映画のメモ帳+α

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サウンド・オブ・ミュージック

サウンド・オブ・ミュージック (1965 アメリカ)

サウンド・オブ・ミュージック(1965)原題   THE SOUND OF MUSIC
監督   ロバート・ワイズ
原作   ハワード・リンゼイ ラッセル・クローズ
脚本   アーネスト・レーマン
撮影   テッド・マッコード
音楽   リチャード・ロジャース オスカー・ハマースタイン二世 アーウィン・コスタル
出演   ジュリー・アンドリュース クリストファー・プラマー エリノア・パーカー
     リチャード・ヘイドン ペギー・ウッド アンナ・リー チャーミアン・カー
     ニコラス・ハモンド ヘザー・メンジース デュエン・チェイス
     アンジェラ・カートライト デビー・ターナー キム・カラス ポーティア・ネルソン
     ベン・ライト ダニエル・トゥルーヒット ノーマ・ヴァーデン

第38回(1965年)アカデミー賞作品、監督、編集、ミュージカル映画音楽、音響賞受賞。主演女優(ジュリー・アンドリュース)、助演女優(ペギー・ウッド)、撮影(カラー)、 美術監督・装置(カラー)、衣装デザイン賞(カラー)ノミネート

アメリカの映画、TVドラマ、演劇の中で映画『サウンド・オブ・ミュージック』について語っているのを聞いたことがある人は多いでしょう。筆者もあるTVドラマで「クリスマスに毎年、『サウンド・オブ・ミュージック』を見るのを楽しみにしている」という台詞が出てきて、"アレってクリスマス気分を盛り上げるような映画だっけ?”と不可思議に思ったことを覚えています。

映画『サウンド・オブ・ミュージック』は公開後、空前の大ヒットを記録。『サウンド・オブ・ミュージック』の全米公開は1965年3月2日。この公開時期設定は同年4月5日に発表されるアカデミー賞でジュリー・アンドリュースが『メリー・ポピンズ』で主演女優賞を取るのを見込んでのこと。その思惑はあたり、彼女の受賞が決まると『サウンド〜』の興行成績はさらに伸びた。時価調整を加えた歴代興行成績ランキングでは『風とともに去りぬ』『スター・ウォーズ』につぐ3位なのです!(記事執筆時点。All Time Box Office)そして、本作のホームビデオ発売後、5年ものあいだ、売上ランキングにとどまり続けた。



日本人の感覚だと『サウンド・オブ・ミュージック』より同じロバート・ワイズ監督の『ウェスト・サイド物語』(1960)のほうがすごかったんじゃないかと思いがちですが、少なくても全米興行成績においては歴然とした差がある。『サウンド〜』は『ウエスト〜』の4倍弱ヒットしている!ミュージカル映画の2位は『メリー・ポピンズ』ですが、それも2倍以上!『サウンド・オブ・ミュージック』はミュージカル映画としてはぶっちぎりのヒット作なんです。子供むけの歌から大人向けのロマンス、社会派の要素もまじえ、"家族みんなで見ることができる映画"だったことが大きい。『サウンド〜』の成功経緯は今でもハリウッド製作者にとって理想形とみなされているのはこういった理由でしょう。アカデミー作品賞もとったし。

日本人が『サウンド〜』を過小評価?しがちなのは、「ドレミの歌」「エーデルワイス」が音楽の教科書にのってることなど、"子供向け"イメージが強いからでしょう。個人的には『ウェスト・サイド物語』よりは『サウンド・オブ・ミュージック』のほうが好きです。理由はいろいろあれど、つまるところ曲がこっちのほうが良いから。『オクラハマ!』『回転木馬』『南太平洋』『王様と私』など多くのヒット作を手掛けたロジャース&ハマースタイン最後の作品としても知られています。

早速、曲紹介にうつります。

 The Sound of Music
ミュージカル映画のオープニングとして最も有名な場面。シンプルだけどこれを超えるものはないかもしれません。
大自然の中、周りに人は誰もいない、ひとりで歌う。最高のストレス解消法です(笑)。

"心が沈む時、私は高原に行く。懐かしい音楽が聞こえてくる。その音楽の調べに心洗われて、私はまた歌いだす"

気が滅入っているときに『サウンド・オブ・ミュージック』のこのオープニング場面を見て、懐かしく心癒される人もいるでしょう。



 Maria
修道女たちがマリアの正確は修道女に向かないのでは?という議論のあと、彼女の性格を歌い上げる・
"修道院の中で歌を歌う。食事以外はいつも遅刻。言いにくいのですが、マリアは修道女に向きません。
マリアを捕まえるのは雲をつかむより大変"
ここでシスター・ソフィア役を演じたのは数々の吹き替えを担当し、「最強のゴーストシンガー」といわれたマーニ・ニクソン。本作が唯一の映画出演である。シスター・ソフィアは「(マリアを)大好きです。でもいつも面倒の種ですわ」と語るヒトですよ。

ここで貴重な動画を。『サウンド・オブ・ミュージック』の撮影終了後、海外で吹き替えを担当する俳優が曲やリズムを覚えるためマーニー・ニクソンが収録曲を全部歌っているビデオです。


