映画のメモ帳+α

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ジーザス・クライスト・スーパースター

ジーザス・クライスト・スーパースター (1973 アメリカ)

ジーザス・クライスト・スーパースター(1973)原題   JESUS CHRIST, SUPERSTAR
監督   ノーマン・ジュイソン
原作   ティム・ライス
脚本   メルヴィン・ブラック ノーマン・ジュイソン
撮影   ダグラス・スローカム
作詞   ティム・ライス
音楽   アンドリュー・ロイド・ウェバー アンドレ・プレヴィン
     ハーバート・スペンサー
出演   テッド・ニーリー カール・アンダーソン
     バリー・デネン ジョシュ・モステル ボブ・ビンガム

第46回(1973年)アカデミー賞編曲・歌曲賞 ノミネート

ロンドン生まれの作曲家アンドリュー・ロイド・ウェバーは王立音楽院在学中に4歳年上の作詞家ティム・ライスと出会い、2人で曲作りをはじめた。学生用ミュージカル『ヨセフと不思議なテクニカラーのドリームコート』(1968)という15分の短編を作ったあと、はじめて手掛けた長編ミュージカルが『ジーザス・クライスト・スーパースター』。1971年にブロードウェイで幕をあけるとイエスの生涯をロック・オペラにするという斬新な発想が受け、上演回数700回以上の大ロングランを記録した。その舞台の映画化が『ジーザス・クライスト・スーパースター』(1973)である。といっても監督のノーマン・ジュイソンは舞台を観ずに、コンセプト・アルバムのみを聞いて映画を作っているから、実質期にはアルバムの映画化である。

 1982年、90分の長編に作り直された



ロイド・ウェバーとティム・ライスは最初からミュージカルにする予定で製作を進めていたが、実績に乏しい若者はどこにも相手にされなかった。2人は仕方なく、ラスト曲「スーパースター」をシングルレコードとして発売。これがbillboardシングルチャートで最高位14位となるスマッシュヒット。それを受けてコンセプト・アルバムを制作したところ何と300万枚を売り上げる。そこでこのアルバムをメインとしたコンサートを開いたところアメリカのヒッピーたちに大受け。評判を聞きつけたプロデューサー、ロバート・スティグウッドが彼らに声をかけたことで、ようやく本来の目的だったミュージカル化が実現したという経緯がある。

※ コンセプト・アルバムで"Superstar" を歌っているのは、のち"One Night in Bangkok"(1984)のヒットで知られるマレー・ヘッド。


さて、以降はあくまでも映画の話です。
いきなりバスが出てきたのはたまげました〜。
最後まで見ると、演じるためにロケバスでやってきたということがわかりますが。

そのあと、黒人が熱唱しだす。なんじゃ、こりゃ...。
これも少したつと黒人の彼はユダ役だったことがわかります。

そしてついにイエス様登場。何か貫禄ねえ...。
マグダラのマリアらしきお姉ちゃんも登場しますがアジア系。全然エロくなく、娼婦に見えない。
斬新といえば斬新ですが、何か奇をてらいたいだけのような気も....。

史上初のロックオペラということなんです。
イエスもユダもシャウトします。
でも...全体的にはロックというよりディスコソングっぽい。

違和感ありありでずっと見ていると...。
「ヘロデ王の歌」
パパイヤ鈴木みたいなおっさんが上半身裸で女をはべらせて歌う。

ここでキレました....緊張の糸が。
そうか、これはカルト映画なんだ。たとえイエス・キリスト様を描いた作品であろうとも
眉間にシワよせてみるものではないんだ。
すっかり気持ちがラクになったワタシクめ。
それから先は十字架まで悲劇クライマックスになるはずなのですが緊張感ゼロ。
ラスト、イエスの代わりにユダが復活し熱唱しても「いいんじゃない?」何とも思いませぬ。

初見時は、こんな感じでした。

さて、本作の収録楽曲です。

1.Overture(序曲)
バスの中からヒッピー風の若者たち、登場。
出演者は衣装に着替えたり、小道具を取り出したり....。
テッド・ニーリーのクローズ・アップ
誰これ、もしかしてイエス役の人?貫禄ねえ...。

2.Heaven on their Minds(彼らの心は天国に)
岩に腰かけたユダ(カール・アンダーソン)が歌い始める。
自分が神の子だと本気で思っているのか。
最近の言動はおかしい。
度を越したら全てを敵を回すぞ。
俺は生きのびたいんだ。
話を聞いてくれという内容。

