映画のメモ帳+α

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メリー・ポピンズ

メリー・ポピンズ (1964 アメリカ)

メリー・ポピンズ(1964)原題   MARY POPPINS
監督   ロバート・スティーヴンソン
原作   パメラ・L・トラヴァース
脚色   ビル・ウォルシュ ドン・ダグラディ
撮影   エドワード・コールマン
作曲   アーウィン・コスタル
音楽   ロバート・B・シャーマン リチャード・M・シャーマン
出演   ジュリー・アンドリュース ディック・ヴァン・ダイク デヴィッド・トムリンソン
     グリニス・ジョンズ ハーマイアニ・バドリー ジェーン・ダーウェル
     カレン・ドートリス エルザ・ランチェスター マシュー・ガーバー
     アーサー・トリーチャー レジナルド・オーウェン エド・ウィン

第37回(1964年)アカデミー賞主演女優(ジュリー・アンドリュース)、編集、作曲、歌曲(『チム・チム・チェリー』 Chim Chim Cher-ee)、特殊視覚効果賞受賞。作品、監督、脚色、撮影(カラー)、音楽(編曲)、美術監督・装置(カラー)、衣装デザイン(カラー)、音響賞ノミネート

ウォルト・ディズニーは娘が持っていた児童書"メアリー・ポピンズ"を目にとめ、1944年原作者のパメラ・L・トラヴァースに映画化をもちかけるが、映画に関心のない彼女はあっさり断ってしまう。ウォルトはその後もトラヴァースにアプローチを続けるも事態は進展せず。ウォルトはこの問題に決着をつけるべくトラヴァースをハリウッドに呼び寄せ交渉。トラヴァースは"アニメにしない。脚本の承認権をもつ"ことを条件にしぶしぶ承諾。(このあたりの事情は『ウォルト・ディズニーの約束』(2013)で詳しく描かれている)主演には当時、ブロードウェイ舞台で注目をあびていたジュリー・アンドリュースを抜擢して作られたのが映画『メリー・ポピンズ』である。アンドリュースは当初、自身が舞台で主演をつとめていた『マイ・フェア・レディ』の映画化に関心があり、もし『マイ〜』の主演に抜擢された場合は降板することができると契約書に記載されていたという。『マイ・フェア・レディ』映画版の主演はオードリー・ヘプバーンに決定したので、アンドリューはス本作の主演を予定通り勤めた。アンドリュースは映画初出演にしてアカデミー主演女優賞を受賞、”役を奪われた"同情票がなだれこんだ結果と言われた。(本作の撮影をロバート・ワイズ監督が見学にきてそこで『サウンド・オブ・ミュージック』の出演が決まったとか。結果的に『メリー〜』へ出演したことはアンドリュースにとって良いことづくしだったわけですね)『メリー・ポピンズ』はウォルト・ディズニーが手掛けた中、初のアカデミー作品賞ノミネート。記録的大ヒットとなり、ウォルト最後の置き土産と言われる。



この映画を観ると、"ああ、古き良きミュージカル、古き良きディズニーだな"と縁側老人のようにしみじみした気分になります。物語に即した歌詞、覚えやすいメロディ、アニメと実写の違和感なき融合...今やミュージカル映画は楽しさ、華やかさよりもドラマ中心となり、ディズニーアニメも画風が変わり、親しみにくいものとなっているし...ウォルト・ディズニーが存命中だったからこそ実現した作風だな、と。トラヴァースさん、難癖つけずに素直に感謝すべきです(笑)。

楽曲の作詞・作曲はリチャード・M・シャーマン、ロバート・B・シャーマンのシャーマン兄弟
映画未見、もしくは遠い昔に一度見たきりという人でも聞き覚えのある曲があるんじゃないでしょうか。

ではその粒ぞろいの楽曲を見ていくことにします。

 まず、バンクス夫人、ウィニフレッド・バンクス(グリニス・ジョンズ)が歌う「古い鎖を断ち切って(Sister Suffragette)」

”私たちはペティ・コートをはいた兵士よ。婦人参政権のために闘う十字軍!男は個人としてみれば好きだけど、男の集団は馬鹿ね”という歌。『メリー・ポピンズ』の舞台は1910年という設定。実際、当時のロンドンでは婦人参政権をもとめる集会が頻繁に行われていたという。

