映画のメモ帳+α

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邂逅(めぐりあい)

邂逅(めぐりあい)(1939 アメリカ)

邂逅(1939)原題   LOVE AFFAIR
監督   レオ・マッケリー
原案   レオ・マッケリー ミルドレッド・クラム
脚本   デルマー・デイヴィス ドナルド・オグデン・スチュワート
撮影   ルドルフ・マテ
音楽   ロイ・ウェッブ
出演   シャルル・ボワイエ アイリーン・ダン
      マリア・オースペンスカヤ リー・ボウマン
      アストリッド・オールウィン モーリス・モスコヴィッチ

第12回(1939年)アカデミー賞作品、主演女優(アイリーン・ダン)、助演女優(マリア・オースペンスカヤ)、原案、歌曲("Wishing")、室内装置賞ノミネート



旅先の船で出会ったミシェルとテリー。ミシェルはプレーボーイとして名を知られ、テリーにも恋人がいたがお互いひかれあい、6か月後、"天国に一番近い場所"エンパイアステートビルで再会できればプロポーズをする約束をした。だが、テリーが出向く途中に事故にあい...。すれ違いメロドラマの古典だが、そんな言葉で片づけたくないほど上質な作品。船中での粋な会話や楽園のようなミシェルの祖母の家。ディテールが練り込まれ、湿っぽさも極力抑え込まれており、子供達が歌う"wishing"という曲も良いアクセントとなっている。ラストの"不器用な大人の猿芝居合戦"に思わず涙。あれは"100ドルで売れた女性"とは別の絵ですね。
☆☆☆☆
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※ 本作はレオ・マッケリー監督自身により1957年に『めぐり逢い』(AN AFFAIR TO REMEMBER)としてセルフリメイク。主演はケーリー・グラントとデボラ・カー。ノーラ・エフロン監督『めぐり逢えたら』(1993)は1957年版をモチーフにしており、1994年にはウォーレン・ベイティ、アネット・ベニング主演で(1957年版の)リメイクが作られている。そのせいか、"すれ違いメロドラマの古典"である本作が語られる際、本作1939年版よりも1957年版のほうが引き合いに出されることが多い。興行的にも1957年版のほうがより成功し、人気もあるようだ。

そこで1957年版について思うことを。
本作(=1939年)の記事より長くなってしまった(汗)。
悪口だらけです。
1957年版が好きな人は以下読まないでください。








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1939年版の良いところは物語枠組みは典型的なメロドラマなのに、抑制された演出とユーモアにより
ドラマ要素を必要以上に強調しなかったため、しっとりとした大人の上質な作品に仕上がっていた点。

1957年版は1939年版の美点をすべてそぎ落し、ただのおセンチなメロドラマに成り下がった印象。
1939年版→1957年版の順で続けてみてしまったので、いやがおうにも1957年版のアラが目に付く。
本当に同じ人が監督したのか?と疑ってしまった。
他の監督がリメイクしたのなら何とも思わなかったが、レオ・マッケリー監督本人のリメイクでここまで劣化すると悲しい。

1957年版は1939年版と同じ脚本をベースにしている。
大きな違いといえば、カラーになったことぐらい。

でも、前半は台詞をひたすらたたみかける。
1939年版に微妙にまぶしてあった"間"がほとんどなく、うるさいだけの印象。
祖母役の女優も少しやさぐれた印象で、本作のマリア・オースペンスカヤのような気品が感じられない。

その台詞も微妙に変えてあるのだが、"改悪"といったほうがよい。
前作にあったユーモアや知性が感じられない。

ケーリー・グラントは全体的に下を向き陰鬱な表情。
ユーモアなしで、彼を起用する意味はない。

面白い部分が根こそぎなくなっている。
ヒロインに「結婚なんかしなければ苦労しないわよ」と励ましてるのかけなしているのかわからないことをいって
ケタケタ笑う下宿人のおかみも1957年版には登場しないし
悲嘆にくれるニッキーにたいし「俺よりましだろ」ともみの木を弾きづって歩く変なオッサンも登場しない。
あとむっつり院長もね。こういうのって無駄なようで結構大事なのにな。

1939年版と同じシチュエーションでも、前作に比べ演出が雑になっている。

例をあげればきりがないが
たとえばペンキ塗りのバイトをしているニッキー(1957年版は役名がミシェルからニッキーに変更)に
「200ドル(1939年版では100ドル)で女が売れた」と画商が伝える場面。
"女の絵が売れた"という意味なのだが、"女が売れた"と言ってしまったため、周囲から白い目で見られる。
1939年版では周りが画商を取り囲むようにしかめ面をするのだが、
1957年版では通りすがりの人がちらっと怪訝な顔をするだけ。これでは面白さ半減。

あと、ラスト。ニッキーが彼女の部屋から絵をみつける場面。
1939年版では観客には鏡ごしにみせていたのに、1957年版では部屋に入り込み、すぐ戻ってくる。
あの、鏡越しの見せ方がよかったのに!

そのラストの再会場面。ここが決め所!
なのに、台詞、演出力、演技力ともに1939年版にくらべて格段に劣る。
この場面こそ"間"が重要なのに、なんかせかせかしているだけ。
ケーリー・グラントとデボラ・カーってこんなに下手だったっけ?と思わず目を疑った。
2人とも好きな俳優なのに。
(それだけ1939年のシャルル・ボワイエとアイリーン・ダンが良かったってことか)

WEBを見わたすと1957年版について
"レオ・マッケリー監督は演出力が全く衰えていないことを証明した"という表記を何回も見かけたけど
衰えまくりじゃん(泣)。
批評家は1939年版に比べて"おセンチすぎる"とやや厳しい評価をくだし、アカデミー賞も主要部門にはノミネートされなかった。
一方、観客は1957年版のほうが好きという人が多いようだ。
うーむ...。少しくどいぐらいのほうが観客好みなのか。
レオ・マッケリー監督自身が"1939年版のほうが出来が良い"と考えていたらしいことが救い。

「邂逅(めぐりあい)」は個人的に苦手なメロドラマなのに、不覚にも気に入ってしまった(笑)。
映画は物語よりも演出で決まるなとつくづく思います。
タイトルとか、いかにも"クラシック映画の名作でございます"風味なので
敬遠する人も多いかもしれませんが(私も長年そうでした)
見逃すのはもったいないです、はい。

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2017.03.28 Tuesday | 00:21 | - | - | - |

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