うざいなあ、暑苦しいなあ、映像つまらないなあ。

3.What's the Buzz(何が起こるのですか)
何が起こるのですか?と弟子たちがイエスに聞く。
なぜ知りたがる?今日を生きろ。先のことは考えるな、
私には先のことがわかっている、とイエス。
顔をふいて火照った顔をさましてあげましょうとマグダラのマリア(イヴォンヌ・エリマン)

リフが多く、ジェームス・ブラウンっぽい曲。

4.Strange Thing Mystifying(不思議な出来事)
商売女を相手にするな、あんたの教えにそぐわないよと歌うユダ。

イエスは「女を非難するな。自分が罪なきものなら石を投げてもいい」と反論。
映画を最後までみると
イエスを愛していたユダがマグダラのマリアに嫉妬していたという
極めて通俗的な解釈にたどりつきます。

イエスは続けて「何と浅はかな弟子たちだ」
「それは違います」と反論する弟子たち(ユダを除く)

「私を心配している弟子など誰ひとりいない」
イエスを愛していたユダは悔し涙をこらえます。

5.Then We are Decided(はっきりさせよう)
イエスを甘く見ていた。彼が王になったりしたら
ローマはどう思う?
何とか手をうたねば身の破滅だ。
じゃあ、議会にうまく訴えてみましょう、という歌。

カヤパ役のボブ・ビンガム
低音の声が細く、ちょっと弱いなあ。
アンナス役のカート・ヤハジアン
コメディ・リリーフ的な役割です。

6.Everything's Alright(今宵安らかに)
マグダラのマリアがイエスに香油を塗りながら「悩まないで」と癒す。
それをみていたユダが「そんな高価な香油を使うなら貧しい人を救え。それを売れば銀貨300枚にはなるだろう」と反論。
銀貨300枚....はい、ここで伏線をはります。
そう、ユダは香油ではなくイエスを売って自分が銀貨300枚を受け取ったゲス野郎なのです。
イエスは「貧しい人は常にいる。私たちにそんな力があるとでも?善き行いを続けろ。私は(いずれ)いなくなるんだぞ」と反論。ユダは"私がいなくなる”の言葉にショックを受ける。

5拍子のリズムが妙に心地よい。"close your eye close your eye"とマリアがしなやかに歌い上げるパートが印象的。
シングルカットされ、ビルボード92位まで上がりました。

実はこの曲、John Farnham, Kate Ceberano & Jon Stevensが1992年、オーストラリアでシングルとしてリリース。
オーストラリアのヒットチャート最高6位。


遠藤周作氏の著書によると、この時代、客に油油を塗るのは最高の礼儀だったそうです。
ローマ人の贅沢だったので、反ローマ的感情をもっているユダヤ人には嫌われた習慣。
「この香油を売れば銀貨300枚...」はヨハネ福音書ではユダが言ったことになっていますが
マルコやマタイの福音書では個人名は出ておらず、弟子の数人が反対したと記載されている。
後になればなるほど弟子の過ちすべてをユダひとりになすりつける傾向があったとか。

この映画ではもちろんユダひとりになすりつけています。

7.This Jesus Must Die(イエスは死ぬべし)
工事現場みたいちゃちなセットで"スーパースターを称えよ"という声をバックにカヤパとアンナスが
"奴が民衆を扇動してローマ帝国に暴動でも起こされたら一大事。
あいつひとりのせいで我々に血と破滅をもたらす。洗礼者ヨハネ同様、イエスの息の根をとめろ”
と歌う。

8.Hosanna(ホザンナ)
ホザンナとは神を称える叫び。
イエスがエルサレム入場した際、民衆が叫んだ言葉だそうです。
もとはヘブライ語で"救いたまえ"という意味。

9.Simon Zealotes(熱心党シモン)
熱心党シモンとはなんぞや?聖書にも記載はわずかしかない。
遠藤周作氏の著書(「私にとって神とは」)によるとシモンとは12使徒のひとりで
"あの人を守りたてて、ローマを駆逐し、ユダヤ人の世界にしようという考えを持っている
熱心党と言われる当時の全学連のような考えのもの"だったらしいです。

