映画のメモ帳+α

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恋するシャンソン

恋するシャンソン (1997 フランス・スイス・イギリス)

恋するシャンソン(1997)原題   ON CONNAIT LA CHANSON
監督   アラン・レネ
脚本   ジャン=ピエール・バクリ アラン・レネ
撮影   レナート・ベルタ
音楽   ブリュノ・フォンテーヌ
出演   アンドレ・デュソリエ アニエス・ジャウィ サビーヌ・アゼマ
     ランベール・ウィルソン ジャン=ピエール・バクリ
     ピエール・アルディティ ジェーン・バーキン

第48回(1998年)ベルリン国際映画祭銀熊賞(生涯貢献賞)(アラン・レネ)第23回セザール賞作品、主演男優(アンドレ・デュソリエ)、助演男優(ジャン=ピエール・バクリ)、助演女優(アニエス・ジャウィ)、脚本、音響、編集賞受賞。

恋するシャンソン』は家探しをきっかけにした6人の男女の心の落ち込みを描いた作品。『夜と霧』、『24時間の情事』、『去年マリエンバードで』などで知られるアラン・レネ監督初のミュージカル映画で、登場人物たちが突然、シャンソンの名曲を口パクで歌いだす奇抜さが受け、フランスで観客動員200万人を突破する大ヒットとなった。フランスのセザーヌ賞では作品賞を含む7部門受賞。ベルリン国際映画祭ではアラン・レネに対し生涯貢献賞が贈られている。



物語
不動産会社に勤めているシモン(アンドレ・デュソリエ)はツアーガイドのカミーユ(アニエス・ジャウィ)に心惹かれ、彼女のツアーにたびたび参加している。カミーユは中世農民騎士に関する論文を執筆中。シモンはそんな彼女の気をひくため、自分はラジオドラマ作家だと嘘をつく。そんなカミーユの恋人マルク(ランベール・ウィルソン)はシモンの会社の社長だった。マルクはカミーユの姉オディール(サビーヌ・アゼマ)に高額のアパートを売りつけようとしている。オディールは、夫クロード(ピエール・アルディティ)の反対にもかかわらず、そのアパートを購入する決意をしている。そんなオディールのもとへしばらく音沙汰のなかった友人ニコラ(ジャン=ピエール・バクリ)が表れる。二コラはシモンの客であったが、体調がすぐれず病院通いをしており、妻ジェーン(ジェーン・バーキン)とも別居状態。オディールの新居引っ越しパーティで彼らは顔を合わせる。真面目でおとなしそうなクロードが実は浮気をしており、パーティの直前、愛人に別れをつげ、オディールとも別れるつもりだった。また、シモンはカミーユとマルクの仲に嫉妬し、マルクが不良物件を売りつけたことをオディールにばらしてしまう。

もっと広くて景観のよい家に住みたい、知的な職業についていると見られたい...自分をよく見せたいと思う人たちの思惑が重なって、物語がこじれていく群集劇。後半のパーティ場面まで話の展開が読めず、ついていけないと感じた人も多いだろう。本作の公開直後、"楽しいロマンティック・コメディ"、"ハッピーな気分になった"という評が見られたが...???。まあ、ラストはほぼハッピーエンドですけどね。アラン・レネ監督の妻であり、本作の主演女優でもあるサビーヌ・アゼマは1998年フランス映画祭の団長として来日した際、「本作は、生きる喜びがテーマではなく、日常生活の中の落ち込みを盛り込んだ映画。この映画を観てハッピーになったという人が多かったのは面白いわね」と語っている。

本作の特徴としては、シャンソンの名曲36曲が挿入されていること。俳優が歌うのではなく、台詞がわりに数フレーズ、オリジナル曲そのまま、口パクにのせて流れてくる。これはミュージカルといえるのでしょうか?何はともあれ、この奇妙な試みが物語の憂鬱をやわらげ、ユーモアにつながっているのは確かだ。