 続いて、一家の主の銀行家、ジョージ・バンクス氏(デヴィッド・トムリンソン)が帰宅して「私の暮らし(The Life I Lead)」を歌い上げます。"私は我が家へ予定通り帰宅する。1910年にイギリス男性でいることは素晴らしい。エドワード王が王座におられ、私は一家の主"。夫人の「古い鎖を〜」と対照的な保守歌ですが、この1910年というところがみそ。原作は1930年代に出版され、時代設定もそのころだと思われるのですが、映画ではあえて1910年に変更している。1910年はバンクス氏にとって繁栄と安定の象徴だったエドワード7世が崩御する年。このころから少しずつ英国が変わってきたと言われます。後の流れをさりげなく暗示する曲ですね。

 子供たちに手を焼き、ナニー(乳母)が退職。バンクス氏は"次の乳母は私が選ぶ"とのたまい、タイム誌!に求人広告を出そうとします。
そこでジェーン(カレン・ドートリス)、マイケル(マシュウ・ガーバー)の姉弟は「理想の乳母さん(The Perfect Nanny)」を歌います。"明るくて、バラ色のほっぺで、歌を歌ってくれ、遊びにつれていってくれて、ゲームをしてくれて...”。
バンクス氏はふたりがもっていた紙を破り捨てて燃やしてしまいます。だが、その破片は空を舞って修復され、メリー・ポピンズ(ジュリー・アンドリュース)のもとへ。一方、バンクス氏の求人広告をみて、面接を受けるためバンクス家の前に並んでいた応募者たちはひとり残らず風に吹き飛ばされてしまいます。

母親がいるにもかかわらず、子供の世話を他人に任せるナニー(乳母)制度は1850年ごろから第2次世界大戦終わりまで存在した英国独自の制度(ナニーそのものは現存するが、制度としてはない)。理由としては"上、中流階級の(人を雇うことができるという)見栄」らしいです。まあ、英国では中世において"どの階級の人間でも他人に遣えることを覚えないとよい指導者になれない"ため、子供を里子に出すという習慣があり、その名残ともいわれていますが、まあ見栄でしょうね、いやらしい。

 求人広告を見てメリー・ポピンズがやってきて試しに働いてみることになります。まず子供部屋の片づけからはじめる。"どんな仕事も気持ちの持ち方で楽しくなる"と「ひとさじの砂糖(A Spoonful of Sugar)」を歌う。”ひとさじの砂糖が薬をのみやすくする"。この映画のテーマソング的曲。ちょっとした気持ちの持ち方、想像力....続く”2ペンス"にもつながる、ほんの少しの気持ちが生活を、人生を変えていく。



 次は路上絵描きバート(ディック・ヴァン・ダイク)が歌う「大道画家(Pavement Artist(Chim Chim Cher-ee))」"好きなことをやっていく。今日の自分は絵描きだよ。いくらほしいとは申しませんが、銅貨をいただけると喜びます"といった内容。この後、もう一度歌われる。アカデミー歌曲賞受賞。哀愁をおびたメロディーが印象に残ります。ところで「チム・チム・チェリー(Chim Chim Cher-ee)」って何?「cherry Tree Lane」(桜通り)、煙突(chimney)をちょっとかけてみたくらいでたいした意味はない模様。まあ、あとでもっと意味のない言葉が出てきますが。

 メリー・ポピンズが魔法を使ってバート、ジェーン、マイケルと一緒に絵の中に入ります。そしてメリー、バート、アニメの動物たちが歌うのが「楽しい休日(Jolly Holiday)」メリーとバートがお互いをほめたたえるという、他愛のない歌ですが、アニメとの共演が楽しい。人間が亀の上にのって川を渡るなんて動物虐待(笑)。実はこの映画で一番好きな場面。単純にみてて楽しい。こういうの、もっと見たいけど金とか手間とか半端ないんだろうな。ディズニーの底力を感じる場面。