それよりもこの場面、ソウルトレインをほうふつさせてやや戸惑いました。
「ローマを倒しましょう」と叫ぶアホっぽい群衆に戸惑うイエスとユダの表情を浮かび上がらせる役割をもった楽曲でしょうけど、あんまりうまくいっていないような。

10.Poor Jerusalem(哀れなエルサレム)
イエスがしっとりと歌うバラード。
「おめえらは力とか栄光が何かを何ひとつわかっちゃいねえよ。
目を閉じてみようとしない。死を克服するには死ぬしかねえんだよ」と歌う。

11.Pilate's Dream(ピラトの夢)
ピラト(バリー・デネン)がしっとりと歌うバラード。
群衆が私を非難する声がこだまする、と嘆きます。

12.The Temple(イエスの宮)
エルサレムに入城したイエス。神殿で商売をする商人たちのテーブルをひっくり返し、追い出す。
ただねえ...この映画だと神殿ではなく、単にアウトドアで行われているフリーマーケットを荒らしているようにしか見えない。
民衆が奇跡を求め、「私を治してください」と群がってくる。

13.I Don't Know How to Love Him(私はイエスがわからない)
いろんな男を知っているけどイエスはわからない。
彼はただの男なのに。(さあ、キリスト教団体の皆さん、激怒の準備はいいですか?)
彼が怖い。でも愛している。私はすっかり変わった。どうしてこんな気持ちになったのかしらという歌。

マグダラのマリア役イヴォンヌ・エリマンが歌い、全米billboardチャートで28位まで上がった。
いかにもミュージカル的な歌唱で、変に歌い上げる歌唱が個人的に苦手。
ポップス歌手ヘレン・レディも1971年にこの曲をレコーディング。チャート13位まであがりイヴォンヌ・エリマンよりヒットした。こっちのほうが聞きやすいのは確か。



それにしても多くの人が録音している曲ですね。そんなにいいかしら...。
I Don't Know How to Love Him(wiki)

14.Damned For All Time/Blood Money(裏切り/血の報酬)
うずくまるユダ。合成っぽい戦車の映像。ユダのみた妄想か。ここはシュールでよい。
ここからユダの熱唱。
「おれは卑怯な男さ。イエスの力もこれまで。賞金目当てじゃない。迷いもあるさ」
アンナス「言い訳はよせ」
カアパ「準備はできている。イエスの居場所を教えろ」

ユダ「汚い金はいらない」
カヤパ「汚い金じゃない。手数料だ。貧しい人に恵んでやれるぞ」

次は飛行機が飛びます。もう、ご勝手に。

15.The Last Supper(最後の晩餐)
「使徒になるのが夢だった。引退したら福音書をかこう 私たちの名前が語り継がれるだろう」
ちなみに新約聖書4つの福音書のうち「マタイの福音書」と「ヨハネの福音書」が
12使徒メンバーの手によるものとされているが、別人説も根強いらしいデス。
 
イエスは
「このぶとう酒は私の血。このパンは私の肉。」としっとり歌う。
そしてペテロは鶏が泣くまでに3回私を知らないという。
ユダは私を裏切ると断言。

ユダとイエスのシャウト合戦。
舞台ではこの歌唱法でいいかもしれないけど
映画ではもう少し抑えて演技でニュアンスを出してくれないと...。

眠りこける弟子
「私とともに待つものはいないのか」と愚痴るイエス。

16.Gethsemane (I Only Want to Say) (ゲッセマネの園)
イエスが神に向かって
「何で僕ちゃん、死ななきゃいけないの?」と嘆きますが
曲調が変わると
「黙って死ぬよ。死にざまをみればよい。」と開き直ります。
ここで絵画のクローズアップ。こんな演出でいいの?
見せ方が単調なので全く心に響かない。
ただ鬱陶しいだけの長丁場になっている。

17.The Arrest(逮捕)
ユダの裏切りのキス、そして逮捕...。
寝ていた弟子は「一体何が起こったんだ」と歌いだす。
連行されるイエスに失望感をぶつける民衆たち

18.Peter's Denial(ペテロの否認)
「どこかでみた顔だわ。あんたイエスの弟子だろ」
「違う。人違いだ」
イエスの予言どおり3回にわたって否定するペテロ。
マグダラのマリアから「あんた何考えてんの?」と詰め寄られます。
「仕方ない。身を守るためだ」
ペテロの"弱さ"を描くこの場面は重要。
それをイエスが悲し気に眺めているというのが定番なんですが
本作では描いていませんでした。

