映画のメモ帳+α

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PEACE BED アメリカVSジョン・レノン

PEACE BED アメリカVSジョン・レノン(2006 アメリカ)

「PEACE BED アメリカVSジョン・レノン」公式サイトにリンク原題   THE U.S. VS. JOHN LENNON
監督・脚本    デヴィッド・リーフ 
           ジョン・シャインフェルド   
監修   オノ・ヨーコ  
撮影   ジェームズ・マザーズ
編集   ピーター・S・リンチ2世                  
出演   ジョン・レノン オノ・ヨーコ
      ジョン・ウィーナー ロン・コーヴィック 
      アンジェラ・デイヴィス ジョン・シンクレア
      タリク・アリ ボビー・シール
     (ドキュメンタリー映画)

2001年9月25日、ニューヨーク・タイムズ紙に広告主の名がない全面広告が掲載されました。
白地に以下のメッセージだけが記されています。

Imagine all the people living life in peace.

いわずとしれた、ジョン・レノンの名曲「イマジン」の歌詞の一節です。広告主はジョン・レノンの妻オノ・ヨーコであったことがまもなく明らかになりました。

9.11直後、テロに対する報復ムードが高まるアメリカでは「イマジン」はほとんどの曲で放送が自粛されてしまったそうです。死後25年以上たった今も絶大な人気を誇るジョン・レノン。そんな彼の平和活動家としての側面に焦点を当てたドキュメンタリー映画が『PEACE BED アメリカVSジョン・レノン』です。監督のひとりであるデヴィット・リーフディクシー・チックスらの有名人がイラク戦争や大統領に対して意見をのべたとき起こったことを見て、35年前のジョン・レノンを語ることで、今のアメリカに関連するドキュメンタリーができると考えたといいます。ジョン・レノンという世界のスーパースターが権力に立ち向かう姿を通じて、ベトナム戦争当時のアメリカの空気を見事に浮かび上がらせています。

※ 全般的にネタバレしておりますので、未見の方は十分にご注意ください。

 ビートルズ時代から”芽”はあった...

「日本の魔女があなたを狂わせた」というインタビュアーの問いかけに、ジョンが「彼女は俺の狂気を引っ張り出してくれただけさ」と切り返す場面があります。確かに、ジョン・レノンはオノ・ヨーコと出会ったことによって突然平和運動に目覚めたかのような印象を受けます。
「ビートルズのころから僕は新聞の政治欄をかかさず読んでいた。世の中でどんなことが起こっているか知っていたから何も言わないでいるのが恥ずかしかった」
ジョンはビートルズ時代、辣腕マネージャーブライアン・エプスタインによって政治発言を禁じられていたのが実情のようです。ただし、その"平和活動の芽”はビートルズ時代から少しずつ見えていました。

まず1965年、MBE(Member of the order of the British Empire)勲章を授与したときのことです。ロック・バンドのメンバーが女王から勲章をもらうというのは前代未聞のことで、「こんなチンピラたちと一緒にしてほしくない」と勲章を返還した退役軍人は何と863人にものぼったといいます。批判に対してジョンは「戦争で人を殺して勲章をもらうより、音楽で人を楽しませてもらうほうがマシだ」と語っています。