おフランス語でどうぞ。


 続いて絵の中の場面。メリーが競馬レースで優勝し、インタビューされたときに"いい言葉があります"といったあと、歌いだしたのが「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス(Supercalifragilisticexpialidocious)」。この言葉に意味はありません。言えば気分がよくなる、幸せのおまじないと行ったところでしょうか。でもその後の物語で重要な役割をはたします。



 絵の中から戻ってきてもジェーン、マイケルの2人は興奮して眠れないという。そこで、ナニー、メリー・ポピンズは「眠らないで(Stay Awake)」。"起きてていいわ。うとうとして夢なんか見ないでよ"と歌い、逆説的手法をとります。2人はぐっすり。ひねくれたガキどもだ(笑)。ジュリー・アンドリュースはなかなか優しい感じが出せず、50回近く歌ってOKが出たとか。アンドリュースお気に入りの曲だが、編集でカットされそうになり、アンドリュースは原作者のパメラ・L・トラヴァースに訴えて阻止したとか。何でトラヴァースに?彼女に聞いたりしたら「歌なんかいらない」っていいそうだけど(笑)。

 アルバートおじさん(エド・ウィン)が笑いが止まらなくなり、空中に浮いてしまったときに歌われるのが「笑うことが好き(I Love to Laugh)」 そのまんまです(笑)。この曲と「スーパーフラジリ〜」はラストのオチにつなげるため、無理やりつくりだした曲って感じですね。

 メリー・ポピンズがやってきてから子供たちがおかしなことばかり言うと憤慨するバンクス氏。それならあなたの銀行へ子供たちを連れて行ってみたらどうですか?といいかえすメリー・ポピンズ。"英国の銀行は正確に運営されている。ばかげた、役に立たないことはやめて子供たちは真実を学ばなければ"と「英国の銀行(A British Bank (The Life I Lead))」を歌います。

 メリー・ポピンズが子供たちに子守歌のように歌う「2ペンスを鳩に(一袋2ペンス)(Feed the Birds (Tuppence a Bag))」。本作で最も有名な曲のひとつ。"セントポール寺院の石段に年老いた婦人が毎日やってきて道ゆく人に呼び掛ける。鳥のために餌を買ってください。ほんの少しの愛を与えてやってください"という内容。



ここでお婆さん役を演じたのは『怒りの葡萄』(1940)でヘンリー・フォンダの母親役を演じアカデミー助演女優賞を受賞したジェーン・ダーウェル。10年以上前に引退していたが、キャスティングの際、ウォルト・ディズニーが彼女を指名。引退した俳優専門の老人ホームにいた彼女に脚本を送った。ジェーンは感動して泣いたという。

 父親に連れられて銀行へ向かうジェーンとマイケル。途中、セントポール寺院で鳩の餌売りのお婆さんを見つけ、子供たちは餌を買いたいというが、父親は無視。そして銀行で"2ペンスを銀行に預金すれば安心、安全。すぐ利息がつきますぞ"と役員たちが「信用第一の銀行(Fidelity Fiduciary Bank)」を歌い、子供たちを脅します。ここで銀行の長老役を演じているのはディック・ヴァン・ダイク。価値観が正反対のバート役とひとり2役を演じているところがみそ。この長老、よろけながらマイケルから2ペンスを取り上げます。「僕のお金を返して」と叫んだことに周囲の客が反応し、取りつけ騒ぎが起こります。(こんなことありうる?なんて突っ込むのは野暮なんでしょうね、はい)

 銀行から逃げ出したジェーンとマイケルは帰り道、煙突掃除人に扮したバートと出会う。バートは"父親って孤独なんだ"と2人を諭したあと、謳うのは「チム・チム・チェリー(Chim Chim Cher-ee)」以前、大道画家に扮して歌ったこの曲、煙突掃除人バージョンで歌います。"煙突掃除人って幸せなんだ。僕と握手すると幸運になるよ。人生をはしごのように考えるのなら煙突掃除人は一番下にいると思ってるかもしれない。灰と煙の中ですごしていても僕は世界中で一番幸せなんだよ"と歌う。アカデミー歌曲賞受賞。悲しげで楽し気で一度聞いただけで耳に残るメロディ。映画を観たことがない人でもこのメロディに聞き覚えはあるでしょう。