19.Pilate and Christ(ピラトとキリスト)
「このみすぼらしい男は誰だ。私の宮殿を汚すのは」
ピラト(バリー・デネン)が歌う。
「おまえは神の子か」
「自分ではそういっていない」

ピラトとアンナン、似たような雰囲気、似たような歌い方
混同しそうになります。

「ヘロデのところへゆけ」
"you're Herod's race.you're Herod's cace."
上手く韻を踏んでいます。

このあと、民衆たちがホザナがやや皮肉気味にリプライズ。
「万能の力があったんじゃなかったの?ちゃんと説明してよ」

20.King Herod's Song(ヘロデ王の歌)
黄色サングラスの変な男がニヤケタ顔がクローズアップ。
なんだ このブタ!?こいつがヘロデ王らしいです。

「私はあんたのファンなんだよ。死者を生き返らせたんだってな。奇跡とやらを見せて。
水をワインに変えてみて。プールの上を歩いてよ♪」
上半身裸のブタがプールサイドで水着の女たちと躍ります。
期待に応えないイエス。怒り狂うヘロデ王。



この映画、唯一の笑える場面。
前述のとおり、私めここですっかりキレまして
もうその後はどうでもよくなりした。
処刑されよーが復活しようが勝手にしておくれ!
でも、この歌が一番好きです(笑)。

ヘロデ王役のジョシュ・モステルは上手い。
この映画のパフォーマンス全体に不満をもっていた自分としては
ピラトとヘロデ王が上手かったので少し落ち着きました。

21.Could We Start Again, Please?(始めからもう一度)
マグラダのマリアとペテロが
「こんなことになるなんて。私はどうすればいい?
あなたの言ったことは正しかった。ただやり過ぎて真意が伝わらなかった。
恐ろしいことになるまえにやめとけばよかったのに
最初からやり直せないだろうか。」
と歌う。

この段階でこんなことを歌う。
まだ弟子たちはイエスを地上の救世主と思っていたのですね。
弟子たちがイエスが神の子であることを理解したのは復活後と言われている。

22.Judas' Death(ユダの自殺)
タイトルのとおり。
イエスはただの男だ。王なんかじゃない。
イエスは俺を愛してくれるだろうか。
最後、あんたは俺を殺したと叫んで自殺。
イエスを売って死刑に追い込んだあげく、あんたは俺を殺した、か。

ここまで全力でがなられると逆に何も伝わらない。

哀れなユダ、さようならユダの声

23.Trial Before Pilate(ピラトの裁判)
イエスが戻されてきたことに戸惑うピラト。
「なぜ戻ってきた。」
「ユダヤの法では裁けません。総督の権限で彼を十字架に!」

イエスは「私の王国は地上にはない。
と言い放つ。

「ローマ皇帝への務めだ。平和のために殺せ」
イエスを十字架にかけることを要求する民衆たち。
彼を刑に処する理由が見つからず悩むピラト。
むち打ちで十分と言い放つ。

39回のむちうち。beatがたたみかけます。

ピラト「答えろ、イエス。お前の運命は自分の手にかかっている。」
イエス「あんたは無力。神が定めた運命には逆らえない」

民衆の叫ぶはさらにヒートアップ。
行き場のなくなったピラトは「死にたければ死ね」と開き直り。

24.Superstar(スーパースター)
十字架にのって空からおりてくるのは何とユダ。
「あんたがわからないよ。
コントロールできない状態になぜもっていくんだ
きちんと計画を立てれば上手く立ち回れたはずだ。
なぜマスコミもないこんな時代と土地にやってきた?
あんたが今の時代に生きていたら世界に手が届いていたよ。

誤解しないでくれ。知りたいだけなんだ。

ジーザス。クライスト
あなたは何者?何を犠牲にしたの・
ジーザス・クライスト・スーパースター
あなたは皆が言っているような人なの?

