映画のメモ帳+α

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華氏911

華氏911(2004 アメリカ)

「華氏911」公式サイトにリンク原題   FAHRENHEIT 9/11  
監督・脚本   マイケル・ムーア   
(ドキュメンタリー映画)

第57回(2004)カンヌ国際映画祭パルムドール受賞

自分とその側近の利益のために根拠のない戦争をはじめ、戦場に行くしか職がない若者をだまし死に追いやっている。金持ちをより豊かにするために、貧困層の若者が命を危険にさらし続けている。イラク戦争の発起人は現職のアメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュ。その"戦時大統領"の再選を阻止するため製作されたのがマイケル・ムーア監督『華氏911』だ。今、目の前で起こっている現実、そしてその男が再選されたならばこれからも続く無意味な戦死者の山。この無根拠な戦争を終わらせ犠牲者を少しでも減らしたいという真摯な思いが伝わってくる作品だ。

アメリカが人々を恐怖に陥れて消費につなげていることはムーアの前作『ボウリング・フォー・コロンバイン』でも触れられている。当作では国家レベルで国民の恐怖を煽る政府がテーマ。ほとんど警備員が配置されていない州もある。ここならいつでもテロできるらしい。ささいなエピソードの積み重ねにより、テロから国民を守るために戦争をやっているわけではないことを浮き彫りにする。この作品が示す事実のほとんどはこれまですでに語られていたことである。しかし、その事実を今までニュースが放送しなかった映像で見せ付けた威力ははてしなく大きい。

冒頭でアル・ゴアの勝利宣言の場面が流れる。ニュースは次々とゴアの勝利を伝えていた矢先、foxニュースチャンネルがブッシュの勝利を伝える。ブッシュの甥が勤めている会社だ。また、フロリダ州でブッシュの勝利が伝えられる。ブッシュの弟が知事を勤める州だ。いつのまにかブッシュが勝利したことになってしまった。

ホワイトハウスに向かうブッシュのリムジンは「不正な選挙で勝った」ブッシュに対する抗議者で満ち溢れている。車に卵を投げつけられる。途中で車から降りてホワイトハウスまで歩くのが慣例だ。だがブッシュを乗せたリムジンはそのまま走り抜けた。前代未聞の大統領就任式となった。

ブッシュ陣営は自分を支持しない黒人層の選挙権を根拠に乏しい理由で強引に剥奪する戦略をとった。アフリカ系黒人下院議員が次々と選挙の無効を主張する。上院議員の賛同者が一人もあらわれないため訴えは退けられる。議長はゴアだ。ゴアはどんな思いで彼らの主張を聞いていたのだろうか?

“9.11に大統領だったら何をしたか、よりも「9.11」以前に何をしたかの方が大切である”とムーアは語る。ワシントンポストによるとブッシュは大統領就任後、9・11までの8ヶ月のうち、42%が休暇だったという。go-go'sの「バケーション」という曲にのせてゴルフに興じるブッシュの姿が映し出される。FBIがテロの可能性を指摘していたにもかかわらす、ブッシュは事前の報告書に目を通さなかった。テロが行われても報復行動に2ヶ月も間をあけた。独立調査委員会の調査を途中で打ち切らせた。why? その答えを指し示すかのように ブッシュ一家とビンラディン家、サウジ王室との結びつきを示す映像が続く。ムーアは「ブッシュの野望 サウジの陰謀―石油・権力・テロリズム」の著者であるジャーナリスト、クレイグ・アンガーとともに米サウジアラビア大使館の前にたつ。有名人であるムーアは「マイケル・ムーアさん、ここで何をしているんですか」と警備員から尋問されてしまう。なんと駐米サウジ大使のバンダル王子は、アメリカ国務省が身辺警護措置をとっている。全駐米外交官でこのような措置がとられているのはこの人だけだという。この場面ひとつとってもブッシュ家とサウジ王室の結びつきがあらわになる。



9.11にかこつけて、ブッシュ政権が今までやりたくてしょうがなかったことを実行し始める。"アルカイダと何の関係もない"イラク攻撃。9.11の翌日ブッシュは「イラクが関係しているという書類を探し出せ」と側近を脅したというエピソードがこの作品で触れられている。そして国家権力によるすさまじいプライバシー侵害である「愛国者法」。2001年10月深夜につくられ翌朝可決された。もちろん誰も法案の内容を読んでいない。ホワイト・ハウスで車にのって 「マイケル・ムーアが法案を読んでさしあげます」とアナウンスする場面は爆笑。この法律により、実質的にはただの高齢者の集まりにすぎない平和団体が、内偵されたりジムでブッシュの悪口をいっただけの老人がFBIの質問を受けたりという珍事が次々と映し出される。

