カルラのリスト(2006 スイス)
原題 LA LISTE DE CARLA
監督 マルセル・シュプバッハ
撮影 デニス・ユッツラー
出演 カルラ・デル・ポンテ
(ドキュメンタリー映画)
スロベニア、クロアチアの独立をきっかけに旧ユーゴ紛争が勃発した1991年以後、旧ユーゴスラヴィアでは"民族浄化"の名による大虐殺や集団レイプなどの深刻な人権侵害が起こりました。中でも1995年にセルビア人勢力がボスニア東部のスレブレニツァにおいて、イスラム教徒の成人男性と少年約8000人が殺されたといわれています。(スレブレニツァの虐殺) この人道的犯罪の責任者を訴追・処罰するためにオランダのハーグに設置された機関が旧ユーゴ国際刑事法廷(ICTY)。今回ご紹介する『カルラのリスト』はICTYで逃亡中の戦争犯罪人を追う、スイス人女性検事カルラ・デル・ポンテに密着したドキュメンタリー映画。国際刑事法廷に世界ではじめてカメラが入り、国際社会において正義を貫くことの難しさを刻々と描き出した作品となっています。
監督 マルセル・シュプバッハ
撮影 デニス・ユッツラー
出演 カルラ・デル・ポンテ
(ドキュメンタリー映画)
スロベニア、クロアチアの独立をきっかけに旧ユーゴ紛争が勃発した1991年以後、旧ユーゴスラヴィアでは"民族浄化"の名による大虐殺や集団レイプなどの深刻な人権侵害が起こりました。中でも1995年にセルビア人勢力がボスニア東部のスレブレニツァにおいて、イスラム教徒の成人男性と少年約8000人が殺されたといわれています。(スレブレニツァの虐殺) この人道的犯罪の責任者を訴追・処罰するためにオランダのハーグに設置された機関が旧ユーゴ国際刑事法廷(ICTY)。今回ご紹介する『カルラのリスト』はICTYで逃亡中の戦争犯罪人を追う、スイス人女性検事カルラ・デル・ポンテに密着したドキュメンタリー映画。国際刑事法廷に世界ではじめてカメラが入り、国際社会において正義を貫くことの難しさを刻々と描き出した作品となっています。
カルラ・デル・ポンテ(Carla Del Ponte)は1947年2月9日、スイスのルガーノ生まれ。スイス司法長官等をへて、1999年旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷(ICTY)と、ルワンダ国際刑事法廷(ICTR)の検事に任命。2003年よりICTYに専念し現在に至っています。世界で最も厳重なボディーガードに守られた女性のひとりといわれている人です。
スレブレニツァの虐殺で夫や息子を失った女性達の会の人々が言います。
「検事がカルラでよかった。女性には感情がある。男性は木のように感情がないもの」
というものの、映画の中で見受けられるカルラは、ちょっとやそっとじゃ感情に流されそうにない冷静でタフな女性です。世界各国の首脳とわたりあい、莫大なプレッシャーを伴う激務をこなしている。にもかかわらず、その表情からは疲れを感じさせることはないし、もちろん甘さもまったくない。
2005年7月11日に行われるスレブレニツァの虐殺10周年の祈念行事にカルラは出席を拒みます。
「まだ犯人を拘束できていない状態であり、私は検察官という立場上出席するわけにはいかない」
女性達の会のひとりは、「カルラも出席して私たちと気持ちを分かち合ってほしい」とコメントしていますが...。映画『カルラのリスト』は顔のクローズ・アップが多く、撮影方法はかなりオーソドックス。それでも、職務上の緊迫感が画面からびしびしと伝わってきます。究極のハードボイルド・ドキュメンタリーと言ってもいいたくなるくらいです。
