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4ヶ月、3週と2日

4ヶ月、3週と2日(2007 ルーマニア)

「4ヶ月、3週と2日」原題   4 LUNI, 3 SAPTAMANI SI 2 ZILE   
監督   クリスティアン・ムンジウ   
脚本   クリスティアン・ムンジウ      
撮影   オレグ・ムトゥ 
出演   アナマリア・マリンカ ローラ・ヴァシリウ
      ヴラド・イヴァノフ アレクサンドル・ポトチェアン
      ルミニツァ・ゲオルジウ アディ・カラウレアヌ   

「僕はテーマから映画をつくらない。そのとき自分が一番気になる、心痛む話を書こうとする」
このように語るクリスティアン・ムンジウ監督が、1987年、実際に起きた話としてある女性から聞き出した話をもとに作り上げた映画が『4ヶ月、3週と2日』。チャウシュスク独裁政権末期のルーマニアで、当時は違法だった妊娠中絶をするために、女子大生が奔走する一日を描いたこの作品は、第60回カンヌ国際映画祭(2007)で、立ち並ぶ巨匠監督作品を押しのけパルムドール(最高賞)を受賞、ヨーロッパ映画賞でも作品賞・監督賞を受賞するなど高い評価を獲得している。独裁政権下を生き抜こうとする人々の姿が見事に描かれている作品だ。

ビニールシート、歯磨き粉、石鹸、ドライヤー...。「まるでピクニックに行くようね」という台詞があるが、これは中絶を行うための準備品である。オティリア(アナマリア・マリンカ)とガビツァ(ローラ・ヴァシリウ)は大学寮のルームメイト。望まぬ妊娠をしたガビツァが中絶を実行する日がついにやってきた。

ルーマニアでは1966年、政令770号により中絶が禁止されている。2300万人の人口を3000万人にまで増やして工業化に必要な労働力を確保することが目的であり、決して人道的な理由ではない。45歳に満たない女性は子供を4人生むまで中絶は禁止。妊娠は職場単位でチェックされ、生理が止まったものに対しては確実に出産したかどうかまで調査されたという。その効果は抜群で、1970年代初頭には子供の数が1966年以前の2、3倍にふくれあがった。そんな社会状況を背景に物語は展開していくのであるが、映画の中で説明は一切してくれない。音楽すらほとんどなく映像の積み重ねだけで"今、何が起きているのか?登場人物は何を考えているのか"を観客に理解させようとする。ちなみに映画のタイトルである『4ヶ月、3週と2日』とはガビツァの妊娠状態を指し、堕胎するには危険水域に入りつつある時期なのだが、映画の中ではそのことも説明されていない。妊娠4ヶ月をすぎると殺人罪が適用され、懲役5年から10年の刑になることが台詞の中で語られているだけだ。

「留守中、金魚のエサはどうするの?」
オティリアはガビツァに聞く。
「やらなくても平気だと聞いたわ」
あっけらかんと答えるガビツァ。一瞬、あきれたようにガビツァを睨むオティリア。このワンシーンで、2人の感覚の違いがよく表現されている。その後、オティリアは寮の中で子猫を見つけるとすぐ自部屋に戻り、エサである粉ミルクを探す。弱きものの力になりたいという気持ちが強い性格なのだろう。この頃、ルーマニアではパンまで配給制であったというのに...。

無断欠勤の件で事務員に呼び出されていることを同級生に伝えられると「彼女、タバコは吸うの?」と聞く。事務員が喫煙者であることを知ると、オティリアはタバコの調達に走る。この頃のルーマニアではタバコは貴重品であり、賄賂のように使われていたことがよくわかる。やっと予約がとれたホテルでも、オティリアはフロントデスクにそっとタバコを置いて立ち去っている。逼迫した社会で、タバコは数少ない心の安らぎだったのだ。タバコはこの映画の中でいらだちの象徴として使われている。

さて妊娠中絶をめぐる物語と聞くと、この映画のテーマは"女性の正当な権利を訴えること"であるかのように思える。もちろんそういう要素もあるが、この映画のメインテーマはあくまで独裁主義政権が人々にどのような精神的影響を与えるかである。キーワードは"信頼"だ。共産主義政権であったルーマニアでは秘密警察(セクリタテア:Securitate)が睨みを聞かせており、人々は裏切りや密告におびえながら暮らしていた。旧東ドイツにおいて諜報機関シュタージの影におびえ家族や恋人まで密告しあっていた姿を描いた『善き人のためのソナタ』(2006)と同じような状況が展開されていたのだ。

オティリアがバスの切符を他の乗客からゆずってもらう場面が出てくる。乗務員はいかにも疑わしそうにオティリアに切符を戻す。この場面について監督は「当時の人々の間には、体制側の人間を共通の敵とみなして、何かあったら助け合おうという認識があった」と述べている。