 I Have Confidence in Me(自信を持って)
トラップ家にはじめて出向くとき、マリアが自分を励ますように歌う曲。舞台版にはなく、映画のために追加された。
ギターとバックを持ちながら歌うのは結構大変?だんだんイカレポンチみたいになってくるのですが、トラップ家の大邸宅をみて言葉を失う。

 Sixteen Going on Seventeen(もうすぐ17歳)
最初はリーズルとロルフ、2回目はリーズルとマリアで歌われます。
"もうすぐ17歳。男がよってくるだろうが、年上の保護者が必要だ"...まあ、どーでもいい曲ですね。
リーズルとロルフのダンス場面がありますが、ダサダサ。ひぃ~、叫びたくなるのはこっちです。(笑)

 My Favorite Things(私のお気にいり)
嵐の夜、マリアが子供たちに「泣きたいときは楽しいことを考えるの」と諭して歌いだす曲。

"犬にかみつかれたり蜂に刺されたりして悲しくなったら私はただ大好きなものを思い出す。
そしたら気分はそんなに悪くなるわ"と歌う。その大好きなものというのが

バラの花びらにたまった雨粒、子猫のひげ,自分の鼻や睫毛に積もる雪....
マリアは変なものが好きだという歌です(笑)



個人的には本作の楽曲の中では"My Favorite Tune"。
歌詞はともかくメロディが好き。歌うと結構難しいですぞ。
ジョン・コルトレーンがとりあげたことをきっかけにjazzスタンダードになった。My Favorite Things - John Coltrane
サラ・ヴォーンのしっとり感も悪くないけど Sarah Vaughan sings "My Favorite Things"
フツーに歌ってるマーク・マーフィー版が好み。Mark Murphy - My Favorite Things (1961)

 Do-Re-Mi(ドレミの歌)
マリアが子供たちに歌を教える場面で登場。日本ではペギー葉山の訳詞がひろく普及しており、音楽の教科書にもペギーの訳詞で出ていると思います。英語と日本語では歌詞が違う。聞き比べてみるのが一番です。でも英語版、ラはソの次の音ってテキトーすぎるだろ!?

The Sound of Music | "Do, Re, Mi" Lyric Video | Fox Family Entertainment)


『サウンド・オブ・ミュージック』製作50周年記念吹替版 「ドレミの歌」/平原綾香<日本語歌詞付き>


 Lonely Goatherd(ひとりぼっちの山羊飼い)
子供たちが人形劇を披露するときに歌われる。レイオー、レイオー、レイオー♪
日本人にとってヨーデルはこの曲よりこっち→Heidi - Japanese Version

 Edelweiss(エーデルワイス )
トラップ大佐がギターを弾きながら歌う曲(歌は吹き替えです)。祖国オーストリアを見守ってくださいという内容からオーストリアの国家あるいは民謡と思われがちですが、ロジャース&ハマースタインが舞台版『サウンド・オブ・ミュージック』(本作は舞台版の映画化)のために書き下ろした曲。作詞のオスカー・ハマースタイン2世が病床で最後に書き下ろした詩と言われています。そんな背景を知っていると"咲いて生きよ、永遠に"という歌詞がぐっときますね。ハマースタインはブロードウェイミュージカル初演後、8か月後に1960年8月23日65歳で亡くなっている。その夜、ブロードウェイではすべての照明を3分間落とし、弔意を表した。

トラップ大佐の朴訥とした歌い方もいいですが、ここではジュリー・アンドリュースのねっとりとした歌声をお楽しみください。


 So Long, Farewell(さようなら、ごきげんよう)
パーティーで子供たちがおやすみの挨拶代わりに歌う。コンクール場面でも歌われる。
ファミリー映画なら、学芸会のノリも必要です。

 Climb Ev'ry Mountain(すべての山に登れ)
トラップ大佐の"好意"に戸惑い、修道院に戻ってきたマリアを修道院長が諭すときに歌う。
ラストにも使われ、本作の代表曲のひとつ。同じロジャース&ハマースタインの『回転木馬』に出てくる"You'll Never Walk Alone"をほうふつあせる。You'll Never Walk Alone (with Climb Ev'ry Mountain) - Arranged by Mark Hayes

あのマイケル・ジャクソンが人前で初めて歌った曲としても知られる。マイケルは小学校の学芸会でこの曲をアカペラで歌い、拍手喝采だったそうだ。マイケルの好きそうな曲ですね。

映画『サウンド・オブ・ミュージック』の中で最も感動的な場面のはずなんですが、なんか凡庸ですね。ミュージカル映画らしく歌詞にあった幻想的な映像を交えればいいのに。ロバート・ワイズ監督はミュージカル映画をつまらなくした....。

せめてこのくらいは見せてほしかった。映画なんだし...。


 Something Good(なにかいいこと)
マリアとゲオルクがお互いの愛を確認する場面で歌う曲。”I Have Confidence in Me”同様、映画のために作られた新曲です。