翌年1966年、あの有名な発言をしてしまいます。
「キリスト教はいずれ消えていくだろう。...ビートルズは今、キリストより人気がある」 (Christianity will go. It will vanish and shrink.... We're more popular than Jesus now.)
もともとは66年3月4日づけの「ロンドン・イブニング・スタンダード」紙に掲載されたインタビューでの発言で、イギリスでは当初それほど問題視されませんでした。アメリカツアー直前に、雑誌『デイトブック』がこの発言をピックアップして報道したことがきっかけでKKK(アメリカの白人至上主義団体)からテロの予告まで受ける大騒動になりました。映画の中でもビートルズの写真やレコードが焼かれる場面が映し出されていましたね。「彼らの発言は統計上間違っている」と大真面目に反論する人の姿にはちょっと笑ってしまいましたが...。
ツアー直前にジョンは「キリストよりビートルズのほうが優れているといったわけではない」と謝罪の意を表明したうえで「神は信じるが、支配者としての神ではない。神というものは一人一人のなかにあるものだ」とも述べています。ビートルズは(その人気ゆえ)世界とかかわらざるをえなかった、というコメントが映画に出てきますが、ジョンが自分の影響力の大きさに気づいたきっかけとなった事件でしょうね。
参考 How Does a Beatle Live? John Lennon Lives Like This
ただし、ジョンはビートルズ解散後初のソロアルバム『ジョンの魂』(1970)に収録されている「GOD」という曲の中で"神はコンセプトにすぎない。キリストもケネディもプレスリーもビートルズも信じない"と歌っています。この事件をきっかけに神に対する考え方が変わったというわけではないようです。



この年の9月、ジョンは『ジョン・レノンの僕の戦争』(原題:How I won the war)という映画の撮影に参加しています。『ビートルズがやってくる、ヤア!ヤア!ヤア!』(1964)や『Help!−4人はアイドル』(1965)で組んだリチャード・レスター監督作品で、結局日本では劇場公開が見送られてしまいました。ジョンは主演ではなく、下層階級出身の善良で無気力な青年という役どころ。他のビートルズのメンバーは出演しておらず、なぜジョンだけが...?という疑問もありますが、この映画が反戦コメディだったから、というのは少し考えすぎでしょうか?そして11月にはロンドンのインディカ・ギャラリーでオノ・ヨーコと出会います。1966年はいろんな意味でジョンの転機のきっかけになった1年だったのかもしれません。



1968年10月18日には、ジョンとヨーコはマリファナの不当所持で逮捕されてしまいます。このことが後、国外退去命令を言い渡される口実を与え、グリーンカード取得の大きな弊害となってしまいます。

 平和活動のはじまり

1969年3月20日、ジブラルタルでジョンとヨーコは結婚式をあげました。
ジョンとヨーコは当初、普通に新婚旅行をしたいと思っていた。だが、どこに行ってもマスコミに追い回される。それならばいっそその状況を利用してしまえということで試みられたのが"HAIR PEACE BED PEACE" 「戦争をする代わりにベッドで過ごそう。髪を伸ばそう 平和になるまで」
ジョンは写真をとるのは構わない。その代わり必ず平和という文字を入れてくれという姿勢をとっています。ヨーコは映画の中で「この試みは大成功だったとはいえないわね。馬鹿げたことだとかなり批判を浴びましたから」とコメントしています。

伝えたいメッセージがあるなら、まずは注目されなければ始まらない。
だからといって「HAIR PEACE BED PEACE」のようにあまりにも奇をてらったやり方をとりすぎると、ゴシップとして消費されるだけで終わってしまい、肝心のメッセージがないがしろにされる危険性をはらんでいる。「あれはすごいインパクトがあったよ」と語っている運動家もいましたが、奥に秘められたメッセージまで読み取ることができた人がどれだけいたのか?正直言うとかなり疑問を感じざるをえません。今、見るからそう思うだけかもしれませんが...。
「昔はあなたのファンでした」と切り出したニューヨーク・タイムズの女性記者と口論する映像がある。
「この記事を一面に使うなら必ず平和という文字を入れろ」
「またそんな馬鹿なことを」
「俺は成長したんだ」
「何をもって成長したというの?」
"平和活動家"となったジョン・レノンに戸惑いを隠せない人もかなりいたようです。

この年の11月15日、ワシントンD.Cで開かれたベトナム戦争反対デモで、25万人が、ジョンが7月に発売したばかりの新曲「Give Peace a Chance」を合唱。これにはジョンも手ごたえを感じていたようですね。そして12月には後に「Happy Xmas(War Is Over)」の歌詞にも盛り込まれた「WAR IS OVER IF YOU WANT(戦争が終わる!あなたが望むなら)」の看板広告を自費で世界12カ国に掲げるなど積極的な平和活動を行っています。

 権力に抗うことができる...