天国にいる仲間たちの中で誰が一番偉大なんだい?
釈迦?マホメットは山も動かせる?
あんたの死に方は間違いだったのかい?
何せ前例がないものでね」

という歌。いかにも70年代なパフォーマンス。
ここで気分があがる観客も多いでしょう。
個人的には口がぽか〜んで終わりました。

25.The Crucifixion(磔)
キリストが十字架にかけられる場面。インスト
「彼らは自分たちが何をしているかわからないのです。
神よ なぜ私を見捨てられたのですか。
父よ。委ねます。あなたの手に。私の魂を」
唯一の台詞。

26.John 19:41(ヨハネ伝19章41節)
みんなでバスに帰ります。イエスを除いて。

さて、作詞のティム・ライスによると本作のイエスは"ユダの目線から見た普通の男"。
神の子というより、あくまで人間イエスを描く。他のキリスト伝映画でもたいてい同様の試みがなされており
そうでないと映画にはなりにくい部分がある。まあ、それは良い。
ただし、本作の"ユダの目線"というのがよくわからないのだ。

貧しい人々が飢えに苦しんでいるのに、自分は高価な香油を愛用する。だから裏切った?

さて、イエスの「貧しい人は幸いである」の貧しい...は文字どおり金銭的な意味なのだろうか?
マタイの福音書には「(心の)貧しい人」という注釈がある。
原典になるべく忠実に訳すと「霊において貧しい人」。
「霊において〜」とは特別な力を持たない、平凡な人という意味らしい。


イエスはいずれ"地上の王"となる。そうなったとき、自分もそれなりの地位に引き上げてもらおう。
弟子たちは多かれ少なかれこういう考え方だったが、
ユダはその中でも人一倍出世欲の強い人だったという見方もある。

ユダはなぜイエスを裏切ったのか?
今のままではイエスの立場が悪くなり出世どころじゃない。
じゃあ、捕まえてもらえば改心するだろう...。

ラスト、(イエスの変わりに?)ユダが復活し
「あなたを愛していた」...。えっ、同性愛の話だったの?
もちろん、そういう意味を超え、尊敬に近い愛だろうけど
本作のフリーシネマっぽい雰囲気だと乱れたものを想像してしまいマス。

金か出世か愛か、ユダの裏切りの理由は何だったのか?
解説書とか、ましてや他の映画をみてもはっきり書いているものはほぼないし、
映画にこれを求めるのは酷かもしれない。

でも、本作が"ユダの視線"で描くというなら、そこは仮説で突っ走ってもいいから
もう少し明確に示すべきではないか。
そこがあいまいなまま、ラストにユダが登場してシャウトされてもね...。
がなり歌唱は一時的に効果をあげても、何度も何度もそればっかりだと聞き慣れてただの騒音と化す。
結局、この映画のテーマが何だったのかがよくわからない。

キリスト教関連の映画や舞台などが公開されると「聖書に忠実でない」「神への冒涜だ」といった抗議が関連団体から沸き起こるのは、もはや"お約束事"。若いティム・ライスとアンドリュー・ロイド・ウェバーがわざわざこの題材をとりあげたのは今でいう"炎上商法"により立身出世をはかった?この後、『ロッキー・ホラー・ショー』(1975)も出てきたし、この時代のミュージカル映画は奇をてらわないとなかなか振り向いてもらえなかったか?

また、本作が"ミュージカル映画衰退期"に制作されているのも気にかかる。
かつてミュージカル映画はガチガチのセットで撮影されていた。
それを嘲笑うかのように、本作はロケのみで撮影、セットもほとんどない。
ただ、この"ロケ"を強調するばかり、変化に乏しくなった映像は逆の意味で舞台っぽい。

『ジーザス・クライスト・スーパースター』、ミュージカル映画好きの自分としてはそれなりに楽しめたし、決して嫌いでないのだが、いろいろとひっかかる箇所が多くてね。一時期、『フラッシュダンス』(1983)、『フットルース』(1984)などのように、サントラ映画...サントラが主で映画が従であるかのような作品が流行ったことがあったが本作はそのハシリかも。ミュージカル映画はできるだけ頭カラっぽにしてみたいんだけど、本作のように聖書物語をもって主題があいまいなままイベント映画のノリで突っ走るだけではね...。何か+αがほしかったデス。
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<新約聖書を題材にした映画>
マリア (2006)
キング・オブ・キングス (1927)
ゴルゴダの丘 (1935)
キング・オブ・キングス (1961)
奇跡の丘 (1964)
偉大な生涯の物語 (1965)
ジーザス (1979)
最後の誘惑 (1988)
パッション (2004)

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2017.05.25 Thursday | 00:51 | - | - | - |

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