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その名にちなんで

その名にちなんで(2006 アメリカ・インド)

「その名にちなんで」公式サイトにリンク原題   THE NAMESAKE  
監督   ミラ・ナイール  
原作   ジュンパ・ラヒリ 『その名にちなんで』   
脚色   スーニー・ターラープルワーラー      
撮影   フレデリック・エルムズ                  
音楽   ニティン・ソーニー               
出演   カル・ペン タブー イルファン・カーン
      ジャシンダ・バレット ズレイカ・ロビンソン
      ライナス・ローチ ブルック・スミス ジュンパ・ラヒリ

デビュー短編集『停電の夜に』がいきなりピュリッツァー賞を受賞して以来、ジュンバ・ラヒリは世界中の注目をあびる作家。そのラヒリの処女長編を映画化したのが『その名にちなんで』です。監督はインド出身のミラ・ナイール。「カルカッタからニューヨークにわたる女性の物語は、私が歩んできた道とほぼ同じ」と語るナイールは、アメリカに渡ったインド人夫婦とその子供たちによるアイデンティティの模索と家族の絆を思い入れたっぷりに描きだしています。



〜物語〜
1974年、インド・コルカタ(カルカッタ)の学生アショケ・ガングリー(イルファン・カーン)は列車旅の途中、同乗していた老人ゴシュから「若いうちに見聞を広める旅にでよ」とアドバイスを受ける。その直後に事故により列車は転覆してしまう。アショケは手にしていた、ニコライ・ゴーゴリ著『外套』の1ページを握りしめていたのが救助隊員の目にとまり、奇跡的に救出された。アショケはゴシュのアドバイスに従い、アメリカの大学で工学を学ぶ。見合いのためコルカタに戻ってアシマ(タブー)と結婚。ニューヨークで新生活をスタートさせる。妻は妊娠。病院から出生証明書のために名前が必要だと言われる。名前を決めることをお願いしていたアシマの祖母からの手紙がまだ届いていなかったため、その場で息子を”ゴーゴリ”と名づける。ゴーゴリ(カル・ペン)は成長するにつれて自分の名前を嫌い、大学入学と同時に”ニキル”と改名してしまう...。

しかし、デビュー作、しかも短編集でいきなりピュリッツァー賞というのはすごいですね〜。
『停電の夜に』は自分も読みましたが、異国の地で徐々に夫婦がなじんでいくこと、老家主との交流などを描いたラストの「三度目で最後の大陸」が特に心に残りました。この短編のラストは、こう記されています。
「あの宇宙飛行士は、永遠のヒーローになったとはいえ、月にいたのはたった2時間かそこらだ。私はこの新世界にかれこれ30年は住んでいる。なるほど結果からいえば私は普通のことをしたまでだ。国を出て将来を求めたのは私ばかりではないのだし...(中略)、その一歩ずつの行程に、自分でも首をひねりたくなることがある。どれだけ普通に見えようと、私自身の想像を絶すると思うことがある」
原作長編はこのテーマを膨らませたような作品です。

 引用はすべて小川高義氏の翻訳文を参照しています。



原作も映画も、とくに主役を置かず、複数の人の視点で物語が綴られています。強いて言うなら、原作では前半は父アショケ、後半は息子ゴーゴリの、映画ではゴーゴリの視点が中心となっているように思えます。ところが、その映画でのゴーゴリの描き方に少し違和感を覚えました。まず、原作にはゴーゴリがタージ・マハールを見たことをきっかけにして設計を志すような記述はありません。家族でタージ・マハールを訪れる描写はありますが。これはタージ・マハールを映画の中で映し出すためのサービス・ショットと考えたほうがいいでしょう。(笑)まあ、この程度の脚色ならかわいいものなんですが...。ちょっとこれは?と思ったのは物語が動き出す後半部分。まず、ゴーゴリが自分の名前を嫌ったのは、何も”高校の授業中に友達からからかわれたから”ではないのです。高校教師が、作家ゴーゴリについて解説し、それを苦渋の思いで聴いているゴーゴリの姿は原作にも出てきますが、その後友達が彼をからかうという描写はありません。ゴーゴリが自分の名前をいやがったのは、有名作家と同じだからというよりは、むしろ名前がロシア系だったからです。親の故郷のインドでもなく、生まれ育ったアメリカでもない。ガングリーというもろにインド系の苗字に、ロシア系の名前がついている。その名前を見たときの人々が彼にむける奇異の目が苦痛だった。ただでさえ、インドとアメリカの間でアイデンティティが揺れ動く立場なのに、さらに名前によってまた自分とまったく関係のない別の国が加わる...。それでも結局は、まわりが名前についてとやかくいうというよりも自分自身の心理的過剰反応による部分が大きかったのです。これを"名前で友達にからかわれたから”という現代風でわかりやすい設定に変えてしまうのはいくらなんでもねえ。まったくの見当違いとまではいえませんが、映画のテーマに関わる部分だけにこの脚色はいただけませんでした。