堕胎を行うベベ(ヴラド・イヴァノフ)とオティリアが車の中ではじめて顔を合わす場面でベベはいきなりこう語る。
一番大切なのは信頼だ
「はじめて会っただけで、信頼に値する人物かどうかはわかる」
女性だと思っていたのに男だった…オティリアは戸惑いを隠せない。その後、男であったゆえにオティリアには思わぬ弊害が降りかかるのだが...。
一通りの措置が終わりベベが立ち去った後、オティリアはガビツァへの不信感を露にする。
「なぜ2ヶ月なんて嘘をついたの」
「なぜ自分で会いにいかなかったの」

その後、オティリアは恋人の母親の誕生会にむかう。最初断っていたのだが、母親が彼女のためにパイを焼いて待っていると聞き、しぶしぶ参加。ちょっと顔を見せただけですぐ帰るつもりだったのだが呼び止められ、食事に加わるはめになる。義理のため、気の進まぬ集まりに参加せざるをえなかった経験は誰でもあるだろう。“違法行為”を無事に終わらせることしか頭にないオティリアにとって、食卓で議論されていることなど単なる雑音にすぎない。オティリアはまったくしゃべらない。だがその表情だけで彼女が何を考えているかがはっきりわかる。実に秀逸な見せ方である。

やがて、オティリアは恋人の部屋に入る。彼女の態度に不信感をもった男はその理由を問いただす。
しぶしぶ事情を説明するオティリア。前もって話してくれれば自分も手伝うことができたのに、と言う男に対し「話し合いもできない人にどうやって手伝ってなんていうの」
そして彼女は男に問いただす。
「もし私が妊娠したら」
「何とかする」
不機嫌な彼女をなだめるべく、男はその場を繕おうとする。
「愛している。いっしょにいたい」
「とにかく(ガビツァの様子が気になるので)電話をもってきて」
その場しのぎの反応を見抜き、オティリアはさらに男を問い詰める。
「なぜあなたは私に謝ったの?」
男は弱りはて「一緒に暮らそう」と持ちかける。彼女は答える。

いつまで?

この2人のあいだには、人間としての信頼関係が完全に失われている。

この映画を見終わって誰もが疑問に思うのは"なぜオティリアは他人のことなのに、我が身を危険にさらしてまで奔走するのか?"ということである。自分が正しいと思う道をひたすら邁進する、若者らしい一本気さだと思う人もいるかもしれない。ガビツァとの友情を大切にする気持ちもあるだろう。だが、秘密警察がはびこる当時のルーマニアの状況を抜きにしてこの行動の意味を理解するのは難しい。お互いを疑いながら人々は暮らしている社会。ほんのささいなことでも信頼を失ってしまう。そうなるといつ自分が秘密警察に密告されるかわからない。そのような状況の中で貸しをつくることによって”自分を裏切ることができない人”をキープすることは非常に意味があることなのだ。

113分の上映時間、観客はオティリアと同じ目線にたってサスペンスを体験する。緊張感が満ち溢れている映像は、不安定な状況のなかで人を信頼するということがどれだけ難しいかをいやがおうでも知らしめてくれる。物語でも台詞でも映像の美しさでもなく、場面の積み重ねによって感情を伝えていく。映画の王道ともいえる演出に100%忠実で、欠点がまったく見当たらない完璧な作品。カンヌ国際映画祭パルルドール受賞も大納得!まさに珠玉の一品である。
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4ヶ月、3週と2日@映画生活


2008.03.09 Sunday | 03:38 | 映画 | comments(4) | trackbacks(8) |

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2018.10.14 Sunday | 03:38 | - | - | - |

コメント

こんにちは。

>貸しをつくることによって”自分を裏切ることができない人”をキープする

これには思いが及ばなかったです。
なるほどと思いました。
2008/03/09 10:50 AM by えい
えいさん、こんにちわ

オティリアとガビツァはあまりにも性格が違うし、親友というより単なるルームメートという感。
友情からくる行動とは考えにくい。
また"女性の正当な権利"を主張するという雰囲気でもない。
となると...多分意識はしていなかっただろうけど
"苦境下の仲間づくり"みたいな感覚が潜在的に働いたのでは?と。
ガビツァはいざというとき全然頼りになりそうもないけど(笑)
当然このことは友達にも伝わるわけで、自分が"信頼できる人"であるという大きなアピールにもなる。
苦境下のサバイバル術だと考えてようやく納得できる行動です。

『善き人のためのソナタ』と違って秘密警察は全然映画に登場しない。
まるで『ジョーズ』みたいな演出です(笑)
2008/03/09 11:21 AM by moviepad
彼女が危険を犯してまでルームメイトのためにあんなに奔走するのは現代の資本主義社会に生きる我々からすれば疑問なところも多いです。

でも共産主義社会で独裁政権下だったルーマニアで、思考回路まで制限されていたであろうあの時代だったら、十二分にありえた話だと思いました。
2008/03/29 8:10 PM by にゃむばなな
にゃむばななさん、こんばんわ

主人公の行動は権力に対するささやかな抵抗だと思います。
監督が言うように「あの頃はこういう時代だったんだ」と考えないと、
なかなか理解できない行動を描いた作品は最近とくに多いですね。

時代特有の空気を描くのに、映画はもっとも適したメディアだと思います!
2008/03/29 11:53 PM by moviepad

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