映画の冒頭に出てくるのが1971年12月10日に行われた『ジョン・シンクレア支援コンサート』に出演するジョンとヨーコの姿です。ジョン・シンクレアはおとり警官にマリファナ2本を売った罪で9年半の実刑判決で投獄されていた反体制派の詩人です。ここで、ジョンはそのものずばり『ジョン・シンクレア』というタイトルの曲を歌います。

♪空気を吸って監獄入り
♪たった2本で10年
♪これでいいの 判事さん
♪自由にしてやれ

コンサート会場にFBIが侵入、この曲の歌詞を書き写していたそうです。スティーヴィー・ワンダーボブ・シーガーらも出演した12時間のコンサートは、全米TVで生放送された。これが世論を動かし、その3日後、シンクレアは釈放されました。シンクレアは「わざわざビートルズがやってくるのだから、大変なことだと皆が思ってくれたんだろうね」と語っています。1970年のビートルズ解散後、ジョンがソロとしてステージに立つのはこれがはじめてだったそうです。そりゃインパクトは絶大だったでしょうね。FBIがジョン・レノンの影響力の強さをいやでも知らされた。これ以降、ジョンはFBIから電話は盗聴され、尾行される"危険人物"とみなされてしまいます。

ミック・ジャガーは金持ちの不良が歌っているにすぎない。でもジョン・レノンは恐れられていた。背後に知識層がついているからだ。」というコメントが紹介され、ブラック・パンサー党の創設者のひとり、ボビー・シールらとの”知的交流”の映像が映し出されてます。その一方で
「ジョンは歌っているだけなら問題なかったが、つきあっている人に問題があった」
「収監されている人々を財政的に支援しているのはまずい」
「ジョンは道具として利用されていた」
ジョン・レノン自体が問題視されていたわけではなかった可能性が示唆されます。有名人が自分の知名度を利用して何かを行う場合、それに群がる人たちが何を考えるのか、その結果どういう事態に陥るのか?ジョンは運動家たちからは広告塔として利用され、FBIからは見せしめのように尾行・盗聴されていた...。

この映画のコメンテーターには仲間のミュージシャンなど誰ひとり出てきません。
前述のジョン・シンクレアやタリク・アリ、ボビー・シールらの活動家だけでなく、『ジョン・レノンの真実』の著者ジョン・ウィーナー、ニクソンを辞任に追い込んだピューリツアー賞受賞記者カール・バーンスタイン、20世紀の大ニュースをすべて取材したといわれるCBSニュース特別特派員ウォルター・クロンカイト、そして『7月4日に生まれて』の著者で、ベトナム復員兵中もっとも有名な平和活動家であるロン・コーヴィック、ニクソンの法律顧問をつとめたジョン・ディーンなどそうそうたる顔ぶれ。彼らがこの映画の取材に応じているというのは、まさに当時のジョン・レノンの活動・存在感が、単なる”人気ロックスター”の枠を超越していたことを証明するものでしょう。中でもカリフォルニア大学を共産党員であることを唯一の理由に解雇され、1970年には冤罪でFBIの10重要指名手配者リストに名があがってしまうなど数々の闘いを強いられてきたアンジェラ・デイビスの存在がひときわ異彩をはなちます。彼女はビートルズの「レボリューション」を聞いて「ビートルズは変わった」と感じ、ジョンの功績を「権力に抗うことができることを証明したこと」と称しています。

 ニクソン再選、主夫、そして再出発...

