENU Pete Smith」
  「THE SEA」

短編アニメ賞
「小豚物語(三匹の小豚/三匹のこぶた)(THE THREE LITTLE PIGS)」
  「ミッキーの摩天楼狂笑曲(BUILDING A BUILDING)」
  「THE MERRY OLD SOUL」

助監督賞
チャールズ・ドリアン
ゴードン・ホリングスヘッド
デューイ・スターキー
チャールズ・バートン
スコット・ビール
フレッド・フォックス
ウイリアム・タミル

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2009.01.04 Sunday | 21:10 | アカデミー賞の軌跡 | comments(0) | - |

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