「1991〜1995年の紛争中にセルビア人150人を殺害した」としてICTYが起訴していたアンテ・ゴドビナ元将軍を拘束するため、カルラはクロアチアのスティエパン・メシッチ大統領と何度も話し合いの機会を持ちます。再選したばかりだったメシッチ大統領の大統領選時の公約はクロアチアのEU加盟。クロアチアの加盟交渉の開始に当たってはアンテ・ゴトビナの旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷への引渡しが条件となっていた。よってEUサイドはカルラに幾度となくクロアチアの対応について問い合わせをしてきます。「クロアチアは非常に努力している。でも結果が伴っていない。これで全面協力(full cooperating)といえますか」厳しい声明も発表した。いよいよクロアチアの対応について最終評価を迫られる直前、空港内の喫茶店でメシッチ大統領と対談する場面が映し出されたのには驚いた。その後、クロアチアに好意的な見解を発表。何度も「圧力がかかったのか?」と記者に問い詰められる。「私という人間を皆知っています。そんなことをしても無駄です」ときっぱり言い放ちます。それでも翌日「カルラは圧力に屈した」とイラストつきで新聞に揶揄されましたが。
戦争犯罪人の引渡しは必ずしもその国にとっての最優先事項とは限りません。
戦争犯罪人と称されている人たちは、国内では英雄扱いされていることも少なくなく、対象国は引渡しすることによる国内の混乱をむしろ恐れている感があります。
そこでEU加盟、などのプラカードをぶらさげ、政治的駆け引きをする必要が出てくるのです。
アンテ・ゴドビナ元将軍は2005年12月7日スペイン当局により拘束されました。参考
一方、ボスニア紛争で民族浄化を指揮したといわれるラドバン・カラジッチとラトコ・ムラジッチの2人についてはいまだに拘束できていません。
参考 「英雄戦犯」が阻むセルビアのEU入り
旧ユーゴ国際戦犯法廷の主任検察官、未逮捕戦犯の身柄確保を督促 - セルビア
記者会見の場面がたびたび出てきます。
「記者会見は重要なの。メディアで報道されることによって、政治家が問題を前向きに考えてくれれば。この取材を受けたのもそのためよ。世間とメディアに私たちの仕事を理解してほしいの」
セルビアとの交渉が進まず、アメリカに助力を求めてもなしのつぶて。
カルラはイライラして煙草をふかす場面をカメラは捕らえます。
「(煙草を吸う場面は)撮らないでって言ったでしょ!」
珍しく語気を荒げるカルラ。映画にはこの1場面しか出てきませんが、どうも彼女はヘビー・スモーカーのようです。煙草一服くらいしないと、あんなヘビーな仕事やってられないでしょうね。
10年たってもボスニア紛争の責任者の拘束はなされていません。
「私たちもイライラしているけど、被害者の肉親たちはもっと苛立っているの」
スタッフの女性はそう語ります。
「カルラは真実を伝えてくれた。でも正義は行われていない」
夫や息子をスレブレニツァの虐殺で失った女性たちはカルラへの失望を隠せません。
また「罪をたった2人に負わせるなんて。他の人たちも加担しているんでしょ」と集団犯罪を語る場合、避けて通れない疑問も口にします。同じ希望(責任者の拘束)を持ちながらも、カルラら旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷サイドと遺族たちの心理的距離がここ10年でかなり広がってしまっていることがわかる場面です。たとえ責任者が拘束されたとしても、自分たちの悲しみが癒えることはない。10年間という年月は、彼女たちにその残酷な事実を認識させてしまったようです。
旧ユーゴ国際刑事法廷(ICTY)は2010年で閉鎖されることになっています。残り時間はあとわずか。
「困難が予想されたミロシェヴィッチを拘束できたり結果は出してきたけど
この案件を成功させなければ、成果は半分としかいえないわ」
唇をかみしめるカルラ。映画の中でのIDカードが示すとおり2007年9月14日でカルラは任期満了でしたが、12月末まで任期は延長されています。その後のカルラはスイスのアルゼンチン大使となるだろうと言われています。
政治や宗教などさまざまな思惑がひしめく国際社会で、正義を貫き通し、正義に基づいた成果を出すことは並大抵の難しさではない。
「あきらめるなんてことは絶対に考えません」
大きな壁に毅然として立ち向かう彼女の不屈の意思の強さが、画面からあふれ出ています。
東京裁判
・カルラのリスト@映画生活