ではその36曲を超駆け足でご紹介。

 冒頭、ヒトラーから"24時間以内にパリを爆破せよ"と命令されるドイツ人将校が「2つのものを愛している。故郷とパリの街を」と歌う。ジョゼフィン・ベーカーの「二つの愛」である。 Josephine Baker - J`ai Deux Amours (1953)
おっさんから女性の歌声。登場人物と声がまったく一致しない奇妙さがこの映画の魅力である。

 続いて二コラとオディールが再会する場面で歌われるダリダとアラン・ドロンのParoles, Paroles。「あまい囁き」という邦題がつけられ日本でも有名ですが、もともとはイタリアの曲。ダリダとアラン・ドロン版はフランス語のカバーです。サントラに収録されていないのが残念。



 再会を喜ぶ?二コラとオディールのいちゃつきをみて、オディールの夫クロードは席を外し歌いだすのが「街角の瞳」(シャルル・アズナヴール)。「僕は一人片隅で何も言わずすべてを見守り恋の終わりを待っている」うーむ。"Et moi dans mon coin" Charles AZNAVOUR

 友達から1年以上失業中の弟の就職を頼まれ、悩むオディールが歌う歌はRene Koval : C'est degoutant mais necessaire
「ほんとうのことは言えない。嘘も方便 波風たてないために」 この曲はその応募者を断るときにも歌われます。

 そのあと、謳うのがSimone Simon - Afin de plaire 「パパと皆の両方を喜ばせるのは無理」...そうでしょうね。

 病院にいった二コラが歌うのは 「体の弱い僕」(ガストン・ウヴラール)Gaston Ouvrard : Je n'suis pas bien portant
兵隊になってから体はガタガタとひたすら症状を歌い上げる歌ですが、オリジナル歌手ガストン・ウヴラールは80歳のときにも劇場でこの歌を歌い、91歳まで生きております。しかしこの医者、「動悸がするのは普通のこと」とあっさり。これじゃパニック障害の人は浮かばれません。

 続いて不動産会社勤務のマルク(ランベール・ウィルソン)がオディールにアパートを売りつけようと電話をかけるときに「僕は働く 一心不乱に」と歌う。唄うのはAlbert Prejean:Je m'donne 

 その後、外に出て「僕は女の子たちが好き(ジャック・デュトロン) 」とにやにや。女なら誰でもいいって歌です。ランベール・ウィルソンのイメージそのまんま(笑)。この曲のゆるいメロディ、印象に残りますね。Jacques Dutronc "J'aime les filles" (live officiel) - Archive INA

 シモンはストーカーのごとく?カミーユのツアーに参加し、彼女が説明している最中に、他の観光客に対して"博識"を披露してしまうので、カミーユから煙たがられてる。図書館で調べ物をしている(ふりをしてる)シモンが「前に通りかかった気がする。確かに聴いた気がする」とMichel Sardou- Deja vuを歌ったあと、同じく図書館にいたカミーユに白々しく話しかける。ストーカーしていたんですね。シモンはそこで自分がラジオドラマの脚本を書いていることを述べ、カミーユは中世の農民騎士に関する論文を書いていることをつげる。

 カミーユと別れたシモンは「美しい名前の僕のガイド ナタリー」とジルベール・ベコーの「ナタリー」を歌う。Gilbert Bécaud - Nathalie。この曲はモスクワのガイド嬢に恋する気持ちを歌ったもの。この曲使うなら、なぜ彼女の名前をナタリーと設定しなかったのだろう。この場面以降もシモンがニコラにアパートを紹介する場面で使われます。



 オディールと待ち合わせているマルク。そこにカミーユが現れる。そこでマルクが歌うのは『ラヴ・パレード』(1929)、『メリィ・ウィドウ』(1934)などエルンスト・ルビッチ監督作で映画ファンにもおなじみのモーリス・シュヴァリエの「くよくよするな」。個人的にこの人苦手...。 Maurice Chevalier - Dans la vie faut pas s'en faire

 マルクが姉に紹介する予定のアパートにカミーユに見せる。そこで歌われるのがそして残りはアルレッティとアキスタパスの『そして残りは』。男女の他愛ないかけあいの歌でゆる〜い雰囲気。映像とミスマッチなのはわざと?アルレッティ、映画ファンには『天井桟敷の人々』(1945)でおなじみ。映画デビューする以前は歌手として活躍していた。Arletty et Jean Aquistapace- Et le reste?

