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コーラスライン

コーラスライン(1985 アメリカ)

コーラスライン原題   A CHORUS LINE  
監督   リチャード・アッテンボロー  
脚本   アーノルド・シュルマン      
撮影   ロニー・テイラー
作詞   エドワード・クレバン                 
音楽   マーヴィン・ハムリッシュ               
出演   マイケル・ダグラス アリソン・リード テレンス・マン
      マイケル・ブレビンズ  グレッグ・バージ
      ジャスティン・ロス キャメロン・イングリッシュ
      ブレイン・サヴェージ ヴィッキー・フレデリック
      オードリー・ランダース ジャネット・ジョーンズ
      ミシェル・ジョンソン カンディ・アレクサンダー

第58回(1985年)アカデミー賞編集、音響、歌曲賞("Surprise,Surprise")ノミネート

ミュージカル『コーラスライン』は1975年5月21日オフ・ブロードウェイのパブリック・ニューマン劇場で初上演されるや大反響を巻き起こした。2ヶ月後の7月25日にはブロードウェイのシューバート劇場に昇格、15年間にもわたるロングランとなり、1990年4月28日の最終公演までの公演回数は何と6137回! 1976年のトニー賞で9部門、ピューリッツァー賞演劇部門賞を受賞するなど内容的にも高い評価を獲得した。ちなみに”コーラスライン”とは舞台稽古において、役名のないキャスト(コーラス)がこれ以上前に出ないように引かれている白い区切り線のことである。

ドリームガールズ』などでも知られる振り付け・演出家マイケル・ベネットの代表作である『コーラスライン』の舞台は残念ながら未見。映画版を10年以上前にビデオで見ただけだ。ラスト、"one"を皆で歌い踊る場面に魅せられたため、面白かったような気がした映画だった。ただ、これがブロードウェイで大ロングランするほどのミュージカル?と漠然とした疑問が残ったのも事実。そこで今回、『ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢』というドキュメンタリー映画を鑑賞するための予習を兼ねてこの映画を見直した。あれから○年のときをへて、物語の解釈も深くなり、1回目では気づかなかった新たな魅力を発見できるに違いない!と思っていたのだが….印象は変化なし。情けないくらい全く同じ。面白かったような気はするのですが、何かが足りない。その何かとは何?ネット情報や劇団四季のサントラ、書籍『ブロードウェイ物語』などを参照していくうちに答えらしきものが見えてきた。それを今から書き綴りたい。

 オリジナル・キャストを完全無視

ブロードウェイの大ヒット作をハリウッドが目につけないはずはない。
1977年には映画化企画が立ち上がりました。マイク・ニコルス、シドニー・ルメットなど多くの監督がこの企画を拒否し、結局リチャード・アッテンボローが監督をすることで落ち着いた。『ガンジー』(1982)でアカデミー賞を受賞したばかりの、イギリスの”ナイト”が、何でこの”too American”な物語を監督するの?イヤ〜な予感がぷんぷんしますね。

ブロードウェイの初演から9年後の映画化。この手の企画にしては早いほうだ。
でも9年の月日は大きく、ブロードウェイのオリジナル・キャストは誰も映画版に出演していない。
何人かはオーディションは受けたものの、1人も採用されなかった。

「なぜオリジナル・メンバーを使わなかったのか?」という質問に対し、アッテンボロー監督は以下のように答えている。

「今では全員が30代末か40代になっている。これは、なんとかしてショービジネスの世界に入りたいと努力する若者の物語だ」

テレビでこの発言を聞いていたオリジナル・メンバーのケリー・ビショップ(シーラ役)は唖然とした。

「私はもうちょっとでテレビを壊すところだった。跳びあがってドシンドシンと部屋中を歩き回ったわよ。ショービジネスの世界に入る、ですって?ショービジネスの世界に入る、だって!彼は何にもわかっちゃいないのよ。これはそんなものじゃないわ!」


前述の『ブロードウェイ物語』によると、『コーラスライン』には3つの誤解があるという。
→以降が”正しい”と主張されている解釈である。

1. ショービジネスの世界で活躍するきっかけをつかもうとする<駆け出し>の物語である
→ 『コーラスライン』はすでにブロードウェイで踊っていて、可能な限り踊り続けたいと思っているダンサーの話である

2.『コーラスライン』はフィクションである
作品中のエピソードはすべて実在するダンサーの体験を下敷きにしており、大部分はそのまま取り入れている。

3.『コーラス・ライン』はマイケル・ベネットが頭の中で考え出し、完成した形でいきなり出てきたものである→ トニー・スティーヴンスとミション・ピーコックという2人のダンサーが自分たちと仲間のための作品を作りたいと考え、マイケル・ベネットやダンサーたちを呼び集め会合を開いたことがきっかけ。

1と2は作品の解釈を変えてしまう、大きな相違である。
『コーラスライン』映画版監督は少なくても1の部分を誤解したままで作っていたのだ。

 『コーラスライン』はダンサーの物語!