1972年、ニクソンが再選され、米政権やFBIはジョンへの興味を失いはじめる。ここが不思議なところです。要はジョン・レノンによって若者票が失われるのをニクソンは恐れていて、再選してしまえばもうジョンが何をしようと関係ない、といったところなのでしょうか?
少し話はそれますが、ニクソン政権と他の有名歌手とのかかわり方について簡単に触れておきます。
エルヴィス・プレスリーはジョン・レノンの憧れの人だったのですが、彼は自分を上回る人気を得ているビートルズに嫉妬してか?何と自分からニクソンにコンタクトをとり「大統領、お気をつけください。ビートルズはアンチ・アメリカ勢力に巨大な影響力を持っています。そして彼らはアメリカの若者に悪影響を及ぼします。」と進言するケシカランことをしています。また、ジェームズ・ブラウンは、黒人地位向上政策の実現とキング牧師の誕生日を国民の祝日にすることを目的にニクソンと接触し、支持を打ち出します。"ニクソンの道化"と散々批判を浴び、彼本来の望みも達せられなかった。その無念さは彼の自伝の中で控えめながら記されています。



前述の麻薬逮捕歴を根拠にジョンは何度も移民局から国外退去命令をうけました。それでも引き下がらず、1976年ようやくジョンはグリーンカードを取得しました。ビートルズとしてあれだけアメリカ人を楽しませた彼が、グリーンカード取得にこんなに時間がかかるというのは奇妙な話であります。

映画では描かれていませんが、1973年10月から約1年、ジョンはヨーコと別居しています。この時期は後に"失われた週末"と称され、かなり荒れた生活を行っていたようです。再び、ヨーコと同居し1975年に息子ショーンがうまれてからは、主夫(ハウスハズバンド)宣言をしてしばらく表舞台から身を引いてしまいます。1977〜1979年の夏は、日本の軽井沢でヨーコとショーンの3人ですごしていたことはよく知られていますね。1980年ついに活動を再開します。(息子ショーンから「パパはビートルズだったの?」と聞かれたことが活動再開のきっかけだといわれていますが、ジョン本人はこのエピソードを否定)その矢先に凶弾に倒れた...。



自分もビートルズの曲はそれなりに知っていましたが、ジョン・レノンのソロ曲は「イマジン」以外は、恥ずかしながらラストアルバム『ダブル・ファンタジー』収録の「スターティング・オーヴァー」と「ウーマン」くらいしか知りませんでした。この2曲は、自分がまだ小さい頃にヒットしていて、改めて聞きなおすと、とてもいい曲であることに今更ながら驚かされます。"スターティング〜"にはラブソングの形をとってはいますが、ミュージシャンとして原点に戻って再出発する決意が、"ウーマン"には自分を支えてくれたヨーコへの感謝の気持ちが込められているように感じます。2曲ともビートルズ時代を彷彿させる良質なポップスです。



 歌い継がれていく「イマジン」

今までは過剰な愛のパフォーマンスが鼻についたこともあり、ジョン・レノンにあまり関心がありませんでした。でも、この映画を観てジョン・レノンという人を見る目がかなり変わりました。平和活動を行うジョンの姿から、有名人が余技でやっているとか、社会的名声を得たいためにやっているとかそういう胡散臭さはまるで感じられません。むしろ、あの大スターが...と思うほど何かに急かされているような、切羽詰ったような、まさに必死な姿が印象に残ります。天才ミュージシャンの、もうひとつの顔はたまらなく人間臭いものでした。“平和”という言葉を徹底的に人々の心に植えつけようとした彼のパフォーマンスは、効果的とはいえないものも多かったかもしれません。それでも、今の時代、特に9.11以降のアメリカでもしジョンが生きていたらどういう行動をとっただろう?とふと考えてしまいます。IF もしも話をしてもしょうがないことは十分承知しているのですが...。2004年の大統領選挙では、マイケル・ムーアをはじめ多くの有名人、文化人がその知名度を利用し、必死で反ブッシュを唱えてきましたが、ブッシュは再選されました。そしてようやく、ブッシュの支持率は地に堕ち、あのときの主張が正しかった...と皆が気づき始めた。まさにベトナム戦争時の状況と酷似していますね。ただし、ジョン・レノンほどの強烈なカリスマ性をもつ人は残念ながら今はいない...。