 カミーユがオディールにマルクとの仲が急速に進んでいることを告白。"何が起ころうと私は気にしない。あの人は私のもの"と歌う。おなじみエディット・ピアフの「私は気にしない」。『エディット・ピアフ 〜 愛の讃歌 〜』(2007)が公開されていたころ、ピアフの歌をよく聞いていたが、この曲知らない(^^; Edith Piaf - Je m'en fous pas mal

 シモンが中世の農民騎士に扮して?歌うのはアラン・バシュンの『恋のめまい』シンプルなロック。Alain Bashung Vertige de l'amour

 カミーユが論文を完成させ、審査会?に出席。手ごたえがよく、オディールはカミーユを抱きしめ「さあ、街に出て楽しむのよ。学校が終わったの」と歌う。Sheila - L'école est finie こんな牧歌的な歌をここで盛り込む?このアンバランスがこの映画の魅力でありますが。

 マルクが『体の弱い僕』を歌いながら、またしても医者のテキトーな診察を受けている。悲観したマルクは「僕は病気だ」とセルジュ・ラマの「灰色の途」を歌う。Serge Lama "Je suis malade"

 シモンはカミーユがマルクと付き合っているのを知って憤慨。「何の共通点もない。あいつは馬鹿だ」と二コラに不満をぶちまげる。そのとき二コラが慰めるようにレオ・フェレの" Avec le temps“を歌う。「時とともにすべてが流れていく。」Leo Ferre - Avec le temps

 二コラに慰められた二コラがアンリ・ギャラの「友よ,よい友達よ」を歌う。これ、1931年の曲なんですよね。戦時中の歌みたいなノリ。Avoir un bon copain - Henri Garat

 シモンが勧めた不動産物件を二コラが(見栄っ張りな理由で)断る。途方にくれた2人が腰かける場面でジェーン・バーキンの『コワ』が流れる。"愛は燃え尽きて灰になってしまったの いっそ地球が止まってほしい。あなたは屈服するより死を選ぶのね」なんとも刹那的な内容ですが、"ザ・フレンチ・ポップス"といった雰囲気で、はじめて聞いた時から懐かしい感じがする。作詞作曲はバーキンの(事実婚)夫だったセルジュ・ゲンスブール。この曲が作られた1985年、すでに2人は別れていた。この映画で一番インパクトの強い曲。このあと、またしても病院にいく二コラ。このとき「薬を捨てろ」とどやす女医者はジェーン・バーキン!



 論文が出版されることになったにもかかわらず、病気のことで気落ちしているカミーユを励ますオディールが「闘うのよ 自己主張して幸福を求めるの エゴイスティックな世の中なんて拒絶して」が歌う。「夢見るシャンソン人形」で知られるフランス・ギャルの「レジスト」である。(こういう激励方法は感心しませんなあ)この曲、シングルのB面だったみたいだけど...。リズム感が心地よい。



 カミーユの病気を軽んじて、マルクとオディールが酒を飲む。そのときマルクが歌うのはHenri Garat - Amusez-vous。楽しみましょう♪だって、ノーテンキ。

 2人の酒席にあらわれたカミーユ。そこでマルクとオディールが唄のは「ヘマをしないか心配になる 何をしてもいつも失敗する」と歌う。Henri Garat : La Tete qu'il faut faireです。Henri Garat版の動画が見つからなかったので" Charles Richard La tete qu'il faut faire " 1932

 二コラが女と一緒にいる場面を目的したオディール。憤慨して"女のスカートの下をのぞきこむ。男たちの人生はそれだけに費やされる。"とアラン・スーションの「女の子のスカートの下に 」を歌う。今、日本でこんな曲出したら放送禁止?ただ、この曲、女たちはきわどいドレスが切り札だということをよく知っていると続く。エロエロというより結構シニカルな曲です。



