映画のメモ帳+α

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秋のソナタ

秋のソナタ (1978 スウェーデン)

秋のソナタ(1978)原題   Höstsonaten
監督   イングマール・ベルイマン
脚本   イングマール・ベルイマン
撮影   スヴェン・ニクヴィスト
出演   イングリッド・バーグマン リヴ・ウルマン
     レナ・ナイマン グンナール・ビョルンストランド エルランド・ヨセフソン

第51回(1978年)アカデミー賞主演女優(イングリッド・バーグマン)、脚本賞ノミネート



国際的ピアニストとして活躍し、奔放な恋愛歴をもつ母シャルロットと、母に放置され抑圧されたと感じている娘の葛藤を描く。7年間会っていない母親に娘が手紙を書いて呼び寄せるところからスタートし、過去の怨念を抑えきれなくなった娘が母親をなじる場面がえんえんと続く。大女優イングリッド・バーグマンの劇場映画としての遺作であり、最高傑作。そのバーグマン相手に一歩も引かないリヴ・ウルマンの凄み!自分のためだけに泣き、2階から娘が母親を呼ぶ声に全く気づかぬまま家をあとにする母。数日たち母に赦しを請う手紙を書く娘。2人はもう会うことはないかもしれないが、もし再会すればまた同じ葛藤を繰り返すことが容易に想像できる。
☆☆☆☆
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 スウェーデンの巨匠監督イングマール・ベルイマンとスウェーデン出身の大スター、イングリッド・バーグマン。2人は1950年代に知り合い、ベルイマンはバーグマンのために脚本を書くことを約束する。だが、話がすすまないまま時はすぎ、1973年カンヌ国際映画祭で審査委員長をつとめたバーグマンはベルイマンと再会。脚本を催促する手紙を渡したことからようやく実現。だが、いざ脚本を受け取るとバーグマンは激しいショックを受けた。あまりにも自分本位で身勝手な役柄、そして不倫のあと夫と子を捨ててロベルト・ロッセリーニ監督のもとへ走った自身の姿をほうふつさせる設定に強い抵抗感をしめし、何度もベルイマン監督にくってかかった。(バーグマンっていつも監督とケンカしてません...?)。だが、いざ納得すると壮絶な演技をみせた。本作の演技についてバーグマンは自伝の中で「はじめて演技らしい演技をさせてもらえた。私の女優人生は完結したと思えた」と語り、自分の演技に満足できたバーグマンは映画界引退を宣言。撮影当時、バーグマンは既にガンを患っており、本作が劇場用映画としての遺作になった。(そのあとTVドラマに一本出演している)ベルイマンのほうも「バーグマンは素晴らしい女優。もっと早く一緒に仕事をするべきだった」と語っている。イングリッド・バーグマンはいわゆる"天才肌”の女優ではない。努力で勝ち得た演技力の持ち主というのが個人的印象。遺作でかつ、同郷の巨匠イングマール・ベルイマンとの初顔合わせでキャリア最高の演技を披露したというのは彼女らしい。大スターは最後まで様になるお膳立てが用意されている運命なんですね。

※ 娘エヴァの台詞(NHKBS放送時の字幕より引用)
「人間は素晴らしい生き物。想像を超えた存在よ。人間の中にはあらゆるものがある。神の姿に似せて創られたんだもの。そうできているのよ。悪者 聖者 預言者 芸術家 偶像破壊者 一人の中にそのすべてがある。絶えず変化し続ける模様のように…だから現実も一つではないのよ。私たちに感じ取れる現実だけではなく、無数の現実が重なり合ってお互いを取り巻いているの。境界を信じるものは臆病よ。境界はない。思考にも感情にも。恐れが境界をつくるだけ。」

「母の不幸は娘の不幸 娘の不幸は母の喜びなの?私を悲しませてこっそり楽しんでいたの?」

母シャルロットの台詞
「私は愛情を知らなかった。優しさも触れ合いもぬくもりも何ひとつ 気持ちを表現する手段は音楽だけだった。時々思うのよ。自分は本当に生きてるのか。誰もがそうなのか。生きるのは特別な才能が必要なのか。才能のない者は生きるのではなく存在するだけ?そう思うと怖いわ。自分自身の姿が恐ろしく見えるの。成長していない。顔と体は年老いたわ。記憶や経験も増えた。でも本当は生まれてもいない。誰の顔も思い出せない。自分の顔も。」

2人の価値観は相いれない。だが、現実は母がそれなりに成功し、幸せで、娘は満たされない日々を送る。
前述の台詞だけを読むと、逆のように思えるが...。母親が利己的な考え方しかできないことがよくわかる。

ほとんど会話のみの、舞台劇のようなつくりだがそれでも映画として成り立っているのは2人の女優から醸し出される"気"というか....。そういうものがあるから。これは大スクリーンで見たほうが良い。会話劇をあえて映画にするならこれくらいの凄みがないと。

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2018.05.21 Monday | 01:04 | - | - | - |

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