そして映画の視線はイラク戦争へとむかう。まだ物事の分別のつかない若者が戦場に赴き、まるでゲームを楽しんでいるかのようなコメントをする。不快きわまるシーンだが、彼らも元をたどれば被害者なのだ。ムーアはホワイトハウスの前で「戦争に賛成するなら自分の息子を戦場に」と上院議員に訴えるが案の定なしのつぶて。上院議員中、子供を戦場に送っているのは一人だけ。裕福層は自分の血を流さない。ムーアの横でイラク戦争の帰還兵であるヘンダーソン伍長が悲しげに見守っていたのが印象に残る。「2度とあんなことはしない」と語る彼の表情からは大きな心の傷を背負ったものの悲しみと怒りが静かに醸し出されている。

ムーアの故郷フリントに住むライラ・ リップスコムさん。「この小さな町に住むより戦場に言っていろんなものを見たほうがよい」といって職のない若者に「就職の場」として軍隊に行くことを奨励してきた。 父を戦争で亡くし、2人の兄はベトナム戦争、長女は湾岸戦争にそれぞれ従事。自宅には星条旗の掲揚も欠かさない典型的な「愛国者」である。彼女は「私の家族を侮辱しているようで」反戦運動に嫌悪感を抱いていた。そんな彼女が息子をイラク戦争で失った。息子からの手紙には「何のための戦争なんだ。今度の大統領戦であのバカが再選されないことを望む」と書き記されていた。実際に戦場に出向き、戦死した若者の言葉は重い。

ライラさんは息子の"遺言"を受け止め反戦運動をはじめる。ライラさんは、イラク戦争開戦を宣言するテレビ放送の直前、ブッシュ大統領が落ち着きのない表情で目をキョロキョロさせる映像を見て「大統領は、息子を死に追いやる開戦宣言の直前までふざけていた」と唖然としたという。「戦死した兵士の家族はどんな気持ちだろう。胸がいたむよ」とブッシュが語る映像も映し出される。ひとかけらの誠意も感じられない表情,口調だ。映像はすべてを映し出す。

この作品に対して「単なるニュース映像のつなぎ合わせ」という批判がある。では、この「ニュース映像」はどこまでニュースで報道されたのだろうか。「9.11」の当日、2機目の飛行機が飛び込んだとき、ヤギの絵本を退屈そうに眺めているブッシュの映像をどのTV局が流した?学校側は、ムーアが尋ねるまでどのメディアにもビデオの存在を尋ねられなかったという。

ドキュメンタリーとして公平性にかく、という批判も多い。ドキュメンタリーであっても人の目を通して撮影され、人の目を通して編集される以上公平・中立などはありえないと僕は思っている。偏った作品、という批判はきわめてナンセンス。どんなドキュメンタリーだって偏っている。偏りをわかりやすく提示しているか巧妙に隠してあるかの違いがあるだけだ。「この映画は事実を基にした自分の見解だ。映画や小説に作者のメッセージを込めるのは当たり前。それを観て同意するかどうかは観客の自由だ。ディベートすればいい」とムーアは語る。

プロパガンダ(政治宣伝)映画にすぎないという批判もある。「これは事実を積み重ねたドキュメンタリー映画。プロパガンダじゃない。新聞やテレビが、それこそさんざん行ってきた戦争プロパガンダの解毒剤でもある」 とムーアは反論する。
 
兵士はほとんど貧困層の若者。その若者が裕福層により利益をもたらすための戦争で命を散らしている。大企業は「戦争はもうかる」といって会議に余念がない。ムーアの目先の目標は「ブッシュの再選を阻止すること」だが最終的な目的は10%の金持ちが支配するアメリカの経済システムを改善することだという。

自分たちの利益のために何千人もの人々を無駄死にさせたジョージ・W・ブッシュ。
その再選阻止のために命をはってこの作品を制作したマイケル・ムーア。
民主党から支援を受けているわけではない。彼は「イラク戦争に賛成票を投じた」ケリー候補の支持表明もしていない。たったひとりではじめた反ブッシュ運動なのだ。ブッシュが再選されれば確実にイラク情勢は悪化の一途をたどる。これ以上、無意味な戦争で散る命が増えるのを防ぐため製作された作品だ。アカデミー賞ドキュメンタリー部門のエントリー資格を放棄してまで大統領戦直前の全米TV放送を強行。「自分にとってのオスカーはブッシュ落選」ムーアに迷いはなかった。

