映画のメモ帳+α

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市民ケーン

市民ケーン(1941 アメリカ)

市民ケーン(1941)原題   CITIZEN KANE
監督   オーソン・ウェルズ
脚本   ハーマン・J・マンキウィッツ オーソン・ウェルズ
撮影   グレッグ・トーランド
編集   ロバート・ワイズ
音楽   バーナード・ハーマン
出演   オーソン・ウェルズ ジョセフ・コットン
      ドロシー・カミンゴア エヴェレット・スローン アグネス・ムーアヘッド
      ルース・ウォリック レイ・コリンズ アースキン・サンフォード
      ウィリアム・アランド ポール・スチュワート ジョージ・クールリス

(日本劇場初公開 1966年6月14日)

第14回(1941年)アカデミー賞脚本賞受賞。作品、監督、主演男優(オーソン・ウェルズ)、撮影(白黒)、編集、録音、室内装置、劇映画音楽賞ノミネート



新聞王ケーンは、"バラのつぼみ"という言葉を残して死んだ。ニュース映画の記者はその言葉がケーンという人間を紐解く鍵となるとみなし、関係者に取材を試みる。「火星人襲撃」のラジオ放送で一躍時の人となったオーソン・ウェルズが25歳で発表した映画デビュー作。当時のメディア王ランドルフ・ハーストをモデルとしていたため物議を醸し、公開にあたってすさまじい圧力を受けた。冒頭の記録フィルムで物語の概略は前もって観客に伝えたうえで、関係者の証言をもとに主人公の人物像をじっくり浮かび上がらせる構成、深い奥行きを作り出すディープ・フォーカス、大胆なクローズアップ、ローアングルの多用などの手法は後の映画製作に大きな影響を与えた。歴代映画ランキングの1位に何度も選ばれている不朽の名作。
☆☆☆☆★★
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 若かりしとき、名作の誉れ高いこの『市民ケーン』をはじめて観た。面白かったものの、さほど新鮮味を感じず"これが歴代1位?"と腑に落ちない部分もあった。時がたち再見してようやくこの映画の凄さがわかった。

新鮮味を感じなかったのは、後進の映画作家たちがこぞってこの作品の影響を受けていて、その作品群を先に観ていたから。
あと、まだ映画を観始めて日が浅かったので物語を追うような見方をしていたため。

(ハリウッド映画全盛期であった)同時代に公開された他の作品と見比べてみても、全く違う語り口と映像手法。そして時の権力者、しかも映画業界と密接に関わりのあるメディア王を標的にするという大胆不敵さ。若干25歳の若者がこの作品を撮ったという衝撃。物語、映像手法、同時代性...これだけの条件がそろった作品は今後出てくるとは思えない。映画ファンの投票で本作が1位に選ばれることは少ないだろうが、批評家が選ぶランキングではこれから先も上位にとどまり続けるだろう。映画史を語るうえで絶対に外せない作品。


既にさんざん語りつくされている本作に関して、筆者ごときがこれ以上能書きを垂れるのも何なので、
以下、トリビアをいくつか。
熱心な映画ファンには既知との遭遇ばかりでしょうが、個人の映画備忘録ということでお許しを。
主な参照資料は『オーソン・ウェルズ―その半生を語る』と『『市民ケーン』、すべて真実 』です。


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・「バラのつぼみ」の元ネタはとある噂話。
"ランドルフ・ハーストは愛人マリオン・デイヴィスのプッシーをバラのつぼみと呼んでいる"
明らかに自分をモデルとした映画で、かつ"バラのつぼみ"を映画の重要なキーワードとして使われたのだから怒るのは当たり前。しかも彼は"バラのつぼみ"と最後に言い残して死んだという設定。事情を知る人なら大笑いする内容なのだ。このことはTV映画『ザ・ディレクター <市民ケーン>の真実』(1999)でばっちり描かれている。



それにしても、メディア王ウィリアム・ランドルフ・ハーストは自身の新聞をはじめあらゆる手段で上映妨害活動を続け、配給先PKOだけでなく、他の映画会社にも(ユダヤ人であることを公表する、他スキャンダルなどで)脅しをかけてこの映画を握りつぶそうとしたのには驚くばかり。映画会社幹部らが費用を出し合って、フィルムを買い取り焼き払おうとしたという。ウェルズいわく、「焼却される可能性は5部5部だったが、最終的に判断をする検閲主が敬虔なカトリック教徒で、彼の前でロザリオを落として見せたので、焼却されずにすんだ」と語っている。本当かいな?