 煙突掃除人バート、ジェーンとマイケル、そしてメリー・ポピンズは煙突を通り抜けて屋上へ。そこにたくさんの煙突掃除人が加わって、ダンスパフォーマンスを繰り広げる。本作で一番ミュージカルらしい場面です。そして煙突掃除人たちは煙突を通ってバンクス氏の家の中に入りこみ、「踊ろう、調子よく(Step in Time)」を歌う。そこにバンクス氏が帰ってくる。

 「男には夢が(A Man Has Dreams)」バンクス氏の家に銀行から電話がかかってくる。「君は長年、よく働いてくれた」クビを覚悟するバンクス氏。そこで"The Life I Lead"のメロディにのせて"私の生活は規則正しかったのに"と歌った後、メリー・ポピンズがきてからおかしくなったと嘆く。そこでバートは"A Spoonful of Sugar"のメロディで"大切なのはひとさじの砂糖です。あなたは高い地位にあると自分でそう思ってきた人ですね。子供が泣いていても涙をふいてあげる時間もない。子供はすぐに成長して飛び立ってしまう。手遅れになって薬をのみやすくするひとさじの砂糖をあげられなくなってしまうのですよ"と歌う。バートのこの歌唱部分は物語のテーマでしょう。

 取つけ騒ぎの責任をとらされ、バンクス氏は銀行をクビになります。そのとき、"Supercalifragilisticexpialidocious"を歌ってバンクス氏は気持ちよく?会社をあとにします。子供の凧を直して、帰宅。そのあと、家族で歌うのが「凧をあげよう(Let's Go Fly a Kite)]。"2ペンスで紙と糸を買えば、自分自身の羽根がもてる。さあ、凧をあげよう"という内容。



『メリー・ポピンズ』はディズニーの子供向け映画ですから、言うまでもなくハッピーエンドです。でも妙に後味が悪い。もやっとした感覚が残る作品です。その理由は明確。

まず第一に、子供たちが凧あげに夢中でメリー・ポピンズの旅立ちに気づかないこと。メリー・ポピンズの横にいる鳥が余計なことをベラベラしゃべって興ざめさせてくれます。意図的なものでしょうが...。

そして、最後の最後で主役が変わる、というか本当の主役が誰かに気づかされること。
映画では、特に娯楽映画では主人公は一般的に"成長"して終わるものとされています。本作で成長したのは言うまでもなく、お父さんのバンクス氏です。物語の時代設定が1910年に設定されているのもお父さんに合わせたもの。ほとんど悪役扱いだったお父さんがラストではしゃぎまくり、凧をあげようなんて歌われてもね...。婦人参政権運動に熱心なお母さんが運動のたすきを凧につける場面にイヤ〜な感じを覚えた人も少なくないでしょう。このお母さんにとって婦人参政権運動は単なる暇つぶしだったのか、と。

ちなみに原作でのバンクス氏はもともとこんなにいやな奴じゃないそうです。
メリー・ポピンズ 原作と映画の違い

ディズニーの子供向け映画のストーリーにいちゃもんをつけるのは野暮だということはよ〜くわかっております。
でもこの映画、すべてが極端なんです。バンクス氏の性格とその変貌、そして、当時もっとも貧しく、身分も低いと言われた煙突掃除人が"自分は世界一幸せだ〜"と歌ったりすること、ラスト、2ペンスだのスーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャスだのを総動員、銀行の長老が笑って死んだから幸せだ、きみを銀行に復職させよう!...は?最後に、これまでの歌やエピソードを可能な限り反映させ、大団円のハッピーエンド。あまりに強引すぎてしらけたのは自分だけ?極端すぎる描写だとかえっていやらしさが醸し出てくる。

大ヒットミュージカル、有名児童書の映画化ゆえ、"メリー・ポピンズで英国を学ぼう"系の本がたくさん出ています。本記事は『メアリー・ポピンズのイギリス―映画で学ぶ言語と文化』を主に参照しています。でも映画『メリー・ポピンズ』、物語のディテールは一切気に留めず、前半の実写とアニメの共演や楽曲をゆる〜く楽しむのが一番良いのではないでしょうか。
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2019.01.16 Wednesday | 00:29 | - | - | - |

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