大ヒットしたブロードウェイ・ミュージカルの映画化に対して観客が望むものは何?
答えはただ一つである。

舞台版を完全にコピーすること

オリジナルの熱狂的ファンはいうまでもない。
また舞台未見の人は話題のミュージカルを安い映画料金で観てみたい。
それだけである。

"コーラスラインはあまりにも観客に愛されすぎているし、映画に翻案するには難しい題材である”
大ヒットミュージカルの映画化という、おいしい企画を有名監督たちが断わった理由だ。

舞台上でのダンサーの告白物語が映画化に不向きであることは誰でも容易に想像できることだが、それ以上に観客が"舞台を完璧に再現してほしい"と望んでいることをわかっているから監督たちは断ったのだろう。舞台版のコピーを撮りたい映画監督はいない。リチャード・アッテンボロー監督も当然映画用に脚色したが、それゆえに映画版『コーラスライン』は傑作とは呼べない仕上がりとなってしまった。

ブロードウェイ・ミュージカルの映画化の際、新曲がつくられるのはよくあることである。『エビータ』での"you must love me”、『ドリームガールズ』での"Listen"など例は枚挙にいとまがない。映画ならではのオリジナリティを一番わかりやすく示すことができるし、アカデミー賞歌曲賞狙いの意味もある。(映画用につくられたオリジナル曲でないとノミネート対象にならないため)

だが、『コーラスライン』のように、有名曲を新曲にすりかえてしまうというのはいかがなものだろうか?

新曲のひとつ“Surprise, Surpirise”という曲は唯一の黒人キャスト、リッチー(グレッグ・バージ)によって歌われるダンサブルなナンバー。ダンサー達の告白ばかりが続く単調な物語にスパイスをいれるため、全員での派手なダンス場面を挿入した、”黒人の役が小さすぎる”という批判をかわすため等の理由が考えられるが、セックスのよさを知ったという内容をここまで長まわしで撮られるとこっけいにしか見えない。このシークエンスは明らかに浮いている。この曲にすりかえられてしまったのが"The Montage(Hello 12、Hello 13、Hello Love)。(厳密に言えば1フレーズは残されている)。ダンサーは12、13歳くらいの年にはもう踊り始めていないとプロにはなれない世界だそうだ。舞台版を見ていないので断言はできないのだが、この思春期のめざめの歌を残したほうが、ダンサー物語にふさわしい気がする。またクリスティンが歌う"Sing!”。踊りは上手くても歌はダメというダンサーは結構いるはず。映画ではこの歌をカットしているため、クリスティンの場面がかなり拍子抜けだ。

またキャッシーが歌う"The music and the Mirror”という曲を"Let Me Dance for You”に変えてしまうのも首をかしげる。”The music〜”はダンサーの必需品である音楽と鏡、つまり踊るチャンスがほしい、とダンサーとしての切実な願いを歌った曲。これを「一緒に踊るパートナーがほしい。あなたのために踊るわ」とラブ・ソング色を強めた曲に変えてしまっている。イントロはいっしょであり、曲調も似ているがやはり”音楽と鏡”というダンサーの象徴ともいえる言葉があったほうがいい。

Donna McKechnie Music and the Mirror Chorus Line


次の"What I Did for Love”はもし踊れなくなったらどうする?というザックの問いかけに対して、(ラブソングの形を借りているが)「ダンサーとして生きた日々に悔いはない」という意味合いのもと、ダンサー全員で歌われる曲。映画ではキャシーがソロで歌い、こちらも字面どおりのラヴソングにしてしまっている。この脚色が一番まずい。ドキュメンタリー映画『ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢』のエンディングで使われたことからもわかるように”what I Did for Love”はコーラスライン物語の核をなす曲であるはずだ。ザック(マイケル・ダグラス)とキャッシー(アリソン・リード)の恋愛も物語の重要要素だが、あくまで主役はダンサーたち。ダンサーとして生き続ける決意を歌っている曲を表面的なラブソングに変えてしまっている。

改変を目的とした改変、もしくはダンサー物語よりラブストーリーに趣きをおきたかったのかもしれない。もしオリジナルに手を加えるなら、女装演技が親に見つかってしまったポール(キャメロン・イングリッシュ)の告白のあとに1曲ほしかったところだが...。

映画版の脚色からは、ダンサーを見下したような視点が垣間見れる。
『コーラスライン』はまぎれもなくダンサーの物語。これで良い映画に仕上がるわけがない。

ところで、『コーラスライン』と聞けば誰もが思い浮かべる曲は"One"。シルクハットと金色の燕尾服でオーディションに落ちたダンサーも含めて踊る場面は一度目にしたら忘れられないものになるだろう。

“One”はいろんな解釈ができる歌だ。
ダンサーひとりひとりがオンリーワン(one)
異なる過去をもつ人たちがダンスを通してひとつ(one)になる...。
忘れてはならないのは、ひとり(one)のスターを盛り立てるためのダンサーという意味合いである。よって“One”の場面でダンサーひとりひとりの顔をクローズアップなどしてはいけない。彼らは無名の、コーラスラインを超えてはいけないダンサーなのだ。映画版でもクローズアップはなされていない。さすがそこまで解釈誤りはしていないようだ。この3つの解釈を交互に思い浮かべるとラストはいっそう感動的になる。

Tony Awards (1976) - A Chorus Line ONE


映画『コーラスライン』の評価は評論家、観客ともに否定派優勢という結果に終わってしまった。
批判の多くは、感情的要素が舞台に比べて半減しているというものだ。映画が不評ですぐ忘れられてしまったため、舞台『コーラスライン』のロングランを手助けしたという皮肉な結果にもなってしまった。といっても映画版でも歌と踊りは素晴らしい。自分のような舞台未見の人間にとっては一見の価値はある作品。ああ、オリジナル舞台が観たかった!
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2020.06.29 Monday | 03:12 | - | - | - |

コメント

映画版のリチー役はロン・デニスではなく、グレッグ・バージという世界的タップダンサーです。もう故人ですが。
2008/12/23 5:58 PM by musee
museeさん、こんばんわ
ご指摘ありがとうございます。
オリジナル舞台でのリッチー役Ronald Dennisと混同してしまったようです。(大汗)
記事は訂正しました。
2008/12/23 7:24 PM by moviepad

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