・有名な朝食場面。ケーンと先妻エミリー(ルース・ウォリック)との関係の変化がわずか2分の映像の積み重ねだけで示される。この場面の注釈にはこう書かれていたという。

「注意:以下のシーンは計9年間にわたり、同じセットで、照明、窓の外の特殊効果、衣装を変えながら演じられる」



・ディープ・フォーカス(日本ではパンフォーカスという)・・・被写体深度を深くすることにより、近くから遠くまで全てにピントがあっているように見せる撮影法。この撮影だと、個人的には奥ばかりみてしまいます。

citizen kane deep focus1  citizen kane deep focus3  citizen kane deep focus5

citizen kane deep focus2  citizen kane deep focus4

・ひとりパズルをするスーザン。部屋の広さが孤独をいっそう引き立てる。
citizen kane susan

・これがよりローアングルで撮るため、スタジオに穴を掘り、そこにカメラを置いて撮影された場面。RKO 281- Positioning the Camera
ローアングルゆえ天井が映っているが、これは当時のハリウッドでは珍しいことだったという。(予算削減のため、セットをつくる際天井を作らないのが常。ただし、『駅馬車』(1939)などでも天井がうつる場面があり、本作が初めてというわけではない)


・ザ・ニューヨーカー誌の著名な映画評論家ポーリン・ケイルは"ウェルズを他のスタッフ(脚本、撮影、美術..)の重要性を戦略的に過小評価させることで自分の名声を確立して来た"と糾弾.脚本で需要な役割をはたしたハーマン・J・マンキーウィッツ抜きで、自分ひとりのクレジットにしようとしたのは事実らしい。『ザ・ディレクター <市民ケーン>の真実』でもそのように描かれている。(ウェルズ自身は否定)。

ウェルズの主作品で脚本が彼単独でないのは本作だけである。ちなみにマンキーウィッツはアル中だったらしい。そう考えると『市民ケーン』でのケーンと劇評家リーランド(ジョセフ・コットン)との関係は、ウェルズとマンキーウィッツに投影してみたくなる。

・マンキーウィッツと違って?、最大限の敬意を払われたのが撮影のグレッグ・トーランド。監督・主演のウェルズと同等扱いでcreditされているのだ。「デッドエンド」(1937)、「嵐ケ丘」(1939)、「怒りの葡萄」(1940)、「西部の男」(1940)、「果てなき船路」(1940)などジョン・フォード、ウィリアム・ワイラーという超一流監督と仕事をしているトーナンド。ウェルズが依頼したわけではなく、トーナンドのほうから売り込みにきたというのは驚くばかり。ウェルズは「当時、世界一のカメラマンが自分のオフィスにいて驚いた。「私ははじめて映画を作る人と一緒に仕事がしたい」と言ってくれた。彼は最高だった」と語っている。

・下手くそなオペラ歌手スーザン。この微妙な下手さ加減はうまい。ソプラノ歌手のジーン・フォーワードが歌っている。彼女はわざと下手に歌っているわけではない。音域を絶望的なほど高く設定されていたため、歌えなかったのだ。スーザン役のモデルは元女優のマリオン・デイヴィス。ハーストの愛人だったが、映画のように破産した彼を見捨ててはおらず、自分の宝石を質に入れるなどしてハーストの手助けをした。ウェルズは「彼女は(映画のスーザンと違って)善良な女性だった。彼女が怒るのは無理もない」と語っている。『ザ・ディレクター <市民ケーン>の真実』の中ではメラニー・グリフィスがマリオンを演じているんだけど、これがハマリ役。めちゃ上手い!

音楽を担当していたのは、後にヒッチコック映画で有名となるバーナード・ハーマン。ハーマンはこの仕事について「(他のハリウッド仕事と違って)制約もなく、十分な時間を与えられた」と満足しており、ウェルズを"深い音楽的教養の持ち主だった"と語っている。ちなみに編集はかのロバート・ワイズ。『市民ケーン』にはこれだけの一流スタッフが結集している。ポーリン・ケイル女史が糾弾するはずです(笑)。

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2017.05.24 Wednesday | 09:56 | - | - | - |

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