------------ 以下激しくネタバレしております。未見の方は要注意!-----------------

前半部分のゴーゴリは映画の中ではただの小憎たらしいクソ俄鬼です。まあ、原作でも似たようなもんですが(笑)よって父のかつての住居を訪れたとき、原作では映画のように「ごめんね」と泣き崩れたりはしません。また、故郷の慣習にならい、親が死ぬと喪にふすために頭を剃ったりもしません。父の死後、そこまで急ピッチで父親を理解することはできなかったのです。観客に対して、ゴーゴリを好ましい青年に見せるための演出なのか、それとも物語をわかりやすく感情移入しやすくするためなのか?
原作の最後に以下のようなゴーゴリの独白がでてきます。
「そして父があのように急にいなくなったことを思えば、その死こそが最悪の偶発事だったに違いない。(中略)何はともあれ、そういうことが重なって、ゴーゴリという人間ができあがり、どんな人間かを決められた。予習しておけるようなものではない。あとになって振り返り、一生かかって見つめ直し、何だったのかわかろうとするしかない。これでよかったのかと思うようなこと、まるで話にならないようなことが、しぶとく生き残って最終結果になってしまう」
そしてラスト、"もう少しで彼の人生から消えるところだった"父からプレゼントされたゴーゴリの短編集を偶然みつけ、ようやく読み始めるのです。父親の死後のゴーゴリの行動描写は、この原作のラストが醸し出している"時がたってようやく理解する"という感覚を適切に表現していないように思います。

じゃあ、この映画は原作のエッセンスをぶち壊しまくっているのか?というと不思議とそういう印象はありません。物語の鍵を握ると思われるセリフはきちんと引用されていたということもありますが、それよりも、ラスト場面を見てすべてを納得してしまったからであります。監督がこの物語を通して描きたかったことはコレだったんだな、と。映画版『その名にちなんで』はアシマの物語だったのです。

アシマは若くしてアショケと結婚。故郷インドを離れます。インドに帰りたいと泣いたこともありましたが、夫の夢に連れ添った。夫とは見合い結婚。結婚してから愛をはぐぐんでいったパターンです。その夫が急に自分のもとからいなくなり、子供たちもそれぞれ独立した...。今までは運命の導くままに生きてきた。夫の死、子供の独立...はじめて孤独を味わったアシマが選択した"今後の人生"。アショケと暮らした家を売り払い、最後のパーティでのアシマのセリフ。ここに監督は自分自身の思いを重ねたのでしょう。そしてインドに帰ったアシマが妖艶に歌う場面で映画は終わります。インドとアメリカの2国をさまよって生きる自分自身の運命を受け入れ、生まれてはじめて自分の意思で人生を切り開いていく。精神的開放感にあふれた美しい場面です。

また、原作者のジュンパ・ラヒリは「移民またはその子供にとっては、暮らしている場所がホームであるとは言い切れない」と語っており、この物語の中でも自己のアイデンティティに苦しむゴーゴリを通してその問題を問いかけています。父が死に、母もアメリカに常住しなくなる。ゴーゴリにとって、"自分がかつてゴーゴリという名前であった"ことを知る人がほとんど身の回りにいなくなる。"ゴーゴリ・ガングリー"という名前が世の中から消え行くときが近づいている。それでも彼の心の中に"ゴーゴリ・ガングリー"は残る。2つの国、2つの名前。そのどれもが彼にとって"ホーム"。自分の人生の根幹に関わるものを消し去ることはできない。

映画、原作どちらも一度触れただけですべて理解するのは困難です。自分の運命を時間をかけて受け入れていくように少しずつその意味を解きほどいていく、そういうタイプの物語です。心にゆっくりと染み渡る一遍!
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2007.12.24 Monday | 02:23 | 映画 | comments(2) | trackbacks(8) |

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2019.09.05 Thursday | 02:23 | - | - | - |

コメント

こんばんは!元旦に見てまいりました。
なるほど、原作とはまたちょっと違ったつくりになっているのですね。
なんとなく「約束の旅路」を思い出していました。
2008/01/02 2:56 AM by カオリ
カオリさん、こんにちわ

長編小説の映画化としてはうまくいっている部類の作品だと思います。
うーん、映画を先に見たほうが素直に楽しめたかなって感じはしましたね(笑)

今年もよろしくお願いします。!
2008/01/02 11:40 AM by moviepad

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