実は二コラは運転手の仕事として女性につきあっていただけで、浮気ではなかった...。

このあと、オディールは夫クロードに「世界には似た人が7人いるっていうけど男はみんな不倫しているのかと思ってしまう」とぶちまげる。7人?と(実は不倫をしていた)クロードは戸惑った表情。"世界に7人〜"のくだりはここからきている?→「私に近い6人の他人

 二コラの妻が会いに来た。「なぜ自分をよく見せようとするの。"うまくいかないと私に言わないの」と彼に言い放つ。妻役はジェーン・バーキン。本人が口パクで「コワ」を歌う(生で歌わせればよかったのに)妻が空港に消え去ったあと、二コラが歌う。「彼女との最終回。スクリーンに幕が下りる」Eddy Mitchell - La dernière séance (1977)

 オディールの新居お披露目パーティ出席のため、登場人物たちがそれぞれ支度をする場面で流れるのが、日本でもおなじみ、シルヴィ・ヴァルタンの『アイドルを探せ』。この曲もサントラ未収録。『パローレ、パローレ』、『アイドルを探せ』、本作使用曲のうち、日本で最も有名な2曲がサントラ未収録とは...。



 クロードが愛人と一緒に乗っていた車から降りてパーティに向かう。「君に別れを告げに来た」とセルジュ・ゲンスブールの「手ぎれ」を歌う。Serge Gainsbourg je suis venu te dire 物語紹介ではクロードは愛人とも別れ、妻にも別れを告げに行くということになっていますが、この映像をみると妻とだけ別れをつげる、ととれなくもない。愛人が怖い顔をしているのでどちらにもとれる。そのあと、オディールに別れをつげることを妄想する場面でもこの曲が流れる。

 シモンはマルクにかけより"家の向がい側に建設計画がある(そのため景観が損なわれる)のをオディールに前もって話したのか"と問い詰める。マルクは”計画"だけだ、何も決まっていないと突っぱね、「お前の善人面にうんざりだ」と吐き捨てる。ここでシモンは「迷惑だろうが、お前が俺を挑発するからだ。俺から会いにきたんじゃない。お前が招待なんかするからだ。頼んだわけじゃない」とEddy Mitchell ー Je vous derangeを歌う。

 カミーユがまたしてもパーティで倒れてしまう。落ち着いたあと、二コラが彼女にかけより、"僕たちの症状はまったく一緒だ"と告げる。カミーユは「私は人によく思われたいの。今回は失敗だった」と嘆く。そこにクロードがカミーユの肩を抱き、「君は君のままでいいんだよ」と諭した後「それが本当の君だ」とTelephone : Ca (c'est vraiment toi)と歌う。この曲と場面、特にアンバランスがひどい(笑)。

 二コラに「飲まないのかい?」と聞かれたオディールは「シャンパン1杯で十分。酔っぱらうのはいや」といい「一瞬でも自分をなくしちゃだめ 自分を失えばすべてをなくすのよ」とDranem : Quand on perd la teteを歌う。

 マイクがカミーユに対して「あのバカ(シモン)がこんなところまで来た。不愉快だ」と吐き捨てる。カミーユは「あのバカは私の友達よ」と冷淡な対応。それを聞いたシモンが「俺の面がなんだ。俺の面が気に入らない?」とジョニー・アリデイの「俺のツラ」を歌う。俺のヅラではないんですね。Johnny Hallyday : Ma gueule

 オディールは開発計画のことを(シモンを通して)二コラから知らされ、号泣。取り乱すオディールに対し、別れを告げに来た夫クロールは「手切れ」を歌いかけたが、「泣くのはおよし。これが人生だ。悪い奴のことは忘れろ」とPierre Perret - Mon ptit loupに曲目変更。

 そんななか、トイレを探しにマルクがきて、偽善者となじられる。「僕は嫌われ者。皆の嫌われ者さ」と吐き捨て、クロード・フランソワの「ル・マル・エイメ<愛されぬ男>」を歌いながら退場。Claude François - Le mal aimé