映画『サウンド・オブ・ミュージック』を楽しむにあたり、決して深入りしてはいけない話題があります。

「え、これって実話なの?」

何それ?聞こえない、聞こえない、知らな〜い!
本作はマリア・フォン・トラップの自叙伝『トラップ・ファミリー合唱団物語』を基にした物語、はっきりいうとフィクションです。実話といってしまうには脚色が施されすぎている。もうどこがどー違うとか分析するレベルではない。史実との相違点(wiki)

まあ、それもそのはず。マリア・フォン・トラップの自叙伝を最初に映画化したのは『菩提樹』(1956)で、その映画をもとにハワード・リンゼイ、ラッセル・クラウスが脚色を加え、1959年にブロードウェイ舞台化。『菩提樹』の時点でかなり脚色が加えられているのですが、舞台化にともなって脚色を引き継いだうえで、さらに脚色を加えている。映画『サウンド・オブ・ミュージック』はそのブロードウェイ舞台の映画化なのですから。

実際、マリア・フォン・トラップがトラップ家にやってきたのは1926年で、アメリカに亡命したのは1938年。『菩提樹』、および『サウンド・オブ・ミュージック』ではまるでわずか数年の出来事のように描かれています。史実に即してしまうと、途中で子役を変えなければいけなくなるための措置でしょう。まあ、これは仕方ないか。

『菩提樹』を見て子供たちが一番ショックを受けたのは父ゲオルク・フォン・トラップの描写。映画では厳格でやや横暴な性格として描かれていますが、実際は温厚な性格。前妻がなくなってからは毎日、子供のところにやってきてお話を聞かせたり、楽器を教えたりしていたという。ただし、子供たちを呼ぶのに笛を使っていたのは事実。彼が潜水艦の館長だったことの名残と言われています。海底で大声を出してもなかなか伝わらないように、大邸宅では声をあげても子供たちに届かない。そのため笛を使っており、呼ぶ子供ごとに笛の吹き方を変えていたらしい。いつも使っているわけではなかったようですが。

マリアは父親の描写に関しては修正を要求するも受け入れられず。『サウンド・オブ・ミュージック』でも『菩提樹』で描かれた父親の性格はそのまま引き継がれてしまった。『サウンド〜』の映画化が決まったとき、マリアはロバート・ワイズ監督に父親の性格描写を和らげるように要求したが、"面白みが半減する"と却下されたとか。

父の描写とはうらはら、その母マリアの性格は美化されすぎと指摘があります。(美化される分には修正を要求しなかったんですね)実際に一家をまとめていたのはマリアではなく父ゲオルク。彼が1947年に死去し、マリアだけでは一家をまとめることができなかったことがトラップ・ファミリー合唱団の解散(1956年)原因だと言われています。

個人的に一番残念に思う脚色はトラップ家の執事フランツの描写です。『サウンド・オブ・ミュージック』ではナチ党員の執事がトラップ家の亡命を密告したように描かれていますが、実際はその真逆なのです。

トラップ家の実際の亡命先はスイスではなくアメリカでした。亡命前、トラップ一家はすでにヨーロッパでの公演を多数こなしており、評判を呼んでいた。執事は既に自分がナチ党員であることをトラップ家に告白。"食事の時間に政治の話をしないでください。報告しなければならなくなります"と警告していた。ある日、アメリカから公演依頼が舞い込んできた。それを見た執事は「アメリカに行けるチャンスがあるなら今すぐ行ったほうがいい。もうすぐ国境が閉鎖されます」と助言、それにトラップ家は従った。執事はナチ党員でありながら、トラップ家の亡命を実質的に手助けしていたことになります。このあたり、『菩提樹』では史実通りに描いているのですが、『サウンド〜』では逃亡サスペンス場面にすり替わっています。WHY?事実のほうが感動的なのに...。まだ大部分の人が"アメリカ=正義"と盲目的に信じていた時代の末期で、"ナチ党員=悪を美化するなんてケシカラン"ってことなのでしょうか。それとも単に娯楽映画としてサスペンスを織り交ぜたかったのでしょうか。

1960年、『ウェスト・サイド物語』、1964年『マイ・フェア・レディ』(同じ年に大ヒット作『メリー・ポピンズ』も公開)、そして1965年『サウンド・オブ・ミュージック』がアカデミー作品賞を受賞。『サウンド・オブ・ミュージック』はミュージカル隆盛期の末期を飾る作品です。それから間もなくベトナム戦争の長期化により、ミュージカル映画の雰囲気は時代に即さないものとなる。もし『サウンド・オブ・ミュージック』の劇場公開が3〜4年遅れていたらこんなにヒットしなかったと思われます。

『サウンド・オブ・ミュージック』は劇場公開から50年を超えた今も多くの人たちに親しまれ、子供から大人まで楽しめるファミリー映画としての地位を不動のものとしています。この種の映画が受け入れられる最後の時期の作品ということもあり、本作を超えるファミリー映画は未だに現れていない。アメリカの映画、テレビドラマで、"誰もが知っている作品"として台詞に登場することは今後も続くでしょう。
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2019.03.24 Sunday | 00:10 | - | - | - |

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