「私の仕事は、人々が見ないでいたものを目の前に突きつけることだ」ムーアは言う。この映画ほど実際に映画を見ていない人が、知ったような顔で語っている作品はない。共和党支持者は「デタラメばかり」と決めつけ、ほとんどがこの映画を見ていないという。

こんな真摯な思いでつくられた作品に対し「単なるプロパガンタ映画」「ドキュメンタリーとして偏っていて公平性に欠く」「映画としてはどうもいただけない」など訳知り顔で語る人に僕は強い抵抗を覚える。『華氏911』は巨大な権力が作り上げた現在進行中の暴挙に対し、たった一人で闘いを挑んだ男の想いの結晶なのだ。
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上記の文は、映画の日本公開直後である2004年8月、別の場所に書いたものです。てにをはレベルの修正はしましたが、記事内容自体には手を加えていません。

さて、その後は皆様ご存知のとおり。ムーアの尽力むなしくブッシュは再選されてしまいました。この映画は"turn Bush-haters into bigger Bush-haters"(もともとブッシュ嫌いの人の憎悪を深めさせただけ)であり、ブッシュ支持の保守層は『華氏911』を観なかったため、この映画の影響はなかったという見方が強いようです。

『華氏911』はブッシュ再選阻止という当初の目的をはたせなかった。
じゃあ、この映画には何の意義もなかったのか?というとそんなことはない。
有事の前後におけるアメリカ政府の貴重な行動記録になっています。
9.11の発生当時、情報を知らされていながら小学校でヤギの絵本の朗読を聞き続けていたブッシュの映像はこの映画が発掘したもの。これは忘れてもらえないでしょう。愛国法のような重要な法案が「議員が誰ひとり法案を読むことなく」可決されてしまう。これは日本でも大いに起こりうることです。イラク攻撃、愛国法の成立など”前からやりたくて仕方なかったこと” を戦争にかこつけて実行してしまう。そして戦争の裏側で大企業が巨額の利益をえている…。ブッシュ政権は9.11の謎解明はそこそこに、”非常事態”を大義名分に自分たちの欲望をはたし、かつ何千人もの若者の命を無駄に散らした。この蛮行は後世に伝えるべきことです。

『華氏911』は続編製作が決定しており、ブッシュの任期満了にあわせて2009年に公開されると噂されていました。2008年は大統領選の年なのに話を聞かない…と思っていたら…さすがマイケル・ムーア。黙ってみているはずはありません。

まず『Mike’s Election Guide』という本を8/19、全米で発売。大統領選のガイドブックだそうです。(この本の顔写真、画像修整っぽい
また、『SLACKER UPRISING』というDVDを10月に発売予定。2004年大統領選挙のときの若者たちの投票模様を撮影したもので民主党支持者向けの内容に仕上がっているそうです。(これが続編じゃないよね?)驚くのはこの作品、9月23日から3週間、インターネットで無料ダウンロードOKだとか!(ただし北米住民に限る)。若者の投票率をあげるための処置でこれにより100万ドルの赤字が見込まれるとか!なんと太っ腹! (外見にあらず)



シッコ』(2007)は公開直前、youtubeに本編すべてがアップロードされ1000回以上アクセスされてしまうという事件が起こりました。しかし、「この手段であっても観てくれた人がいたことは結構うれしい」とムーアはそれほど怒っていなかったといいます。今回はその教訓?を逆手にとったような対応。自分のメッセージが多くの人に伝わることを最優先に考えている。”『華氏911』は戦死した兵士をネタに金もうけしただけ”という批判に対する回答をしめしたとも言えるでしょう。

アメリカ同時多発テロ事件から7年をむかえる本日。"9.11を風化させてはいけない。テロを絶対に許してはいけない。"そういう趣旨の報道があふれると思います。でも、それと同時に9.11にかこつけたブッシュ政権の蛮行も風化させてはいけないのです。映画『華氏911』は、そのための最高のテキストといえるでしょう。
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11/19追記
バラク・オバマ氏の次期大統領当選で、ムーアは「言葉にならないほどうれしい。涙が止まらない」とのコメントを発表しています。オバマ氏当選を受け、ムーアは『華氏911』の続編製作を取りやめるようです。新作は金融不安と経済問題を取り扱った作品になると言われています。

華氏911@映画生活

マイケル・ムーア公式サイト(英語)

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2017.04.26 Wednesday | 02:41 | - | - | - |

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