ジミー・カーター米国元大統領は「私は125カ国の国を訪問したが、その先々でジョン・レノンの「イマジン」が国歌同様に使われているのを聞いた。ジョン・レノンの影響力はすさまじい」と語っています。カーター氏は"史上最強の元大統領"と呼ばれ、在職中の業績より、その後の活動のほうが評価されている珍しいタイプの人ですね。参考




ジョン・レノンの平和活動は、これまでは名曲「イマジン」に集約されるようにして語られてきました。この映画では中盤にさらっと流れるだけなのですが...。Imagine(想像してみよう)ではじまる歌詞は、オノ・ヨーコの詩集『グレープフルーツ・ジュース』の中の一遍に触発されて作られたと言われています。実質的にはジョンとヨーコの競作の曲で、後日ジョンはヨーコを作詞家としてクレジットしなかったことを後悔していたといいます。



そのヨーコはジョンとの40年越しの夢であった光の塔『イマジン・ピース・タワー』の設立に尽力を尽くし2007年10月9日、ついに除幕式が行われました。参考

この映画は前述のとおり、ジョン・レノンの音楽ドキュメンタリーではなく、ニクソン政権下にNO!を言い続け、平和という言葉を人々の心に刻みつけるために奮闘するひとりの有名人の姿を描いたものです。この映画が公開されても、ジョンの平和活動はこれまでどおり「イマジン」と共に語られるでしょう。それで構わないと思います。ジョン・レノンはあくまで歌手ですから。「イマジン」という曲を多くの人の心に残しただけで、平和活動家ジョン・レノンの業績は十分称えられるべきです。その「イマジン」の歌詞の背景を知るという意味でもジョン・レノン及びビートルズのファンにとってこの映画は必見でしょう。またファンでない人にとってもニクソン政権時、ひとりの有名人がその知名度を利用して権力に立ち向かった姿を描いた、貴重な記録映画として堪能できる作品だと思います。
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2019.09.05 Thursday | 00:03 | - | - | - |

コメント

こんばんは、moviepadさん。
とてもたくさんのことを書かれていて、エディット・ピアフの時と同様、すごいなあと感心してしまいました。
オノ・ヨーコが'01年に全世界にバラ撒いたメッセージ、今でも覚えています。あれは衝撃的でした。
ジョン・レノンには圧倒されました。
「ジョンの残した功績が、『イマジン』という曲だけでいい」というmoviepadさんの一言は、なかなか素敵な提言ですね♪
この映画は、忘れられない映画になりました。素晴らしかったです。
2007/12/11 6:38 PM by とらねこ
とらねこさん、こんばんわ

戦争がらみのニュースがあるたびに「イマジン」が聴こえてきたような気がします。
カーター元大統領などのコメントを見ると
メディアを通してだけでなく、市民レベルで浸透していることがわかる。
これは大変なことで、この1曲を残しただけで
十分ジョン・レノンの平和活動の価値はある!
この映画を観たあとでも、やっぱりそう思いました。
2007/12/11 8:34 PM by moviepad

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#186.PEACE BED アメリカVSジョン・レノン
私が一番見たかったタイプのドキュメンタリーだった。胸がいっぱいになって、涙が止まらなくなった。・・・
(レザボアCATs 2007/12/11 6:19 PM)
PEACE BED アメリカVSジョン・レノン/ジョン・レノン
音楽ドキュメンタリー映画かなぁと思っていたら、タイトルの副題?「アメリカVSジョン・レノン」に観る直前になって気付きました。ジョン・レノンを描いているんだからもちろ音楽性はあるんでしょうけど、この作品は平和活動家としてのジョン・レノンに焦点をあてた作品
(カノンな日々 2007/12/11 9:50 PM)
PEACE BED アメリカVSジョン・レノン を観ました。
ミュージシャンとしての「彼」の功績は周知の事実ですが、ちょっと違った角度で知ることができますよ
(My Favorite Things 2007/12/15 8:35 AM)

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