 二コラはイギリスにいる妻ジェーンにミッシェル・ジョナスの「去らないでほしい」を歌い、和解を求める。
Michel Jonasz - Je Veux Pas Que Tu t'en ailles

最後、3曲は一気に畳みかけるのですが、この映画のテーマともいえうもの。もう少し長く歌ってもよかったかな。

 カミーユは「自分はうつ病ではない」とシモンに言い放ったことが間違っていたと詫びる。シモンは自分もうつ病で治療に4年かかったことをつげる。そしてジュリアン・クレールの「時は過ぎゆく<ス・ネ・リヤン>」を歌う。「時はすぎて戻ってくる。去っては戻ってくる船のように君の目の前には無数の小舟が通り過ぎていく。」この曲好き。日本人好みのメロディだと思います。



 オディールと別れないことを決めたクロードが歌うのは"Claude Francois - Chanson populaire" 。「愛は繰り返す。小さなことを重ね、歌って踊っていっては戻る。はあやり歌のように 愛はリフレイン。腕の中に滑り込む。」この映画の原題はON CONNAIT LA CHANSON(その歌なら知っている)まさにテーマソングのような曲です。

 

 そしてラスト、すっかり嫌われ者となったマルクが「映画の中ではヒーローはかすり傷もせずに敵を倒す」とエディ・ミッチェルの「白人のブルース」を歌う。"人によく思われたい、気取った奴"を揶揄する意図があると思うのですが、これだけではわかりにくいか。タバコをふかすランベール・ウィルソンの映像はこの作品中、一番映画的。(ランベールが歌ってはいませんが)歌声と画像、最後だけはちゃんとフィットしてます(笑)。Eddy Mitchell - Blues du blanc

ふう、やっと終わりました。簡略記述とは36曲もあると結構な長さ。全部目を通してくれた人いるのでしょうか?

また、パニック障害が取り上げられているのも本作の大きな特色のひとつ。病院通いのニコラと突然倒れてしまうカミーユは(映画では明確に定義していませんが)明らかにパニック障害の症状。パニック障害は1960年頃から他の病気と区分されるようになり、心拍数増加、発汗、身震い、息苦しさ、吐き気、めまい、胸の痛みなど13の症状から4つ以上が突然出現して、10分以内にピークを迎えると定義されている。また、一度発作を起こしたあと、「予期不安」と呼ばれる発作への不安に苦しめられるという。本作でもツアーガイド途中でカミーユが倒れる場面が出てくる。「うんざりだわ。いつまたこうして倒れるかわからない。外出も仕事も買いものもできない」と嘆く。

昨今では日本でも有名人の告白が相次ぎ、この病気もかなり知られるようになった。約20年前、『恋するシャンソン』公開時はさほどでもなかったと思う。自分は本作をみてこの病気の存在を知った。命にかかわる病気ではないし、時間はかかるが治療は可能。体験者の話などを読むと、周りの人が直接手助けできることは残念ながらあまりないように感じる。ただ、症状を理解する必要はある。本作でカミーユの症状を軽んじてうざそうにしているオディールの対応は最悪でしょう。シモンのよーにカミーユが倒れたどさくさに紛れてキスするなんてもってのほかです。

『恋するシャンソン』はうつ病、パニック障害といった心の問題を扱っており、決して楽しい物語ではないが、登場人物の声が突然ヒット曲に変わるという奇抜性、また最後はハッピーエンド的に終わったことで後味は悪くない。"この映画をみてハッピーな気分"になったという人が多かったのはそんなところでしょう。2回、3回見た方が楽しめるタイプの作品。類似物が全く思い浮かばない変な作品。パニック障害の物語をヒット曲をちりばめたミュージカルにするなんて誰が考える?ミュージカル映画もアラン・レネ監督の手にかかるとここまで独特の色合いをもつんですね。
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2019.01.16 Wednesday | 01:03 | - | - | - |

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